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    オメガバーーースのカピオロ

    #カピオロ

    それを心と呼ぶのなら その日のスラーインはひどく疲れていた。早朝から立て続けに数件の視察と商談を詰め込まれていたのだ。移動に次ぐ移動、そして商人のおべんちゃらと探りを聞き流しながら極端に細かい字で書かれた契約書を何枚も読み込む時間。この商人がまた、優秀なのだろうがいちいちナタを非文明的だと見下したような発言をする嫌な人間だったのだ。今日のストレスの八割くらいはこの男が原因である。
     日も暮れた頃にやっと全ての仕事から解放されたスラーインは、そのまま恋人の暮らす謎煙の主の外れを目指した。連絡無しに行っても会えないかもしれないが、どうしても今日会いに行きたかった。オロルンの穏やかな声で頑張ったんだね、と褒められると疲れも吹っ飛ぶのだ。オロルンはまだガンには効かないが、そのうち効くようになると思う。
     幸運なことにオロルンは祖母と一緒に畑にいて、スラーインを見ると一目散に駆け寄ってきた。仕事で疲れたから顔を見に来た、と言えばオロルンはスラーインの望み通り言葉を尽くしてその努力を褒め称え、ヨシヨシと両手で頭を撫でてくれる。ガン細胞ももう死んだかもしれない。背後にいるシトラリが思いがけず酸っぱい物でも食べてしまったような顔をしていたが、見なかったことにした。
     ヨシヨシしていたオロルンは何かが気になっているようだ。不思議そうな表情を浮かべて、スラーインの顔をじっと見た。

    「君、今日はなんだかすごく良い匂いがする。香水をつけてるのか?」

     スラーインは香水を使わない。寧ろ常に無臭であるよう気をつけている。そんな物を使っても下手をすれば敵に自分の存在を気取られるだけで、メリットが何も無い。完全なプライベートであれば話は別だが、悲しいかな、執行官の仕事というのはプライベートと完全に切り離すのは難しいものなのだ。
     だからその日も当然何も使っていない、いつもと変わらない筈だ。スラーインは不思議に思って自分のコートの袖口を嗅いでみたが、なんの匂いも感じ取れなかった。まあ、自分の匂いというのは自分ではよくわからないものだが。隣ではシトラリも首を傾げている。

    「私にはわからないわね。どんな匂いなの?」

    「熟した桃みたいな、甘い匂いだよ。こんなに強く香っているのに。」

     その言葉を聞いたシトラリの表情がほんの一瞬曇ったのを、スラーインは見逃さなかった。相槌を打ちながらシトラリがさり気なく立ち位置を変える。オロルンとスラーインの間に割って入るように。
     察しの良いスラーインはそれでシトラリの懸念が何なのか理解してしまった。ベータであると聞いていた恋人が、本当はそうではないのであろうことも。

    「俺はアルファだが、公務に支障が出ないように常に抑制剤を服用している。感じ取れる程のフェロモンが出ていることはあり得ない筈だ。」

     シトラリはそれを聞いて苦い顔をした。当然だろう。アルファやベータの人間は基本的にバース性を隠すことは無いが、オメガは別だ。抑制剤を飲んでいればベータと何も変わらない生活が出来るとはいえ、オメガだと知られることは身の危険にも繋がるため、基本的に彼らは誰にもバース性を教えない。そもそもアルファやオメガは極端に数が少ないのもあり、所謂「番」というものが成立するのは非常に稀なケースだ。結婚して三人の子供を立派に育て上げてからやっと妻がオメガなのを知った、という話すら聞いたことがある。オロルンを守るためとはいえ、気取られたのは失策だったということだ。
     シトラリはオロルンとスラーインの間に立ちはだかったまま、そうなのね、とだけ応えた。今更誤魔化しても無駄だと悟ったのだろう。警戒を隠さない表情だが、不快感は無い。寧ろ、彼女がこうしてまだ若く世間擦れしていないオロルンを守ってくれているのは、スラーインにとっても心強いことだ。
     オロルンはシトラリの顔とスラーインの顔を交互に見てコウモリの耳を横に倒し、不安げな表情を浮かべている。いつもであれば手を伸ばして頭を撫でてやるのだが、今は下手にオロルンに接触しない方がいいだろう。シトラリからの信頼を得るためにも。

