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    実に拗れている

    #しきみそ

    沈んで、揺蕩って② なんだか足が重たい気がするのは布地の卸売り店を数件ハシゴしたからに違いない。そんなことを考えながら三宙は自宅兼アトリエへの帰路に着いていた。
     日はまだ高いが、吹き抜ける風がいくらか涼しくなっている。戻る頃には夕暮れ時か。帰ってもまだまだ作業は出来そうだ。
     いつもなら急いで帰りたくなるものだった。時間がいくらあっても足りないほど、自分のやりたいこと、ファッションのことを考えるのはどんな時でも楽しいことだ。そこに偽りはない。
     そんな風に三宙が思う強く気持ちとは反比例して足の進みは遅くなっていき、ついには街路樹の横で立ち止まった。
     店をハシゴしたからなんて自分への誤魔化しにもなりはしない。絶対に認めたくなんてないのだけれど、単に帰るのが嫌なだけだ。帰ったらまだ作業をしている四季と顔を合わせることになる。それが怖い。
     独りで取り残された朝以来、四季の前で上手く振る舞えなくなってしまっていた。それでもここ数日は仕事の意識でなんとかこなしてきたつもりだ。ただ、その仕事のモチベーションにも深く関わりすぎてしまっているのだ四季は。
    (なんせイメージモデルだもんな)
     生地を見て選らんでイメージを膨らませたその先にはいつだって四季がいる。本人から心底呆れられるぐらいには惚れ込んでしまっている。もちろんブランドを手伝って欲しいと頼んだことは間違っていない。
     あのイメージも、このイメージも可能な限り見てみたくて、振り回している自覚はある。そんな三宙のわがままな注文に付き合わせても四季には予想以上にこなして貰えている。
     だからこそ、そんな振る舞いを読み違っていることから目を逸らした。その挙げ句、本末転倒を地で行き勝手に自滅しているだけで。
    (とりあえず、帰んねーと)
     再び踏み出そうとしても体は命令を受け取らず、神経回路が途切れてしまったようだった。
     もしここで立ち往生していたら、四季は迎えに来てくれるのかな。どうしようもない選択肢が三宙の頭に浮かんでくる。それで内空での時みたいに叱咤してくれたらそれだけでもいい、なんて。


