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    桃本まゆこ

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    桃本まゆこ

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    沢深ワンドロライ お題「嫉妬」。ハピエンです!シーブリーズ知ってますか?これを書くのに公式サイトを見てみたら私の知っているシーブリーズはもう生産終了していました。時代の変化…。キャップの交換が流行ったのは2012~2014年頃?だそうです。

    #沢深
    depthsOfAMountainStream
    #沢深ワンドロライ

    沢深ワンドロライ【嫉妬】「—―あ」
     部室で『それ』を目にした時、馬鹿みたいに心臓が跳ねた。
     青いボトルにオレンジ色のキャップ。誰かと交換したことが一目でわかるシーブリーズのボトルが、朝練を終えた沢北のロッカーの中にあった。
    「深津さん? どうしたんすか?」
     タオルで汗を拭った沢北が、中途半端にTシャツを脱ぎかけて止まった俺に不思議そうに声をかける。何とも言えずぼんやりしていると、数秒遅れて俺の視線に気づいた沢北が「アッ」と大きな声を上げた。
    「あの、これは……、何でもないです!」
     慌ててそれを引っ掴んで鞄に放り込むと、沢北はそのままの勢いで部室から飛び出して行った。もうすぐ始業のベルが鳴る。俺は目に焼き付いたブルーとオレンジの残像を思い浮かべながら、のろのろと自分のロッカーの扉を閉めた。

     寝ても覚めてもバスケ漬けのこんな毎日でも学校で何が流行っているかくらいは知っている。
     いい匂いの制汗剤はギリギリ校則違反にはならないので堂々と教室に持っていけるし、何より『好きな人と色違いを買ってキャップを交換する』というブームは十代の興味を大いに引いた。キャップと本体が色違いのボトルを持っているのは恋人がいることの証で、それはこの娯楽の少ない片田舎の学校で大きなステータスだった。彼氏彼女に限らず仲のいい女子同士でもキャップ交換は流行っているようだったけど、『ごく限られた仲のいいグループに属している』というのはいずれにせよステータスの一つで、別に体育の授業の後でもないのに色鮮やかなボトルを机に置いたりして、誇らしげに見せびらかしたりしていた。
     学校で何が流行っているかくらいは知っている。でも、知ってはいるが、俺はそんなのくだらないと思っていた。今朝、沢北のロッカーにあったあのボトルを見るまでは。
    沢北はモテる。そんなの今に始まった話じゃない。強豪バスケ部にスカウトで入部した一年生。注目度は最初から飛び抜けていた。それに加えて沢北はとにかく見た目がよかった。部の決まりで坊主にしようが何だろうが隠しようがないくらいに整った容姿をしていて、山王バスケ部始まって以来の二枚目などと言われていたし、バスケなんて少しも興味がない女子生徒だって沢北にはみんな興味を持った。
     沢北が一年で俺が二年の頃、学校で一番かわいいと騒がれていた三年の先輩(卒業後は東京に行ってモデルになったらしい)が告白したことがあったが、沢北は「バスケが一番なので、ごめんなさい」と言って断った。なぜ俺がそれを知っているかというと、まさか自分がフラれるなんて微塵も思っていなかったその先輩が、部員の大勢残っている体育館で告白なんかしたからだった。先輩のプライドはあの時きっとひどく傷ついたと思うが、沢北はちょっと気まずそうな顔をしただけで、女の涙にも靡かなかった。
     それ以降も沢北の恋人の座にチャレンジする女子は後を絶たず、差し入れも呼び出しもしょっちゅうで、最初はそれなりに照れたりはしゃいだり、時にはうんざりしていた沢北も二年に上がる頃には女子からの告白を上手くあしらえるようになっていた。
     沢北栄治はよくモテる。それは誰もが知っている。沢北は誰とも付き合わない。それもみんなが知っている。
     でも実際、沢北だってみんなと同じただの高校生で、あいつは今朝キャップと本体が色違いのシーブリーズを持っていて、それはつまり、シーブリーズのフタを交換したいくらい好きな子が出来たってことなんだろう。別に、何にもおかしくない話だ。
     そうだ、何にもおかしくない。なんにもおかしくないのに、どうしてこんなに胸の奥が痛いのだろう。

