クリスさんの耳かきをする雨彦さん長丁場の大型バラエティ番組の収録、やっと休憩時間になり雨彦は『レジェンダーズ様』と書かれた楽屋に戻る。
(俺だけか…)
雨彦は軽く伸びをすると、小さな紙袋をテーブルに置く。
テレビ局、特にバラエティ番組は雨彦にとってあまり良い空気ではない。
可能ならば綺麗なー見た目も、空気もー恋人に一目でも会いたかった。
「雨彦!お疲れさまです」
楽屋の中がパッと明るくなり、少し湿った髪をしたクリスが入ってきた。
年末年始向けの大型バラエティのため、それぞれ違う収録を行なっている。クリスは持ち前の運動神経を生かし、アスレチックから落ちると粉まみれになる…といった収録を行なっていた。
見た限り、粉に落ちシャワーを浴びてきたのだろう。それでも腐らず笑顔でいられる。そこが恋人の尊敬できる所だ。
クリスは穏やかな微笑みを浮かべたまま、すぐに視線は紙袋へと落ちる。
「こちらは?」
「ん、ああ……これか」
雨彦は紙袋から取り出した木箱をクリスへ見せる。
「最高級…ぼん…てん?」
「ああ」
蓋を開けると小さな竹のスプーンに白くて丸いふわふわがついた、梵天つきの耳かきが出てきた。
「クイズの残念賞さな」
「……わぁ」
予想に反してクリスの声には喜びと、ほんの少しの戸惑いが混ざっていた。
「昔ながらの耳かきですね。本物ははじめて見ました!」
綿棒派のクリスにとって、梵天付きの竹軸耳かきは未知の道具だったようだ。
雨彦の目が優しく細められた。
「良い機会だ。試してみるか?掃除なら、俺に任せな」
楽屋の奥、畳のスペースに目を向け膝を叩く。
膝枕で耳かきをーーされるのも良いが、するのもまた良さそうだ。
「えっ、だ、大丈夫です!自分でできますから……っ」
「きになさんな。今日は疲れただろ」
「……で、でも、想楽やプロデューサーさんも戻ってきますし……」
「恥ずかしいならやめるが…あいつらなら俺たちが何してもなんとも思わないぜ」
雨彦の膝枕で耳かきされているクリス…を、本当になんとも思わないだろうか。
とはいえクリス自身も長時間の収録の合間に恋人の膝枕を味わえる、そんな誘惑には負けてしまった。
小上がりの畳に座る雨彦に近付き、クリスはそっと膝へと横たわった。
「……雨彦にしてもらえるなら……いいです……」
「ふっ。素直だな、古論」
その声音はあまりにも甘かった。
*
雨彦は耳かきをゆっくりと構える。
竹の先端を軽く親指で撫でてから――
「じっとしてろよ」
「んっ……っ」
竹の先が、そっと耳の縁をなぞった瞬間、クリスの背筋が震えた。
「ふふっ…くすぐったいです……」
「こら、危ないぜ」
優しく、丁寧に。
クリスが耳の外縁をなぞり、少しずつ中へと進んでいく。
綿棒とはまるで違う。
細い竹の先端が、カリカリと耳の内壁を擦ってくる。
「っ、あ……あぁ……そこ……雨彦、そこ…気持ちいいです……」
「綿棒より、効くだろ?」
「はい…でも……、なんだか…っ……」
自分ではあまり届かないデリケートな場所を開け渡して、そこを突かれる…これはなんだかとても淫美な気がしてきた。
気持ちよさとくすぐったさの狭間で、クリスの瞼がゆっくりと閉じられ、体の力が抜けていく。
が、時おりピクリと肩が跳ねるたび、快感の波が内側から滲み出てくるようだった。
「ほら、もう少しで……っと……ほら、取れた」
雨彦がカリカリとしていたのは耳の中の老廃物だった。ティッシュで竹先を拭いながら満足げにしている雨彦にサーっと血の気が引く。
「っ……っ! あ……雨彦、し、失礼しました……」
「ん?」
「汚かったでしょう…?申し訳ないです……」
雨彦は手を止め、真っ直ぐにクリスの顔を見下ろした。
「……お前さんに汚いとこなんてねぇよ。全部、綺麗だ」
