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    外でデートするしきみそ

    #しきみそ

    今ここに在ること 刃の合わさる音がして鋏が閉じた。裁断をした布地を均すようにして撫でると、四季は裁断台を離れた。次に必要な作業道具を頭に描きながら、目的の棚へと向かう。
     部屋の壁際に置かれたその棚の天板には、幾つかの写真が選り抜きのフレームに入れられて大切に飾られている。しかし、そのどれもが自分ばかりとあっては、大した目もくれずに四季は無造作に引き出しを開けて中を漁り始めた。
     整えてはいるはずだが新しいものが増える度にごちゃごちゃとする引き出しの中身を改める。目的の物をなかなか探し出せずにいると、後ろの方から驚いたような声が上がった。声の主はこの引き出しをごちゃごちゃにしている張本人、三宙だ。
    (詰め込みすぎて予定でもミスってたか? にしては声の感じが違うか)
     考えながら、ようやく指先が目的の道具を探し当てる。それを掴むと、音もなく四季は三宙のデスクへ足を向けた。
     こうして気配を消しながら三宙が座る椅子の後ろに立って密やかに覗き込むこの位置を、四季は悪くなく思っていた。無防備な横顔には余計な混ぜ物がなく、そのままの感情が彩っている。それをこっそりと垣間見ることが愉しかった。
     さて今は何を見て、どんな顔をしているのやら。
     チラと三宙の横顔に眼をやる。さっきの驚いた声は失言とばかりに引き結んだ口元。中指がしきりに顎を叩いていて、不機嫌とも思える視線は一点に向いている。頭の中には確かにある何かを言い出したいのに躊躇っている、そんな顔。
     手元にはいつもの手帳。今週の日にちが並んだ両開きのページには、時間毎に予定が書き連ねられている。どれも書き込んだ本人にしか分かり得ない内容だが、傍目にもわかることがあった。一日だけ予定の密度が半分の日があった。
     それで四季にもなんとなく三宙の思案の理由に見当がついた。見当がついてしまう仲になっていた、今では。
     四季としては放っておいても良かったが、さっさと切り出してやることにした。今日は火曜。それとこれとは別にして、やることは山ほどあるのだ。
    「へー。どこか僕と行きたいとこでもあるのか? 水曜の午後とか」
    「うわっ!? 四季、いつから見てたわけ! 心臓に悪っ!」
     とっさに距離を取るように身を引きながら三宙が振り向く。もう何度も繰り返していることなのに、毎回反応が新鮮に映るから面白い。
    「で? 行きたいとこあんのかって」
    「……いや、まあその。水曜なんてド平日だし? 空いてるって言っても半日だし? そもそも急だし」
    「ったく、言い訳はいらねえんだよ。早く言いな」
    「行きたいとこっていうか」
     もごもごと言い澱んで、視線が彷徨う。目の前から放たれる圧からは逃げられないことを悟るのに要する数秒を経て。
    「デートの待ち合わせに……憧れがあると言うか」
     レンズ越しに観念したような赤紫が四季を見上げる。人には散々ズルいと言うが、お前の〝それ〟は何なのか。無意識に振りかざしているなら質が悪い。
    「あっそ。じゃあ、そうすればいいだろ」
     そのうち何でも言うことを聞かされてしまいそうな危機感に、四季はわざとつっけんどんに返した。もちろん、ぞんざいな言い種ぐらいでへこたれるようなヤツじゃないことも分かっている。それでも、四季が思わずオマケをつけてしまうのはやっぱりかなり三宙には甘くなっているのだろう。
    「別にもう非難なんてしないよ。お前のこと。だから思ったことちゃんと話せ」
     見下ろす顔が瞠目して息を呑んだ。それから顎に色鮮やかな手を添えてニンマリと笑う。
    「えー、マジで? じゃーオレが思ったこと何でも言っちゃおっかなー。せっかくだからお揃いの服着てデートしてみたいなーとか」
    「却下。全く絶対に非難しないとは言ってないからな」
     調子に乗りすぎて急に鬱陶しくなる口調には釘を刺すことを忘れないけれど。
    「四季のケチ。お揃いは付き合ってたらロマンっしょ。あーもう、結局言い損じゃん。恥ずかしいな」
    「恥ずかしいのかよ。そんなんで実際に出歩けんのか」
    「そこはテンションでどうにかなんの!」
     気を抜くといつまでも続いてしまいそうな応酬を躱して、ミシンの針と糸を手に四季は作業台へと戻った。



