応援しなければ、と思う。大事な人達同士なんだから。フェイスと妹が仲睦ましく歩いている姿を唇を噛みしめて見ていた。
きっかけはフェイスがリヴァース家に遊びに来たことからだった。ホリデー中に訪れたビリーからグレイの父のレコードの話を聞いたらしい。なんでも今では珍しい物らしく父の許可を取ってから招待したのだ。父もグレイが同僚を連れてくると嬉々として準備していた。オフが重なった日は偶然祝日で、珍しいことに妹も在宅だった。
『こんにちは。お邪魔します』
フェイスは挨拶をして、わざわざ持ってきてくれたお土産を妹に手渡した。
『これ、ノースのパティスリーのですよね。嬉しい!!』
頬を赤らめて喜ぶ妹に胸の中で靄がかかった。タイミングよく、父が来てくれたからその日はそれ以上気にせずに済んだ。
それ以降フェイスはよくリヴァース家を訪れるようになった。父とは趣味があったらしく、レコードの貸し借りをしているようだった。
「グレイのおとうさんってすごく趣味が良いよね。今だとレアなレコードの保存状態もすごくいいし、丁寧な人だね」
素敵な人に大事な家族が褒められると嬉しい。素直に頷く。
「グレイの妹ちゃんもいい子だよね。何度もお邪魔しちゃってるけど歓迎してくれるから嬉しいよ」
ドキン。心臓が大きくなった。なんだろう。まさか不整脈だろうか。
「また、遊びに行ってもいい?」
もちろん。と、そう答えるしかなかった。靄が大きく広がったように感じた。
フェイスがやってきて、リビングに通す。妹もいたから3人分のお茶を淹れにキッチンに向かう。なんだか、フェイスが来る日には常に妹がいるような気がする。いつもは友達と一緒にどこか出かけている方が多いのに。
今日は父がいないけれど好きに見ていいと伝えるように言われていた。趣味の合うフェイスが気に入ったのか実家に戻る度に、今日は来ないのかと聞かれるようになっていた。コーヒーとサブレをトレイにのせて運ぶ。
「ありがとう、グレイ」
「ありがと。ここのサブレ美味しいんだよね」
「へぇ、いいこと聞いたな」
隣り合ってサブレを齧る二人は美男美女カップルに見える。多分、妹は兄の欲目なんだろうけれど。
ふと、二人の間に置かれた本が視界に入った。見覚えはある。なんだっけ、と覗き込むと灰色混じりの黒髪の兄妹が写った写真が綺麗に並べられていた。昔のアルバムだ。
「掃除してたら出てきたの。懐かしいでしょ?」
懐かしい。開かれているページはまだ母が存命中のころの写真で、幼い弟妹達の姿に懐かしさよりも寂しさが勝る。このころはお兄ちゃん、お兄ちゃんと後を追ってきてくれたのに、今ではグレイよりも頼りになる子たちだ。
「アハ、この写真みんなそっくりで可愛いね」
フェイスが指さしたのは3人で母お手製のレモンパイを頬張っている写真だ。確かに似ている。まだ妹の髪も短いからなんだかマトリョーシカみたいだった。
「美味しいんだよ、母さんのレモンパイ。……あ、お兄ちゃん作ってよ!」
「俺も食べてみたいな」
少し困惑する。身内ならまだしも、フェイスに食べさせられるようなものでもない。でも、残念そうにするフェイスに申し訳なさが勝って、つい了承してしまった。今は材料がないから作って持っていく、ということになった。同じタワーに住んでいるからできることだ。作り立てを貰えないとわかった妹は文句を言っていたが、フェイスに宥められて大人しくなっていた。ズキンと心臓が痛む。グレイよりよっぽど兄らしいフェイスに妹を取られた気分になって悔しいのかもしれない。フェイスは自分なんかが嫉妬できるような人じゃないのに。
「グレイのレモンパイってビリーは食べたことあるの?」
帰り道、ポンと投げられた質問に瞬く。意図が理解できなかった。家族以外にパイを振舞った事などないし、ビリーの潔癖を知ってからはさらに彼に手作りを振舞うことは意識してしなかった。いい子だから無理をさせてしまうかもしれないからだ。
「アハ、ビリーはそこまでいい子じゃないと思うけど……そっか」
嬉しそうな様子のフェイスに小首を傾げる。それに気づいたフェイスが男のグレイでもうっとりしてしまうほど綺麗な笑みを浮かべた。
「グレイの実家の味を家族以外に初めて食べれるのが嬉しいんだ」
頬に熱が溜まる。こんなのグレイだって赤くなってしまうんだから、女性が夢中になるのは当然だと感じた。
「楽しみにしてるね」
部屋の前で別れる。イーストセクターの部屋に入って。ドアが閉まる音を聞くと途端に腰が抜けた。驚いたビリーが駆けよってくる。自分が何故腰を抜かしているのかもわからないまま、ビリーに助けてもらいながら自室にまで戻った。
今日はオフで、フェイスとの約束もなかった。バディをつれてノースの方まで足を延ばして散歩をしていた。ふいに、視界の中に見慣れた背格好の人物を見つけた。フェイスだった。全身黒なんて下手すれば不審者になってしまうのに、フェイスは着こなしていた。ほっそりした身体と長い足を強調していた。誰かといるようでなにか話している。挨拶してもいいだろうか。でもオフだろうし人もいるなら邪魔しない方が良いだろうか。少し迷いながらも近づく。近づいたからフェイスの同行者の顔を見えてしまった。
驚いて、とっさに隠れてしまう。同行者は妹だった。確かに仲がいいし、年も近い。もしかしたら付き合っているのか、もしくは両片思いという状態かもしれない。ドッドッド、と心臓が騒ぐ。合間にズキズキ痛むのは何だろうか。驚きのあまり心臓まで痛くなったのだろうか。思えば、フェイスの来る日は妹がいたし、フェイスがグレイと仲良くしてくれたのは妹と親しくなりたかったからかもしれない。そう思えば、フェイスがグレイに浴してくれた理由も納得できてしまった。少し、泣きそうなのは友達になれたと感じていたフェイスが妹狙いだったからか。
応援しなければ。大事な人たちが幸せならグレイも嬉しいのだ。二人が親しくなったり、二人っきりでいられるように、グレイが頑張らねば。