     果たして『沢北くんのシーブリーズ』は、俺が朝練でそれを見かけたその日の午後には学校中の噂になっていた。
    「もはや嫉妬する気も起きね~ピョン」
    「さすがにやばいよね、社会現象じゃん」
     俺の言葉に前の席のイチノが笑う。いつもと同じように朝練を終えて教室に行き、俺は目を疑った。学校中の女子の机やカバンやロッカーに、ブルーとオレンジのシーブリーズがあったからだ。
     沢北のシーブリーズは青いボトルにオレンジ色のキャップ、それに対して女子たちが持っているのはオレンジ色のボトルに青いキャップ。つまり沢北のものと色違い。一体誰が始めたのかは知らないが、沢北の彼女は自分だと周囲を牽制したいのか、ただ有名人の恋人気分を味わいたいのか、とにかく沢北と色違いのシーブリーズを持つことが、いまや学年を超えた大ブームになっていた。
     色違いを自作する女子たちは自分でブルーとオレンジの二本を買わなくてはいけないわけで、一体この町で何本のシーブリーズが店頭から消えたのだろう。俺たち三年の教室にも沢北カラーのシーブリーズはたくさんあって、密かに片思いしていた女子が沢北ファンと判明して自動的に失恋した、なんて嘆いている友達もいた。
    「バカバカしいピョン」
     小さく呟いて机に頬杖をつく。窓の外を眺めるとちょうど次の時間が体育らしく、ジャージ姿の沢北がグラウンドに出てくるところだった。クラスメイトと何か話して、肩を叩いて笑い合っている。
     今いちばん見たくない奴の顔なのに、どうして目が離せないのだろう。どうして俺は、こんなに。
     そのとき、沢北がふと顔を上げた。窓際に座っていた俺と目が合うと笑いながら大きく手を振ってくる。同じように窓から沢北を見ていた女子たちがキャーっと甲高い声を上げた。
     こんなにたくさんの『自称・沢北の彼女』が溢れかえる中、たったひとりだけの誰かが沢北と交換した『本物』のシーブリーズを持っている。俺じゃないたったひとりが。
    俺は今あいつと目が合ったと思ったが、本当にそうだろうか? 俺じゃない他の誰かに手を振っていたのかも。きゃあきゃあとまだ騒ぎながらしきりに手を振っている女子のグループを横目に見て、俺はグラウンドから目を逸らした。手を振り返さなくて良かった。とんだ恥をかくところだった。



     かいた汗がすぐさま蒸発するような夏の盛り、三年間で一番短い夏が終わって、沢北がアメリカに行く日が決まった。負けたって何も変わらない。ただ前を向いて、がむしゃらに邁進する日々が続くだけだ。
    「深津さん」
     いつもと同じように練習を終えたある日の夜、いつになく真剣な顔で沢北が俺の名前を呼んだ。
    「話したいことがあって……。あの、少し、時間もらえませんか」
    「いいピョン。飯終わったら部屋に来るピョン」
    「……ッス、ありがとうございます」
     まっすぐに俺を見つめる沢北の体からは、汗とシーブリーズの匂いがした。

