※キャプション必読※ いつか見る夢の渚均衡が破れたのは四年前だった。
銀行の采配で慰安旅行というテイの金策が行われ、友人グループとして広く認識されていた真経津たち五人は南の島に来ることになった。旅費や撮影衣装は銀行持ち。衣装は、流出させないのであれば持ち帰り可となっていた。三日ほど、カラス銀行持ちの島で何がしかやらされるとなった時に獅子神は死を予感したが、蓋を開ければお遊びの延長だった。自分たちの戯れが多少、VIP共に流れるだけだ。馬鹿馬鹿しいが仕方ない。金策に走らねばならない程に切迫しているわけでもないだろうから、理由はなんでもよかったのだろう。五人のうちの誰かを熱狂的に愛しているどこかの誰かの、鶴の一声があったに過ぎない。
ペラ紙一枚では収まらない約束事があったが、どうでも良かった。最低三日間耐えれば終わるのだ。ターゲットもどうせ、自分よりもはるかに目立つ他四人であり、自分ではない。そう思いながら最初の撮影に向かうと、バルーンでハッピーバースデーと装飾された背景があり、膝から崩れ落ちそうになった。
カメラマンをしている特五の行員があとから合成でもいいんですが実際に集合した物もあると良いのでと言っていたがあまり覚えていない。
個人撮影は衣装に合わせて緑だったり青だったりの背景で撮影した。叶がふざけて緑の背景で撮影したら透けている部分があり全員がふきだした。
特五の行員や御手洗、昼間の一部の特四行員とやりとりをして、皆本業はせずに三日が過ぎた。撮影という名の素材集めは順調に進んだらしく、明朝に帰されるということが決まった日の夜に事件は起きた。
夜もかなり更けた時間になっても、獅子神の部屋に集まっている他の四人が解散しない。
昼間に集まって馬鹿をやることはあっても、夜深くまでは過ごしてこなかった。御手洗がオークションに落ちた時は例外で真経津が獅子神の家に入り浸って部屋着を勝手に拝借していたが、それも一回きりだ。付き合いがグループになる頃には誰とはなしに夕方には解散をして、散らかった部屋は獅子神が片付ける。真経津宅、獅子神宅、村雨宅、三ヶ所のローテーションだったが片付け役はほぼ獅子神だった。
いつもの集まりは小学生めいていて、今の時間は修学旅行めいている。獅子神は修学旅行に行った経験はないが、他者の話を聞いたり創作物で見る限り、夜は友人と楽しく喋るものらしいというぼやけたイメージだけは持っていた。酒があるところだけが大人で、それ以外はいつものガキみたいな遊び。
そう思っていた。
いつの間にか眠っていた。変わらず明るい照明に対し、瞼が開くのを拒否する。手をかざそうとして、なぜだか動かない事に気付く。しかし動かせないのだから、どうしようもない。生温かくてかたい何かが、自分の手首に力を込めている。
何かってなんだ。
「あ、獅子神さん起きた」
「ン…………あ?」
ベッドに寝転がっている自分を、真経津が覗き込んでいる。ふわふわとした前髪が重力に従って垂れていて、少しだけ額が見える。逆光の中でやわらかく細められた目に反応した脳が、肌を粟立たせる。
「獅子神、痛くはないか?」
「てんど、?」
頭上から――なぜか頭の上にある自分の両手のあたりから――天堂の声がする。手は相変わらず動かせず、骨張った手に押さえつけられている。痛くはないかと心配する声を出した、天堂に。
今、視界には入らない赤い指先を思い出した獅子神の喉が縮む。ヒュッと空気だけが入り、うまく出て行かない。下半身には真経津が体重をかけていてこちらも動かせない。なによりも友人が何をするつもりなのかわからず、暴れようにも力が入らなかった。
自分以外の四人は自身の行いの結果、人死にが出るとしてもためらわない人種だ。賭場で、あるいは日常で。職業倫理だか法だかの問題で村雨はたぶん積極的な殺しはしない。
けど全員が、人を。
「ああ、大丈夫だ。村雨もじきに来る。今から起こる事はただの儀式に過ぎないが、お前に暴れられては敵わないので先手を取ったまでだ」
「……何しようってんだよ、神様がヒトノコを使ってまで」
「あ! 敬一君が起きてる! ホラ礼二君言ったろ、あと五分もしないうちに起きるって」
「だからマヌケ神と真経津を残したのだろう。フィジカルと柔和さで選ぶとしたらあの二者になる」
「いや男って時点で怖いからな。女でも強姦は成立するけど」
離席していた村雨と叶を目にしようにも、獅子神は身体を起こすことができない。羞恥、失望、怒り、寂しさ、悲しさ、あらゆるマイナス感情が血液に乗って全身を循環しているような気がした。絶望できてしまえば力を抜けただろうが、自分を焚き付ける時の感情が怒りばかりだった獅子神にとって、すぐに折れることは困難であった。
「村雨も叶も、なんなんだよ。ふざけんのは髪型とかメイクだけにしろ」
「煽りがガキじゃん、相当な動揺だよコレ。礼二君責任とれんの?」
「責任は獅子神以外の全員にあるだろうが、マヌケ」
「会話しろよテメーら、人の事拘束しといて説明もねぇのか?」
「……それについてはすまない」
「謝ってんじゃねえ、これ以上イラつかせたら殴る」
「ふむ、さすがの神も怒れる人の子を制し続けるには無理が出てくる頃合いだ」
獅子神は全員が揃って以降手に力を込め続けているが、天堂のそれに敵うことはなかった。相手は重力も体重も乗せられるのだから仕方がないとは思っても、腹立たしさが煮えたぎって、口からこぼれそうになる。
「……村雨さんが言えないなら僕が言うね。まず怖がらせてごめんなさい」
真経津が身体を起こし、獅子神の顔に自分のそれを寄せる。そして両手で頬を包み、微笑んだ。
「ここにいるみんな、獅子神さんに告白したくてずっと残ってたんだ。大好きだよって言いたくて」
ね。と続けた唇が数ミリ開いた獅子神の口に重ねられた。