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    ジュン茨ワンライ【不意打ち】+0.5h


    (……あんただって、自分のその顔知らないでしょ)

    #ジュン茨
    junThorn

    Blue Blue Concealing Sky エレベータを降りて事務所の入口が見えたら、口の端をキュッと引き結んで眼つきも気持ちキリッとさせる。自分じゃなんでこんなことしなきゃならないのか……と思ってしまうけれど、でもやっぱり大好きな人を困らせたくはないから。一度硬く握った拳を解いて、心の中の漣ジュンにいつも通りを呟きながら、オレはCOSMICの文字が光る通路を通り抜けた。


    「ジュンは何もかも顔に出過ぎるんですよ」
     1Rのカウンターキッチンでコーヒーのおかわりを注ぎながら、茨は怒ったような拗ねたような表情かおでそう言った。可愛い子ぶった両手でカップを持って戻ると、凍ったチューペットを齧るオレの前に腰かける。26°の弱風がコーヒーの湯気を浚った。
    「ほふはほほひはっへは」
    「言い訳無用! ジュンのその素直さは芸能の世界で生きるにはこの上ない武器ですが、同時に使い方を誤れば、あなたのアイドル人生に傷をつける諸刃の剣でもあるんですよ。地図を失くした自陣の地雷原のようなものです。あなた自身がしっかりと手綱を握れるようにならないと、今後自分と殿下だけではフォローしきれない場面も出てきます。ああ、わかっているとは思いますが、閣下のお力添えは期待しないでくださいね。あれは常人と感性が違い過ぎる。仮にジュンの熱愛報道が出たところで、恋は人間とってとても重要なものだからジュンの成長をファンのみんなも共に喜んでくれるはず、とかなんとか言いだしても不思議ではありません」
     大袈裟な手振りでカップを掲げると、小さくため息を吐いて一口啜った。まだ少し熱かったのだろう。細く整えた眉を憎々しげに顰めて、ふぅ……っと息を吹きかける。オレが齧りかけのアイスを差し出せば、ほんのり赤くなった舌先を押し付けてぺろりと舐めあげた。
    「そんなあからさまにしてるつもりないんすけどねぇ~。茨がちょっと自意識過剰なんじゃないっすか?」
    「殺すぞ」
    「口悪りぃ~。……でも、まぁわかりました。ようするに仕事のとき、茨と目ぇ合っても笑わなきゃいいんすよね」
    「ジュンが終始無表情だと無駄に不仲説が流れるでしょう! ほどほどにしろと言ってるんです。とりあえず、目が合った瞬間にデレデレふにゃふにゃドロドロの顔面はやめろ」
    「そんなキモイ顔してねぇって」
     いくら思い返してみても、言われるほどヤバい反応はしてない、と思う。そりゃあいくら仕事でも、好きな人と目が合えば嬉しいし声が聞けたらテンション上がるし、幸せだな~と思いながら働いてたことは否定できないけど。


     何はともあれ、そうしてプロデューサーNGが出てしまったからには仕方がない。もう一度心の中の漣くんに平常心を訴えて……、よし大丈夫。行きますよぉ~!
    「おはようございます! 今日もよろしくお願いします」
     にこやかに挨拶を返してくれる社員さんたちの間を抜けて、ガラス越しに忙しなく動く人影を目掛けて歩く。
    「おはようございます」
    「おはようございます。珍しくギリギリですね?」
    「いや~、心の準備が……」
    「は?」
    「なんでもないです」
     会議室は二人きりになった。でも、ガラス越しにたくさんのスタッフさんが行き来しているのはわかるし、それは向こうからもこちらの様子がわかるってことだ。曇りガラスの方の部屋だったらよかったのに。そうすれば、顔に力を入れてキリッとし続ける必要もないし、あわよくば軽く手を繋いだりなんかしてみても、ちょっとやそっとじゃバレなかっただろう。
    今ぶすくれてもまたお小言を言われそうだから、オレは黙って椅子に座った。机の資料をぱらぱら捲っていると、入って来たばかりの扉がコンコンコン、と小刻みにノックされる。
    「どうぞ」
     プロジェクターの準備に勤しんでいた茨が、ぱっと顔をあげた。レンズの奥で青い瞳が煌めいて、そういえばまだ目が合ってないな、なんて。
    「失礼します。申し訳ありません副所長、少々お話が――」
    「ええ、構いませんよ! まだミーティングは始まってませんから」
     茨はそう言って笑顔でタブレットを抱えた。
    「ジュン! 少し外します」
    「りょ~かいです」
    「お願いしますね。……ああ、そうだ」
     さっさとドアノブに手をかけた後、急に方向転換して足早に戻ってくる。忘れものだろうと再び手元に目を落とすと、頭上からふっと影が差した。
    「やればできるじゃないですか。上手ですよ」
     耳元に落とされた声。さっきまでとはまるで違う、蜜を溶かした甘い声。ゾクゾクした熱い何かが、まるで蛇のように腰の裏から背骨を駆け上がる。慌てて振り向けばまるでキスでもする距離で、悪戯っ子に微笑んでいる。ニヤリとしか表わせないその顔に、どこか蕩けた……そうまさに愛だとか恋だとか、そう言った言葉で例えられるものが溢れ、滲みだしていて。途端に彩度の上がった世界が、光を弾いて輝いている。一層澄み渡った飴玉のような青が、瞬きを残して去っていく。
    「その調子でお願いしますね!」
     扉の手前で振り返った青はもうどこかに蜜を隠していて、いつか2人で見たからりと晴れた空に似ていた。
    「それは、ズルいでしょうが……」
     突っ伏したテーブルに小さく頭を打ち付ける。ああ、これたぶん。帰ってくるまでに戻しとかないと、絶対なんか言われるヤツですよぉ~。オレ知ってるんですから。小言をもらうまでもなく火照っている耳を冷たい木目に押し付ける。じりじりとした熱を寄こす夏の空が眩しくて、オレは声にならない声で項垂れた。


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