     実際に三宙が自宅兼アトリエに帰り着いたのは日がすっかり落ちきる寸前だった。
     いつもより重たく感じるドアを開けて、玄関で脱いだ靴を下足入れにしまう。ひとつひとつの動作に時間をかけ、気を張り詰めながら不自然にならない足取りで四季がまだ居るであろう作業スペースへと向かう。
     大丈夫。自宅なのに自宅じゃない感覚には慣れている。
    「ただいまー」
     ありふれた挨拶を短く告げるだけなら普通に口は回ってくれて、取り敢えずの気休めを得る。
    「ん。遅かったな」
     返ってくるのは、ミシンの音に紛れさせた気のない返事。それは、やっぱり個人的に迎えに来てくれることなんて非現実的な幻想でしかなさそうだと感じさせるには十分だった。
     お互いに顔を見ないまま、三宙がデスクに着く。正面が壁に向かっていてまだ良かった。
     デザインノートを開いて、集中している風を装う。既にアイデアが描き留められているページは、当たり前だけれど見るに堪えかねる気分に襲われた。かといって、白紙のページを開いてみてもペンを持った手は動き出さない。
    (あーあ。まさかこんな時が来るなんてな……)
     布地を手繰る音、ミシンを踏む音、糸を替える音。意外と丁寧な所作を感じるそれらが、やけに目立って聞こえてくる。何故かと思えば、普段は蓄音機で作業中に曲を流しているのに、ルーティンとも言えるそれを三宙はすっかり忘れていた。
     ボタンを掛け違えるとは言うけれど、日常の何もかもが微妙にズレていってしまったら、最終的にはどうなるのだろう。
     ボタンなら裾が合わない。でも意図していればおしゃれでもある。じゃあ、意図していない時は? 居たたまれない。そして、直そうとするはずだ。直せる個数なら。
     果たして自分たちは何個ボタンを掛け違っているのだろう。事実に気付いたところで、もう直しようがないだろうか。
     仕事のことが無かったら四季との関係性はどうなっていたことか。空いている時に誘ってみても時折応じてくれるぐらいで、なんだか徐々にフェードアウトされてしまいそうだ。
     仕事の事があったとしても、結局はコレだ。それは自分のせいでもあるけれど。なんだかんだで、これまで長いこと同僚だから顔を合わせてくれるだけなんじゃないのか、と思えてしまう。
     世界を終極に向かわせまいと最後の足掻きをしていた頃ばかりが今は輝いていて懐かしい。
     隔離され、人じゃなくなっていく三宙一人を何とかしようとすることのどこが余計だと四季は一蹴してくれた。門を閉じたら一緒に帰れることを話す四季の声は珍しく弾んでいるように聞こえた。それなのに三宙が最期の別れを告げるものだから四季は酷く痛ましく表情を一変させて、喪いたくないと言外に伝えていた。
     けれど、あれだって言ってしまえば三宙が生きるか死ぬかギリギリの状況だったからだ。既に四季は親しい人を亡くしていることを思えばなおさら。
     人間でなくなってさえポジティブな思考は生まれたのに、人間として好きに生きているはずの時に沸いてくるのはネガティブな考えばかりだ。
    (もしかして、オレが結合術のペアじゃなかった方が本当はもっと良かったりして)
     ペンが手元を離れてノートの上を転がっていった。そんなに自分のコントロールを失っているのかと唖然とするが、すぐ傍に四季の気配がある。緊張を抑えながら肩に手を置かれていることも認識出来ると、肩を叩かれたからだと遅れて気が付いた。
    「悪い。強く叩きすぎたか」
    「……あのさ、オレ邪魔した? なんかごめん」
     顔を上げないまま、三宙はそそくさとペンを手に取る。アイデアを思い付いたから忙しいことにしてやり過ごしたかったけれど、右手が空気を読んでくれない。肩に触れる四季の手もそのままで苦しい。
    「ったく。何でそういうことになるんだよ。まあ、確かに気にはなってたけど」
    「そっか。ほんとマジでごめん」
    「いいよ別に。もう今日やる分は終わったとこだし」
     だったら早く帰ればいいのに。そんなセリフが三宙の頭をよぎって息を呑む。
     まさか。まだ声には出していなかったから助かった。でも、このままだとどうなるか分からない。
    「三宙、少し休めよ。珈琲淹れたけど、いるか?」
     そこで、やっと肩から四季の手が離れた。陶器がぶつかる高い音が鳴る。片手でカップをふたつ持っていたらしく、持ち替えたからか。
     所作を読み取りながら、ゆっくりと息を吐く。多少は余計な力も抜けて、頭も冴えてくるような気がした。
    「んー。空いてるとこテキトーに置いといて」
    「じゃ、こっちだな」
     傍から四季の気配が離れていく。行き先は察しがついていた。作業スペースの一角には休憩用のテーブルセットがある。きっとそこに三宙を誘っている。
     それでも、その誘いには乗れなかった。
     四季が自分に優しくしてくれていることぐらい三宙にも分かっている。けれど、その優しさがことさら辛く感じるのだからどうしようもない。
    (……少し休め、か。ちょうどいいかもな)
    『なあ』
     ひとつ提案をしようとして、呼び掛けた声が重なった。
    「お先にどーぞ」
    「僕はいいから。お前から言えよ」
    「そ? じゃあ」
     会いたくなければ、会わなければいい。せめて今度こそ取り返しのつかないことを言ってしまう前に。
     一呼吸置いて椅子を引き、四季の方に向き直る。あんなに毎日のように見つめて、見惚れていた大好きなはずの四季のことをどうしても目で追うことができなかった。顔を見れずに、座っている足元にどうにか視線を固定する。
    「明日から三連休取るってどーよ?」
     重たくないトーンを意識したけれど、やっぱり微妙だったか。だとしても、もう決めたことだから押し切るしかない。
    「休めとは言ったけど、そんな休んでていいのかよ。納期近いのだってあるだろ」
    「あるにはあるけど、最近根詰めてたし。おかげで日程にヨユーあるからさ。それに、連休明けに撮影あったっしょ? 行くから、整えといてよ」
     ほら、なんでもないフリなら得意なことだ。笑ってればいい。あともう一息だけ。
    「大丈夫だって! ご心配なくー」
     椅子の脚が床を強く擦る音を立てながら、ゆらりと四季が立ち上がった。珍しく足音をさせながら三宙の方へ近付いてくる。刺すように注がれる視線が痛い。
    「だったら俺のこと見ろよ。そんな顔すんな。お前、全然笑えてねえんだよ」
     向き直らせるためか、四季の指先が三宙の顎を拐う。直後、肌を打つ衝撃が手の甲に響いて、三宙は四季の腕を払い除けたことを自覚した。
    「……ごめん。オレ、もうよく分かんなくて」
    「そうかよ」
     舌打ちをして四季が踵を返す。滲みかけた三宙の視界の中で、振り返りもしない背中が遠ざかっていく。どうして今さらになってやっと真っ直ぐに目を向けられるようになったのだろう。
     最悪だ。ただ少しだけ一人になって考えたかっただけなのに。このままだときっと独りになってしまう。
     だったら、追いかければいい。今からでも。
     だけど、竦んだ脚は震えるばかりで役に立たない。折れてしまいそうな自分を叱咤してくれたら、なんて望んでいたのは誰だったか。
     四季の姿はもうほとんど玄関の暗がりに呑まれていて、開いたドアの向こう側もまた暗く、溶け合うようにして見えなくなってしまった。
     ただ、最後に優しくしないでくれて良かった。もし一瞬でも四季が振り返っていたら、ぐちゃぐちゃの想いを不本意に曝してしまっただろうから。
     三宙はデスクの椅子から立ち上がった。さっき四季が仕上げたばかりだと思われるサンプル用のトアルがトルソーに着せ付けられている。
     そのままトルソーの傍に近寄ると、想い人と似た背格好のそれに三宙は抱き付いた。ひどく惨めな姿だとは思うが、絶対に抱き返すことがないトルソーに縋っていたかった。
     自分が感じている好きとは交わらない。だから、せめて仕事の相棒として近くに居たい。こうしていると、それでいいと思えた。
    (ただ好きでいさせて欲しい。お願いだから。とかさ、あんな風にはね除けておいて都合良すぎっしょ)
     ため息を吐いて三宙はかぶりを振った。そうしてトルソーから体を離してキッチンに向かいながら、テーブルに置かれているカップの片方に手を伸ばす。ぬるくなったコーヒーの苦味が後を引いた。
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