パトロールを終えた後、軽く一仕事してきたビリーが部屋に戻ると甘い香りがした。ちょうどお腹も減っている。お菓子だし作っているのはジェイかグレイだろうとあたりをつけ、ご相伴に預かろうとキッチンをのぞき込む。そこには予想通りにグレイの姿があった。なにやら真剣に鍋をのぞき込んでいるからこっそり近づいて驚かせようと思ったのをやめた。アツアツの鍋の中身をかぶれば、いくらサブスタンスの効果で傷の直りが早いといえどもかなりつらいだろう。そもそもわざわざ自らやけどを負いに行きたくない。
「I‘m home グレイ、なにしてるノ?」
「あ、おかえりなさい。ビリーくん」
気づかなくってごめんね、という彼が気にしないよう笑いかける。そのまま近づいて鍋の中身を見て見ると、なんだか紫みのある黒い液体がふつふつと煮立っていた。柔らかな甘い匂いがする。くうと腹の虫が切ない声をあげた。おやつだろうか?それにして食べ応えがなさそうだ。
「ウィルくんがお汁粉の作り方教えてくれたから作ってみてるんだ。おもち入れたら完成だから、よかったらおやつに食べない?」
「食べる食べる!!僕ちんお腹ペコペコ~」
「よかった。もうできるから座ってて」
お言葉に甘えることにして、流しで手を洗ってダイニングテーブルの席に着く。グレイはお椀を二つ用意して煮ていた液体を溢さないように気を付けて注ぐ。トースターで焼いてたもちを取り出して椀の中に浮かべた。トレイに椀とウィルから貰ったのか割り箸を二膳持ってきてくれる。
「良い匂い!イタダキマース!!」
「いただきます」
湯気を立てる椀の中には、紫の強い黒というか、茶色というか……表現しにくい色の液体の中にもちが2、3個漂っている。ゴーグルが曇ってしまうと零しそうなのでいそいそと外す。椀に手を当てるだけで暖かい。箸を割って、持ち上げた椀の中のもちを探る。大きめのそれは簡単に箸でつかめたそうだったが、重力に負けてビヨンと伸びる。軽く跳ねて大半が椀の中に戻ってしまった。しかたなく残った分を口に運ぶ。柔らかいもちに甘いあんこが絡んでいて美味しい。正直、ウィルから習ったと聞いて身構えていたが、素朴な甘みが疲れ切った体に嬉しかった。
「グレイ、すっごく美味しいヨ」
「ほんと?よかった」
噛み切れなかったもちと格闘を終えもきゅもきゅと頬張るグレイに声をかけると、蜂蜜色の目を細めて笑った。口の端にあんこがついている。水っぽいのにどうして着けれたんだろう、と不思議に思いながら拭うと、真っ赤になられた。いつまでたっても初なグレイは可愛いが、もう少し慣れてくれてもいいのにと思ってしまう。
「オイラにも作り方教えて。今度は俺っちがグレイに振舞っちゃう♡」
「またビリーくんとおやつ食べれるの?うれしい……」
「にっひひ~これからもいっぱい食べようネ☆」
小さめのもちを口に放る。今回はうまく持てた。もちもちした触感を楽しんでから飲み込む。ついでに椀に口をつけ液体のあんこも飲み込む。思った通り美味しい、そして温まる。
「あ、作り方はね。あんこを水で溶かしてちょっとだけ塩を入れて、ちょうどいいくらいの濃さになったらおもちを入れて食べるんだって」
「Wow 簡単なんだね。あんこはどうしたノ?ウィルソン氏お手製……にしてはちゃんと食べられるケド」
「うん、僕でもできたからビリーくんならすぐだよ。あんこはリトルトーキョーのお店で売ってたよ。日本の1ドルショップ」
グレイに言われてリトルトーキョーの異常に質の良い1ドルショップを思い出す。元が日本の会社らしく、出店した当初から物珍しい調味料や良品質の商品で話題だった店のはずだ。
「イイコト聞いちゃった。なら明日リトルトーキョーでデートしようヨ」
「はわわ……!でーと……」
「付き合ってるんだからデートデショ?それともイヤだった?」
グレイは真っ赤な顔をして首を振る。恥ずかしがっているだけなのはわかるが、こうも可愛らしい反応を毎回されるとついからかいたくなってしまう。
「い、いやじゃないっ……!ぼ、ぼくも、ビリーくんと、でーとしたい、です……」
尻すぼみになっていく声に思わず笑ってしまう。声は出てないしグレイも築いていないからセーフだ。ああ、恋人がこんなに可愛い。これで年上とはとても信じられないし、なかば詐欺に思えてしまう。
「じゃあ、明日はデートしようネ♡せっかくだから着物のレンタルしておみくじもひこうヨ」
リトルトーキョーには着物の貸し出しをしている店があるのは把握済みだ。年末年始や夏祭り時期には日系人や近所の住民、そしてデート客がこぞってレンタルするため早めの予約が必要だ。グレイの着物姿が見たくて予約していたから問題ない。今から誘うつもりだったが、きっかけの方から飛び込んできてくれた。
浮かんだだらしない笑みをごまかしグレイに早く食べようと促す。せっかく作ってくれたのに冷めてはもったいない。もきゅもきゅともちを頬張って素朴な甘さを楽しみながら明日に想いを馳せた。