     確かに同居をしていれば、一緒にどこかへ行くために待ち合わせをする機会というものは減っているのかもしれない。
     先方とは食事がてらの打ち合わせを終えてからの集合ということになり、朝食兼昼食を済ませてから四季は自分のクローゼットの殺風景な中身を見ていた。相も変わらず当たり障りのない服が並んでいる。その一角に、毛色の違う服が勢力を増しつつあった。
     三宙が四季に見立てたプライベートの服だ。これでも厳選させて無駄に増えないようにしているが、それもいつまで保つか。
     基本的には着られれば何でもいい。そう思っているはずなのに、この妙な抵抗感の正体が何なのか四季には量りかねた。
     既製品のひとつを手に取り、肩を竦める。三宙は似合うと言って喜んでいたけれど、よく分からない。モデルとして着る服の場合の良し悪しは売り上げ、つまり金に関わるからまだ分かるが。
     幾つかあるお墨付きの服に四季が袖を通したのはいつだろう。よくて一度かそれ以下か。そんなに僕に似合ってるもんかね、と独りごちてその服を戻す。
     そこでふと、クローゼットの一番すみにしまわれている一着に目が留まった。
     志献官だった頃、休戦を提案されて以降、休憩になると三宙に外を連れ回されることが幾度もあった。
    『えっと~、次コレね。あっ、コッチも似合うから着てみて!』
     あの時言われたことが四季の頭の中で不思議なほど色褪せずに蘇る。思えばあの頃から勝手に色々と服を持ってきては試着をさせて楽しそうにしているようなヤツだった。特に駅裏の古着屋は三宙の創作意欲を掻き立てるらしく、四季は度々それに付き合わされたものだった。

     狭い試着室の仕切りを開けるなり満足そうに頷いたかと思えば、首を傾げて真剣な眼差しが服を射る。また始まったわけだ。よくもまあ人を着せ替え人形みたいにして、こんなに盛り上がれるものだと俯瞰する。そして一通り盛り上がってる間にまた時間が来る。
    『ここの襟は切っちゃって、別のラインに変えるとして。見せかけのフラップにしちゃうとかどうよ。そんで袖も無くしてー』
    『それ、もうこの服の原型なくないか?』
     服に詳しくはない四季でもそれぐらいの想像力は働く。でもこれまで具体的に口を挟んだことは無かった。
    『えー。それがリメイクってもんっすから』
    『まあ、お前がいいなら僕はそれでいいけど』
    『あ、それ〝どうでもいい〟の〝いい〟ですよね? っしゃ。ぜってー爆イケの服作ってやる……!』
     一緒に見に来るもののいつも決まりきらず、結局リメイク素材は買わずじまいになるのだが、今日は違った。四季が制服に着替えるなり、試着していた服を手に三宙は奮起した様子で会計に向かって行った。

     それが、クローゼットの一番すみにしまわれているこの一着。
     デートとは言うけれど、これから着ていくものだって四季は別に何でもよかった。何でもいいなら、コレでもいいだろう。選ぶのに抵抗感はなかった。着ていったら三宙がどういう反応をするのか。それがただ面白そうで。
     残りの作業をキリのいいところまで終わらせてしまっても、まだ待ち合わせの時間までには余裕で時間があった。けれど、どうせならと四季は街に出てしまうことにした。
     例のリメイク品は外套を羽織るとほとんど見えなくなっていた。ショーウィンドウに映る姿で気が付いて、ボタンを開ける。冬の冷たい外気が通り抜けるが、いたずら心には勝てなかった。
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