    「深津さん、オレです、沢北です」
    「入っていいピョン」
     珍しくきちんとノックをして部屋に入ってきた沢北は、やっぱりどこか深刻そうな顔をしていた。アメリカ行きの前に不安なことでもあるのだろうか。監督ではなく俺に何かを伝えたいということは、バスケではなくて何か学校生活に関することだろうか。
    そういえばこいつがアメリカに行くことを沢北の恋人はどう思っているのだろう。ブルーとオレンジの本物の色違いを持っている、顔も知らない沢北の恋人は。
     結局、沢北は誰に何を聞かれてもあのシーブリーズについて口を割らなかった。沢北栄治の彼女ともなれば学校中から注目されるだろうし、心無いことをいう奴も少なからずいるだろう。沢北が何も言わないのはきっと好きな子を守るためだとさらに噂を呼んだ。
    日本とアメリカ、高校生にとってはそう簡単に行き来できる距離じゃない。寂しいとか悲しいとか、二人でそんな話をしたのだろうか。それでも沢北はアメリカに行く。恋人よりもバスケを選ぶ。そのことに密かに胸を躍らせている自分がいることに、俺はとっくに気付いていた。
     俺は沢北のバスケが好きだ。だから応援しているだけだ。
     沢北が恋人を日本に置いていくことに喜んでいるわけじゃない、決して。そんな後ろ暗い喜びなんて絶対に気付かれるわけにはいかない。顔も知らないどこかの誰かに嫉妬して、挙句の果てにざまあみろなんて思っている俺の胸の内を、絶対に誰にも悟らせたくない。
    「深津さん、あの……」
     先に口を開いたのは沢北だった。ぎゅっと眉を寄せて、厳しい顔で俺を見ている。こちらを見つめる目の、目尻がほんの少し赤い。
    「なんだピョン」
    「これ、持っててもらえませんか」
     沢北はそう言うと、後ろ手に持っていた何かを勢いよく俺に差し出した。ブルーとオレンジの二色が視界に飛び込んできて、俺は目を見開いた。
    それはこの夏飽きるほど目にした、沢北カラーのシーブリーズだった。
    「これ、お前の……?」
    そう言いかけて違和感に気付く。目の前にあるシーブリーズはオレンジ色のボトルに青いキャップ。沢北本人のものは本体が青いはずだ。これは沢北のものと色違いの、『沢北の恋人』の色だ。
    「なんだ、これ、どういう……」
     どういうことだ、と言いかけてハッと息を飲んだ。そうか、すべて気付いてしまった。
     沢北には学校中の噂から守り通そうとした大切な誰かがいる。アメリカと日本での遠距離恋愛の開始にあたり、沢北は俺に秘密を託そうとしているのではないか? 一体どんな事情があるのか知らないが、このボトルを持ち続けることはきっと恋人にとって何かまずいことなのだろう。口の固さを見込まれたのか主将として勝ち得た信頼なのか、ともかく沢北は俺にこのボトルを隠せと頼みに来たのだろう。日本とアメリカで遠く離れたって二人の恋心は消えないらしい。チクチク、チクチクと胸が痛む。ざまあみろなんて思った罰か。沢北、お前は、なんて残酷なことを俺に頼みに来たんだ。
    「これ、お前の彼女のやつピョン? いいピョン、預かるピョン。どんな約束をしてるんだか知らないがいつまで俺が持っていればいいピョン? お前がいいって言った時にちゃんと持ち主に返すから、安心してアメリカに――」
     沢北の顔も、色鮮やかなボトルも直視することができない。ぺらぺらとまくし立てながら顔を反らすと、突然強い力で腕を引かれた。
    「違います! 誰のものでもないです! これは……っ深津さんのです!」
    「は……?」
     決して広くない寮の自室の真ん中で、一歩の距離がぐっと近づく。間近に見上げた沢北の顔は泣き出しそうに歪んでいて、大きな瞳に溜まった涙がキラキラと光っていた。
    「……オレ、彼女なんていません。受け取ってください」
    「沢、北……?」
     心臓がうるさい。掴まれた腕が熱い。沢北の視線がまるで星屑のように降ってくる。みんなみんなこの瞳に恋をして、そして誰一人叶わなかった。たったひとりの特別な誰かを除いて。
    「お願い、深津さん、受け取ってくれるだけでいいんです……」
     ついにぽろりと零れた涙と一緒に、沢北の口から堰を切ったように言葉が溢れ出してきた。
    「好きな人とフタ交換すると、恋が叶うんだって」
    「……そんな謂れがあったとは、知らなかったピョン」
     恋が叶うも何も、フタの交換を申し出てそれが受け入れられる時点で限りなく両想いなのではないか。俺たちの体の間で沢北の握ったボトルがちゃぷんと音を立てる。よく見ればそれはほとんど中身が減っていなくて新品同然だった。心臓の鼓動がうるさい。自分の声さえ聞こえなくなりそうなほどドキドキと鳴り響いている。このままじゃ体の外にまでこの音が聞こえてしまうのではないか。
    「オレ、深津さんと交換したくて、色違いの買って、でもずっと渡せなくて……」
    「ちょっと待て、じゃあお前自分で二本買ったピョン?」
     驚いて口を挟むと沢北は赤い顔をしたままちょっと拗ねたように唇を尖らせた。
    「そ、そーっすよ、だって深津さんこういうの買わないじゃないすか」
     たしかにそれはそうだ。『沢北カラー』が全校で流行ってからは特に、意地でも買うものかと思っていた。
    「でも、なんで俺に……」
    「なんでって、そんなの、深津さんが好きだからに決まってるじゃないですか!」
     バチンと目が合って、閃光のように光が弾ける。今から一年と少し前の春の日、初めて山王の体育館に現れたあの日も、お前はこんな目をしていた。
    「好きです、深津さん、好きなんです。お願い、オレもこれアメリカに持ってくから、深津さんもずっと持ってて」
     眩しくて傲慢で、それなのに目が離せない強い光。俺は一体何度、この光に目を奪われたのだろう。
    「好きです、深津さん。ずっと言いたかった……」
     沢北の腕が体を包んで、自分よりずっと高い体温に抱き締められた。密着した体から沢北の心臓もドキドキと早鐘を打っているのが伝わってくる。どうやらドキドキして死にそうなのは俺だけじゃないらしい。
    「好きです、ずっと、これから先もずっと好きです」
     アメリカは遠い。高校生の俺たちにとってはそう簡単に超えられる距離じゃない。たった今叶ったこの恋がたとえすぐに消えてしまっても、この瞬間の「ずっと好き」は嘘じゃない。だからもう、それだけでいい。抱き締めた体からは沢北の匂いに混じって、シーブリーズの匂いがした。



