たまにある光景委員会活動のない日、自主的な整理と称して書庫にこもることが、長次は好きだった。目についた本を手にとって書庫の床に座り込み、誰にも邪魔されないまま、飽きるまで文字の洪水に溺れるのだ。
本を開いてしばらくは、ざわざわと木の葉の擦れる音や、楽しげな誰かの声が耳に届く。だが読み進めるうちに、周りの音も気配も一切が消える。意識は書き手の故郷へと飛び、自分の手が頁をめくっていることもわからなくなる。目にうつるのは天竺の景色で、日差しに灼けついた熱い空気を確かに肌に感じる。
「……っ !」
長次はふと顔を上げ、ぼんやりと正面の書棚に視線をやった。ここはどこだろう。
頁に目を戻そうとすると、再び何かが聞こえた。
「ちょーじっ!」
今度は音の発生源を見る。するとそこには同室の男がいた。なんだ小平太か、納得した長次はまた物語の続きに戻ろうとした。珍しく不満そうに眉をしかめていた彼は、また長次の名を呼ぶ。
「晩ごはんできたぞ!」
「……うん、もう少し」
本を持ったまま、体がふわりと宙に浮く。両の腕に長次を抱えた同室は、まっすぐに長屋へと向かう。
「これはこれは、姫君がお帰りか」
すれ違った同級生の揶揄いは、既に天竺に飛んだ長次には届かない。