「もう、誤魔化さないでください…………」
ほんのり赤くなった頬が、雨彦の膝にさらに沈み込む。
その表情を見て、雨彦はもう一方の耳に手を伸ばす。親指と人差し指で薄い耳たぶをさすると、ぴくん…と腰が揺れた。
「じゃあ、次はこっちだな。」
「もう自分でできますから…」
嫌がるふりをしているが、クリスの声にはどこか期待が滲んでいる。
ほんのりと赤くなった頬が、さっきの耳かきの余韻を如実に物語っていた。
「そうかい。おまえさん、ずいぶん気持ちよさそうだったじゃねぇか」
「そ、そんな……あれは……っ」
「ほら、耳、かしてみな」
ゆっくりと体の向きを変えられ、反対の耳を晒す。
耳の裏に雨彦の指がそっと触れただけで、ぴくっと肩が跳ねた。
「いい子だ……」
カリッ、カリカリ……
先ほどと同じく竹の耳かきが、外周から耳の奥にじわじわと入っていく。
自分ではできない角度で、経験した事のない硬さのものが耳の中を的確に刺激する。
「ぁ……くぅっ……あ、だめ……そ、そこ……」
ビクン、と細い体が反応した。雨彦の太ももに乗せた頭が、小さく震える。
「お前さんはここ弱いよな」
「な……っ、なぜそんなこと……」
何故も何も、恋人として耳を愛撫してきた経験則だ。クリスはこちら側の耳を撫でると気持ちよさそうにしていたからだ。
耳の奥を優しく掻かれるたびに体は正直に震える。
ひと掻き、ふた掻き——カリカリと心地よい音が、鼓膜をくすぐっては離れていく。
「んっ……!」
弱いところを撫でられるたびに、腰やつま先が楽屋の畳を滑る。
これではまるで…
「こりゃ、目に毒だな……おまえさんのそんな顔、他の奴には見せないでくれよ」
雨彦がふっと苦笑交じりに漏らすと、クリスは顔を赤くして目を閉じる。
「雨彦に触られると……全部、気持ちよくて……」
「……そうかい」
心臓を鷲掴みにされた気分だった。今すぐ恋人の唇にむしゃぶりつきたい気持ちを抑え、続ける。
カリカリカリ——…
その繊細な振動が鼓膜に伝わるたび、体中がゾクゾクと震える。
耳の奥がくすぐったく、けれど甘い痺れが全身を支配する。
「ん、あっ……雨彦……っ、もう……っ、やだ……」
ふいに、クリスが雨彦の膝に縋りついた。
自分の声に驚き、口を抑える。
「こわいです……」
「気持ちいいって言うんだぜ、それを」
「……はい…気持ち、よくて……♡ん、ふぁっ……!」
ビクンッとひときわ大きく畳を足が滑る。
口を押さえているにもかかわらず、くぐもった声が抑えきれていない。
これはお互い限界かもしれない。
雨彦は眉をわずかに上げ、仕上げとばかりに逆さにし、手に持った梵天をゆっくり耳に差し入れた。
「ひゃんっ……っ!」
「……好きなだけ声出しな」
「雨彦……っそれ嫌…」
「なあにあとちょっと…だ…」
「んっ…!!ふっ…!」
耳に入った梵天をくるりと回すと押し殺した声と、快楽による涙が漏れ出る。
いつも太陽のような男が見せるこんな一面も悪くはなかった。
*
『レジェンダーズ様控え室』の紙の前で立ち尽くす想楽とプロデューサー。
部屋から漏れ聞こえるのは紛れもなくあの2人の声だった。
誰がどう聞いたって情事の声に他ならない。色付いたクリスの嬌声と雨彦の押さえた声を前に誰が入れるというのか。
「………あの…」
楽屋弁当を持つプロデューサーがおそるおそる声をかけると、想楽は笑顔で振り返った。
「……プロデューサーさんー。楽屋弁当2人の分も食べていいかなー?」
「ま、まあお二人が食べないなら…」
「ありがとー……相引きに 冷めゆくままの ハンバーグ……プロデューサーさんも食べちゃいなー?」
「は、はあ…」
ハンバーグが全て消える前にこの誤解が解かれるか、それは誰もわからない。