     それにしても、これは一体どういうことだろうか。「熟した果物」というのは、確かにフェロモンの匂いとしてよく使われる例えだ。シトラリはアルファだと聞いているし、オロルンだけが強い匂いを感じるのであれば、アルファのフェロモンであると考えるのは不自然なことではない。
     スラーインは少し考えて、先程のストレスの原因の顔を思い出した。涼しげな目元にいかにもやり手です、という語り口。高級そうな布地をふんだんに使った服を纏った彼はフォンテーヌの商人だと言っていた。
     フォンテーヌに限らない話だが、上流階級のアルファの一部で流行っている香水がある。全くの無臭なのだ。アルファとベータにとっては。
     アルファのフェロモンを元に作られたそれは、オメガの人間だけがその匂いを嗅ぎ取ることができる。リスクを負うことなくオメガに対してアルファ性をアピールしようという、褒められたものではない動機で使われている代物だ。オメガの人間には忌み嫌われていると聞いている。うっかり反応してしまえば隠していたバース性が暴かれてしまう可能性があるからだ。それこそ今のオロルンのように。
     きっとあの男はこの香水を使っていたのだろう。スラーインには感じ取れないから気が付かなかったが、近くにいただけで匂いが移ってしまう程に。舌打ちをしたくなったが、二人の前なので我慢した。
     今後ナタには多くの人や物が流れ込んでくる。こういった害ある物への対策も考えるよう、炎神に伝えておくべきかもしれない。

    「……抑制剤を飲んでいても、フェロモンのアイショウがすごく良いとタイミングによっては匂いがわかってしまうケースがあると聞いたことがあるわ。ものすごく稀らしいけど。所謂、運命の番ってヤツね」

     香水の存在を知らないシトラリはスラーインとは違う結論に行き着いたらしい。オロルンもその言葉は聞いたことがあるようで、眼を丸くしている。

    「まあ、そうでなくても偶然こんなコトが起こる場合もあるのかもしれないわ。道端で考えたって仕方ないし今日はもう帰りましょ。……隊長、万が一にも誰かに話したら呪いをかけるからね。」

    「ばあちゃん、隊長はそんなことしないよ。」

    「わかってるわ。念を押しただけよ。」

     本気の目をしたシトラリの脅しに頷き、二人の背中を見送った。
     スラーインは香水のことを話さなかった。話すべきだっただろう。二人に余計な心配をかけることになったのだし、今後の警戒を促す意味でも知っておいた方がいい知識だ。おそらく知らなくてもシトラリから「今後は他人の匂いに言及するな」と指導は入るだろうが。
     何故話さなかったのかといえば、シトラリが口にした「運命の番」という言葉に思うところがあったからだ。
     「運命の番」は実在しないわけではない。500年も生きていれば、そういったケースを実際に見聞きしたことは少ないながらもある。「運命」などという耳触りの良い言葉を使っているが、あれは呪いだ。この上なく暴力的な衝動だ。
     運命の相手と出会う前にどれほど愛した人がいても、その本能は全てを吹き飛ばしてしまう。そうして熱に浮かされて恋人も家族も立場も捨てて運命の相手と結ばれても、本能の奥深くに閉じ込められた、人間を人間たらしめる部分が訴えるのだ。愛する人を裏切った罪悪感を。動物的な衝動に抗えない自分自身への失望を。彼らは殆どの場合、炎のように燃え上がり、果てにはその身を焼き尽くすように破滅した。
     無数のニューロンの間を奔る電気信号を心と呼ぶのなら、フェロモンに惹起された衝動も愛と呼ぶべきなのだろうか。スラーインはそうは思わない。思いたくない。
     スラーインは自身のアルファ性が呪わしかった。オロルンを愛しく思うほど、いつか自分にも抗えない本能が牙を向く日を想像した。

     先程オロルンがオメガであると分かった時。自分だけでなく、オロルンにもスラーイン以外の運命の相手が現れるかもしれない、という恐怖と……同時に、ある種の打算が働いた。
     オロルンがオメガならば、スラーインは番になれるのだ。そうなれば、番以外のフェロモンを感じ取る能力自体が失われる。例え運命であろうともう手出しはできない。こんな理不尽な恐怖とは金輪際おさらばできる。
     オロルンはスラーインがアルファであることをずっと以前から知っていたが、自身のバース性のことなど何も口にしなかった。つまり彼には現状、スラーインと番になるつもりはないのだろう。今の時代は多くのオメガがそういう選択をする。運命の結末など見たこともないだろうから、尚更だ。強制することはできない。
     「運命の番」は恐ろしい呪いだ。だが、もしもその相手が今、愛し合っている恋人だったとしたら?それはこの上ないほど幸運な祝福に変わるだろう。もしかすればオロルンも、スラーインと番になることを考えるかもしれない。そんなささやかな打算だ。


