LIAR × LIAR　物心がついた頃から興味を抱くのは異性ではなく同性だった。小学校低学年頃まではなんら不思議に思うことなく興味を持った子から話しかけられれば素直に応え、そして素直に気持ちを口にしていた。その事が世間一般的に〝おかしな事〟だと気づいたのはいつだっただろうか。気になる異性の話題で盛り上がる同性達を眺めていた時だろうか、それとも気になる同性の友人に「好きだ」と気持ちを伝えたとき「好きとか言うなキモいぞ」と冗談だと受け取られ笑われた時だろうか。もう十年以上前のことだから覚えていない。けれど、その二つの記憶は私の中に強く残っていて、今は自分の素直な気持ちを吐き出せなくなってしまった。もちろん、異性ではなく同性に興味を持ってしまう事も隠して私は生きている。
　自分が〝おかしな人間〟であることを隠す為、興味のない異性の話題を同性とし、異性からの告白を嬉しくもないのに「ありがとう。嬉しいですよ」と返す日々。だが、そうして自分に嘘をついて生き続けていくのはとても息苦しく耐えがたく。つまるところ、限界だったようだ。
「ここは初めて？」
　カウンターテーブルに肘をつきながら隣の男が訊いてきた。その男は柔らかな顔つきをしていて優しげな印象を抱く。
「ここはというより、こういうお店自体が初めてといいますか……」
「そうなの？　じゃあ常連の俺が先輩としてこの店について教えてあげよう〜」
　嬉々とした様子で自身を先輩といった男は、私と男が居座っているこの店──ゲイバーについて教えてくれた。入店したらカウンターで酒を頼んで受け取り、あとは自由に席を行き来して過ごす。店内にはボードゲームなどもあるから他の客と遊んでもよし、酒だけ飲んで帰るのもよし────今夜の遊び相手や、恋人探しをするのもよし。店や他の客に迷惑をかけなければ、基本なんでもありだと教えてくれた。
〝おかしな自分〟を受け入れてくれる男性と出会う為、この店へ来た私にとったらなんて素敵な出会いの場だろうか。ここであれば〝男性が好きな男性〟である自分を隠さなくていいのだ。
「で、キヨくんはどうする？　今夜はゲームだけして帰る？」
　男の腕が私の腰を周る。そして軽く自身の方へ引き寄せてきた。
「ちょっと……」
　脇腹と腰の間をさわさわと撫でられ身を硬直する。唐突な性を匂わす触れ方に鳥肌が立ち、引き剥がそうと男の腕に手をかけた時だ。
「こんばんは」
　コツ、と。私の目の前にオレンジ色のカクテルが置かれる。またもや突然な出来事に、私は男の腕に手をかけたままカクテルが差し出された方へ顔を向ける。目に映ったのはバンドカラーシャツを着た男で、背が高い為一瞬見ただけでは、顔は見えなかった。
　一見細身そうだが、よく見ると厚みのある身体つきをしていて圧を感じる。つい品もなく身体のラインをなぞる様にゆっくりと視線をあげていけば――――白髪の、サングラスをかけた美男がそこにいた。バチリッ、と目が合う。まるで、お互いの視線の間に静電気が走ったかのように縫い留めれる。濃いめのレンズ越しから見えるのは、色の識別はできないが色素が薄いことならわかる、綺麗な瞳だった。
「よかったらこれ、飲みなよ」
　口元を綻ばせながら静かな声で発せられた言葉は、有無を言わせない力を持っていた。
「あ、りがとうございます……」
　力に従うまま無意識下でお礼を伝え、カクテルのグラスに手を添える。と、男がより強く私の身体を引いてきた。
「わっ……」
「おい、俺が先に声かけたんだ。横取りしないでくれないか」
　男が声を低くして美男へ威嚇する。するとすぐに、男を小馬鹿にするような、鼻で笑う声が聞こえた。
「横取りなんて、そんなダサいことしないよ。どっちと遊ぶか決めるのは彼でしょ」
　グラスを持った私の手に触れたのは滑らかな肌をした手だった。私の手とグラスを一纏めできそうな大きな手に、私の視線は吸い寄せられる。
「今夜は僕と遊んでくれる？」
　大きな上半身を屈めて、伺う様に覗き込んできた美しい男は妖艶に笑い、私を誘ってきた。