    「一成さーん、こっちの部屋終わりましたよ! そっちどうですか?」
     床に積み上げられた荷物を長い足でひょいとまたいで、段ボールの間から沢北が顔を出した。日本人として最長の年数を活躍したアメリカでの選手生活に区切りをつけ、これからは日本のバスケリーグに籍を移すこととなる。十数年ぶりに帰国する男の荷物は俺や周囲の予想を裏切り、引っ越し業者が拍子抜けするほど少なかった。
    「向こうって家具付きの物件が多いし、まぁオレもあんまり物を持たないように意識してたんで。いつでも身軽でいたかったから」とは本人の弁だ。つまり今、二人の新居であるこの家中を埋め尽くす荷物のほとんどは俺のものであるわけで、我ながらその多さに呆れてしまう。
    「俺はもう諦めた。やっぱり荷解きもやってもらえばよかった。明日業者呼ぶ」
     床の上に大の字になった俺の横で沢北は中途半端に開いた段ボール箱の中身をごそごそといじっている。
    「え~そうかなあ? もうちょい二人で頑張ろうよ。オレ、知らない人に家の中入られんのヤダ」
     ガサガサと音を立てて梱包を解いていた沢北は、何やら急に手を止めると「あっ!」と声を上げた。
    「うわっ、懐かし……え、これって高校の頃の?」
     沢北の手の中にあるブルーとオレンジを見た瞬間、かあっと顔面に血が上った。だから引っ越しは嫌なんだ。俺がこれまでに抱え込んで手離せずにいたものも、いつもは心の奥底にしまい込んでいるものも、全部さらけ出されてしまうから。
    「一成さん、これ、ずっと持っててくれたの?」
     とっくに中身なんかなくなったプラスチックの空きボトルを手にして、あの頃よりすっかり大人になった沢北が蕩けるように笑う。あぁまったく、そんな顔でこっちを見るな。
    「……お前が、ずっと持ってろって言ったんだろ」
    「うん、言った。言いました」
     でも本当にずっと持っててくれるなんて……とか何とか上機嫌に囁きながら、長い指が頬に伸びてくる。
    「あ~オレの一成さんがこんなに可愛い」
     床の上に寝転ぶ俺に覆い被さって、形の良い薄い唇が下りてくる。ちゅっと音を立てて唇を啄ばんで、またすぐに触れて、何度も短いキスをして、器用な指が体の稜線をそっとなぞる。
    「好きだよ、ずっと好き。おまじない叶ったね」
     甘い声が耳に届いて、瞳の中に星が降る。
    「一成さんは? 一成さんもオレのこと好き?」
    「生意気言うなよ、俺の方が先だ。……俺の方がずっと前から、お前のこと……」
     すき、のひとことが届く前にまた唇を奪われる。今やハイブランドに自分の名を冠した香水まで持つほどのスターになった男の体から、なぜか今だけはシーブリーズの匂いがするような気がした。
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