     そして、何よりも。
     俺はお前の運命ではない、とは口にしたくなかった。







     結論から言うと、事はスラーインの望んだようには運ばず、寧ろ悪い方向へと進んでいるようだった。あの日以来、オロルンは明らかにスラーインを避けている。
     以前はスラーインの拠点にも頻繁に訪れていたのにそれがぱったりと途絶えた。オロルンの畑に行けば、大概そこにいるのは謎煙の主の誰かかオロルンの友達の竜医の青年、あとはよく喋るクク竜の幼体だ。
     家のドアをノックしても何の反応も無い。もしかすると中に居るのかもしれないが、灯りが点っていたことは一度も無い。
     オロルンの友人達を訪ねてみても、皆一様に首を傾げるばかりだ。
     頭を抱えたスラーインを、やってきた旅人とパイモンが気の毒そうに眺めた。

    「俺達が代わりにヨシヨシしてあげようか?」

     屈辱である。一体何をしに来たのか。



     八方塞がりのスラーインを救ったのは、意外にもシトラリだった。今晩は家に居るわよ、合鍵で開けてあげるから話し合いなさい。そう言ってあっさりと対面は実現した。
     真っ暗な家の扉を開けると、隅っこに置かれたベッドでオロルンが丸くなっていた。シトラリの後ろに立っていたスラーインを見つけて、その目が見開かれる。

    「ばあちゃん!なんで!」

    「君が独りよがりだからよ。何に悩んでいるかくらい自分で話しなさい。」

     シトラリはそれだけ言って、さっさと出て行った。オロルンは気まずそうにしている。スラーインはベッドに近づいて、その横に膝をついた。
     以前よりクマが濃くなっている気がする。眠れていないのだろうか。さっきシトラリはオロルンが悩んでいると言った。頬に手を伸ばして指先で触れると、オロルンは一瞬身を硬くしてまたすぐに力を抜いた。

    「今日の君はあの匂いがしない。」

     少し安心したような表情に、胸の奥がずきりと痛むような気がした。スラーインの苦悩を他所に、オロルンは大きな手に頬を擦り寄せた。嬉しそうだ。オロルンがスラーインのことを好いているのを疑ったことは無い。だが。

    「俺が運命の番では、嫌か?」

     オロルンは仮面越しにスラーインの目をじっと見た。否定も肯定もされないその時間に、背中を嫌な汗が伝う。とどめを刺すなら早くしてほしい。いや、やっぱり何も聞きたくない。自然と眉間に力が入ってしまう。仮面をつけていてよかった。不機嫌な表情でオロルンを威圧したくない。

     オロルンはあっちで座って話そう、とスラーインをダイニングに導いた。真っ暗だった家に灯りがついて、二人の前にはコーヒーソーダが用意された。オロルンはサウリアンサキュレントのジャムをそこに入れて、ぐるぐるとかき混ぜている。スラーインは手をつけなかった。コップのかいた汗がテーブルに大きな水溜りを作ったのを指先で広げて、オロルンは口を開いた。

    「僕、君のことが大好きなんだ。」

     ぽつりと呟かれた言葉に深く安堵した。我ながら情けないことだ。オロルンの言葉ひとつで、スラーインは地獄に突き落とされ、またその白い指先で簡単に掬い上げられる。

    「ばあちゃんや炎神様もアルファだけど、二人にそういう、特別な何かを感じたことは無い。君だけだ。君だけが特別だ。だから君がアルファで僕がオメガでも、そんなの気にしたことがなかった。僕はアルファじゃなくて、君が好きなんだから。」

     オロルンは俯いた。長い前髪が目にかかり、色の違う二つの輝きを覆い隠してしまう。

    「でも、君が運命の番なんだとしたら、そんなのは全部嘘だったのかも。抑制剤を飲んでいても、ずっと微かな君のフェロモンを感じ取っていたのかもしれない。僕は本当に君が好きなのか?君のフェロモンに浮かされているだけなのか?君は?君も僕のフェロモンに騙されているだけで、本当は僕じゃなくて相性の良いオメガが好きなだけなんじゃないのか?こんなこと考えたくない。君のことも自分のことも疑いたくない。」

