今ここに在ること 待ち合わせ場所は路面電車の駅だ。乗らない電車を何本か乗り場でやり過ごす。そうしている間、周囲の視線が自分に集まっているような異様な感覚がしていた。
制服を着ていた頃にも似たようなことはあった。けれど、あれは制服のせいだということは明白だと四季は思っていた。ならば、今は何が原因なのか。
思い当たることと言えば、三宙のブランドでモデルをしていることだろうか。広告塔として自分が機能しているという意味ならまあ悪いことでもないかもしれないが、あいにくプライベートでまでそれをしてやるつもりはない。
待ち合わせの時間まではあと10分というところで居心地の悪さにいよいよ四季が帰りたくなってきた頃、人の流れの中に見知った派手な姿を見つけた。何故か既に大荷物を手に、行き交う街の人々を縫うように早足でこちらへ向かって来ている。信じられないものでも見たような顔をしながら。
「なんで、アンタそんな……! それ、何か分かって? 急に」
待ち合わせ場所に着くなり三宙は支離滅裂なことを喚きながら両手で顔を覆って四季の横で蹲っていた。
「それ? いったい何の話をしてるんだ?」
「コートの下に着てる服! オレが四季用に最初に作ったやつじゃん!」
「さあ。そうだったか?」
「ぜってー解って着てるクセに……」
どこか恨めしそうな三宙の言い種に思わず四季の口角が上がるが、相変わらず顔を手で覆い隠しながら身悶えることに忙しそうなので気付かれてはいない。
そうだ、実際に四季は解ったうえでこれを着ている。でもあんなに遠くからでも判別出来る程とは思っていなかった。今となっては何着も着てみせているというのに。
「何だよその反応は。なら嬉しいんじゃないのかよ」
「……嬉しいけど」
そこは素直に認めるんだなと思いながら口には出さないでおく。間を置いて、認めたくなさそうに三宙が続ける。
「やっぱ、なんか……イキって作った割には出来が拙いっていうか縫製の粗が目立つってか」
「そうか? あんまり今と変わらなくないか」
「そこ! ナチュラルに抉らないでくれます?!!」
もしもこれが部屋だったら、三宙は転がってのたうち回っていたところかもしれない。その現場を想像するに容易くて、四季は忍び笑った。
「ホント、惜しいことしたよな」
「聞こえませーん」
拗ねたような視線が、覆った手の隙間から湿っぽく窺っている。埒が明かなくなる前に腕を掴んで立ち上がらせた。数分ぶりに赤紫が自分よりも僅かに高くなる。
「あーあ。それはそれとして、やっぱ似合ってるじゃん四季に」
「そうかよ」
「そ。あの時からオレの目は確かだったワケ」
「そりゃどうも」
復活早々どうだと言わんばかりの態度が鬱陶しくて、四季は鐘の音を響かせながら乗り場に入ってくる路面電車の方へと視線を移した。何時しか周囲の人々の注目は二人に向いている。
今日は仕方ないけれど、どうせ二人で居るのなら家で過ごす方が断然いい。手っ取り早く生意気な口を塞ぐために思ったように行動することもできないし、ただでさえ目立つ恋人の目まぐるしさを気安く他人なんかに見せてやりたくもなかった。
「てかさ、オレ10分前には着いたじゃん? 絶対四季より先に着いたと思ってたんだけど」
「簡単にはお前に取り返させねえよ」
軽口を言いながら乗車する区間はほんの2駅ほど。別に歩いたって構わない程度の距離なのだが、デートと言えば乗り物という謎の三宙の主張のためにこうなっている。
人気のある移動手段らしく、乗り込んだ時には既に座席は埋まっていた。そのため、四季と三宙はつり革に掴まりながら立っている。
別になんてことのない道中。ラジオのようなお喋りに相づちを打ったり流したりしつつ、ゆったりと過ぎ去る車窓の外を見るともなく眺める。
そんな時、電車が急ブレーキをかけた。体を襲う慣性に、咄嗟に腕が動く。四季は無意識のうちに三宙の腰を抱き留めていた。
間もなく、猫が線路を横切ったとのアナウンスが流れる。
「……久しぶりに庇われちゃったなー」
独り言のような三宙の微かな呟き。再び発車し、ざわざわとしている車内でも、それがはっきりと聞き取れてしまう距離。ちらと隣を見れば、ニヤニヤとしながら四季に目配せをしていた。
「そうだった。お前はこのぐらいじゃ倒れなかったな」
苛立ち任せに三宙の脇腹に軽く肘鉄を食らわせる。すると今度は芝居がかって大袈裟にしがみつくように腕を組まれた。
「馬鹿。二人して倒れるつもりか?」
「んー。それは、ここじゃ嫌だけど」
「は? 一緒にぶっ倒れてもいい場所ってどこだよ」
不可抗力とはいえ四季の方から密着しにいったことで、どうやら舞い上がってしまっているらしい。そうでなければ質の悪い仕返しか。頭まで四季の肩に凭れさせているせいで表情は読めない。
どちらにしても呆れてしまう。色々な意味でここは外だというのに。自分で出掛けることを提案しておきながら、どうしてこうも早く帰りたくなるような言動ばかりしてくるのか。
(お望みならいくらでもそうしてやるよ)
悪ふざけで組まれた腕は、路面電車が目的の駅に着くまでちゃっかりそのままだった。