     僕の心って、本当にここにあるのかな。震えた声とともに前髪の向こうでぽたりと雫が落ちたのを見て、スラーインは自分の間違いを知った。あまりに愚かな失態だ。シトラリはさっきオロルンを独りよがりだと言ったが、本当に独りよがりなのはスラーインの方だった。
     どこかで、自分だけがこんなにも苦しみ悩んでいるのだと思い込んでいたのかもしれない。オロルンよりずっと長く生きてきて、オロルンが見たことのない恐ろしいものを見てきた。だが、それが何だというのだ。オロルンもスラーインと何も変わらない。こんなふうに生まれてきた人間が、何も考えずに幸福に見える部分だけを拾い上げて笑うことなどできるはずがないというのに。
     スラーインはオロルンが番になることを考えてくれたらいいとは思ったが、強く求めるような気は誓って無かった。ただ、一時垣間見えた幸せな夢をオロルンにも見せたかっただけだ。スラーインだけが、それを夢だと知った状態で。この涙はそんな思い上がりが招いたものだった。

    「オロルン。あの匂いは、俺のフェロモンじゃない。俺はそれを知っていて、お前に話さなかった。すまない。全部俺のせいだ。」

     自分がしたことの責任は自分で取らなければいけない。だから、一番言いたくなかった言葉を言うことになった。これは罰だ。全部、自分のせいだ。

    「俺は、お前の運命の番ではない。」







     隊長の話を聞いたオロルンは深いため息を吐いた。手元のコーヒーソーダにミツムシの蜜を追加して、ぐるぐると必要以上にかき混ぜる。もうほとんど残っていなかった炭酸が全部飛んでしまうだろうが、知ったことか。
     隊長の言い分は理解できた。責める気はない。だが、オロルンもあれ以来ずっと恐怖と罪悪感に苛まれていたのだ。悪気が無かったとしても怒りを感じるのは決しておかしなことではないと思う。
     仮面を取った隊長は断頭台の前の死刑囚のような沈痛な面持ちを浮かべている。この顔を見ていると怒りよりも可哀想な気持ちが勝ってしまう気がして、オロルンはもう一度コーヒーソーダに目を向けた。僅かな泡が真っ黒なコーヒーの底から立ち上っては、弾けて消えていく。オロルンには怒る権利がある。だが、目の前の人もオロルンと同じように、抗えない本能に恐怖を抱く一人の人間なのである。何より、オロルンの愛しい人がオロルンを失いたくない一心でしたことだ。怒りを保つのも難しい。

    「番になりたいという気持ちがあったのなら、僕にそう言えばいいんじゃないのか。」

    「お前は自分のものをなんでもすぐに差し出してしまう。俺がそれを求めれば、お前は本心では望んでいなくても応えるかもしれない。……それに、オメガだと分かった途端に求婚してくるような相手を信用できるか?」

     オロルンは黙り込んだ。子供の頃から兎に角シトラリに言い聞かせられてきたのだ。オメガだということは絶対に人に言ってはいけない。万が一誰かに知られてしまったら、すぐばあちゃんに相談する。下手をしたら人生を左右することだから。
     今は抑制剤が非常に優秀なこともあり、基本的には世の中の人達はあまりバース性というものを気にしていない。それでもやはり、オメガに対して下卑た幻想を抱いている人間というのは少なくない数が居るものだ。
     隊長はそんな人ではないともちろん分かっているが、それでもオメガだと知った途端に態度が変わったと思えば良い気がしないのは確かだろう。ぐうの音も出ない。

    「運命の相手に巡り会いたいと思ったことなど一度も無い。むしろ、そんな人間が現れるのが怖かった。俺が未来のことを思い描く時、いつも隣にはオロルンがいる。他の誰かと番にはならない。オロルンがいい。お前がアルファでもベータでもオメガでも、それは変わらない。だが、今の俺がどんなに強くそう思っていても、出会ってしまえば全部無かったことにされてしまう。それが恐ろしい。」

     隊長は深く息を吐いて、片手で両方の目を覆い隠した。
     オロルンは正直なところ、驚いていた。ナタを救うために藻搔いていたあの頃とは違って、最近の隊長は随分と自分のことを話してくれるようになった。それでも、こんなふうに彼が自分の心の奥の弱いところを曝け出したのは初めてだ。
     隊長がオロルンのことを好いているのはよくわかっているが、いつも綺麗に整った面しか見せてくれない彼に少し寂しさを感じていたのは否めない。まさか、その奥でこんな激流のような想いを抱えていたなんて、想像もしていなかった。
     隊長はコップに手をかけて、結局そのまま口をつけることはなかった。それをぼうっと眺めていたオロルンは、コップを握る指先に白く力が込められていることに気がついた。落ち着いて話しているように見えるが、この人は今、おそらく途轍もなく緊張しているのだろう。

    「……もう信じられないかもしれないが、お前を騙して都合の良いように扱いたかったわけではない。ただ……運命という言葉を聞いたときに、俺が本当にお前の運命だったらよかったのに、と思った。否定したくなかった。ほんの一時、その気分を味わいたかった。すまない。本当に浅はかだった。」

     そもそもオロルンは怒り続けるのがあまり得意ではない。その上、愛する恋人にこんなふうに言われて許さないでいられるものだろうか。
     オロルンが隊長に番になることを求めなかったのだって、隊長と同じような理由なのだ。お互いに胸の内を曝け出すことから逃げていた。臆病になりすぎていたということなのだろう。
     隊長だけが悪かったわけではない。

    「今、誤魔化さずに話してくれてよかった。もし他の形で本当のことを知ったとしたら、君のことを誤解して許せなくなったかもしれない。それに、君だけじゃなくて僕にも言葉足らずなところがあったってわかった。」

     言外にもう怒っていないよと伝えたつもりだが、隊長はまだ不安に思っているらしい。眉尻が下がってしょぼくれた顔をしている。仮面を取ってもらっていて本当によかった。この顔を見られるのはこの世でオロルンだけだろう、きっと。
     手甲を外した手がおずおずとオロルンの左手に伸びてきた。握りしめられたその手を振り払わずにいれば、彼の口元まで引き寄せられる。唇が指先へ、それから手のひらへ。伏せ気味の顔から上目遣いで、一対の星がオロルンの表情を窺っている。

    「こんなに近くにいても、俺にはお前のフェロモンの匂いなんて一つもわからない。お前の運命じゃない。そうなりたかっただけの、ただの男だ。」

     その上お前を傷つけた愚か者だが、もう一度挽回の機会を貰えないだろうか。続く懇願の言葉を聞いて、オロルンは眼を閉じて眉根を寄せた。当然、怒りからではない。目の前の輝きをこれ以上直視するのに耐えられなかったからだ。

    「…………番になるかどうかは、今後の君次第だからな。」

     今後の君次第、なんて勿体ぶったところで、答えは決まっているようなものだ。きっと今のオロルンは三角の耳の先まで真っ赤になっていることだろう。
     自由な右手でせめてもの抵抗としてフードを深く被り直すと、捕まった左の手のひらにもう一度柔らかなキスが降ってきた。
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    meleng_ggr

    DONE注意事項
    ※ほのぼの謎時空
    ※隊長の仮面が当たり前のように外れている
    ※彼と僕だけの人称でほぼ進む
    ※旅人に関する辺り捏造
    ***
    あなたはめれんげのカピオロで
    【コレがいいんでしょ? / 気のせいじゃない】
    をお題にして140字SSを書いてください。

    でちょいエロのお題を書こうとして見事お題のちょいエロというところから外れた話。
    前回のお題の名誉挽回をしようと思ったのに出来なくて無念。
    特別は、特等席に座っている。 キラキラとして澄んだ魂と出会ったんだ。
     そう伝えた時に気が付けばよかった。
     でもその時の僕は全く気づけなかった。
     そうか、と告げる声音がいつもより少しもたついていたのも、会話の先を促す優しさにためらいが混ざっていたのも。
     あまり会えない彼と楽しかったことを共有したい気持ちが先走って、見えなかったんだ。

     ようやく気づいたのはもっと後。
     柔らかな夜が世界を包む頃。
     僕のベッドの上に座り込んで、まだあまり慣れない『触れ合い』を始めた時だった。
    「……っ…?」
     彼とのキスは好きだ。
     温かさに包まれて深くなっていくのが気持ちいい。
     でも今日のは普段よりも早かった。
     気持ちが昂っていたりするともっと早かったりもするけど、今日のはそういうのじゃない。
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