2-Bが黒ウサギを飼い始めました。/なるみか、2-Bみか〔諸注意〕
・ウサギ(概念)です。ふわ~っとした感じでお読み下さい。
・ただのショタみかちゃんと2-Bというだけの話なので、なるみかなのかは限りなく怪しいです。
・このクラスには影片みかという生徒は存在しないと思われます。
・全体的に深く考えたら負けです。知らんけど。
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ぽかぽかと暖かかった日差しがなくなり、気がつけばどんより薄暗い雲が上空を覆い隠してきた春のある日。
授業が始まる直前まではたしかにいたはずなのに、始まってみれば教室にいなくなりそのまま昼休みまで姿を現さない凛月を探しに行こうかと真緒が席を立とうとした時だった。
「やだっ、凛月ちゃん! その子どうしたの~~っ!?」
教室の入口の方へ向けて、嵐が小走りに寄って行く。凛月が戻ってきていたようだ。
その子……? と嵐の声に不思議そうに見てみれば、凛月は腕に何かを抱えていた。
教室内の人間も何気なく目線を送る。凛月の腕の中のものはそれなりの大きさがありそうだが嵐が前に立っていてよく見えない。
真緒もそちらに近づいて行けば、
「……っ! ええっ!? お前、それどうしたんだよ!?」
「やぁだ~~~、かぁわいいわぁ~~」
口許を手で押さえながらキュンキュンしている嵐とは対称的に、おもわずぎょっとして叫んでしまう。
凛月の腕に抱かれていたのは、小さい子どもだった。黒いウサギの耳がついたパーカーを着ている。
眠っているのか目を閉じて体を丸めているのを、凛月が幸せそうに抱っこして眺めている。
「ん~? お昼寝してて起きたら、いつの間にか横で寝てた」
「どこの子だよ!? 元いた場所に戻してきなさい!」
「黒うさぎちゃんかわいい~っ」
何て事なく答える凛月に怒るものの、凛月はツーンと横を向いて放そうとしないし、嵐は嵐で頬を染めながらさりげなく写真を撮りまくっている。
このままでは誘拐沙汰にならないかと焦る真緒などお構い無しに凛月と嵐が愛でていると、そのうち晃牙がオイお前ら! と怒鳴り席を立った。
「ウサギはストレスに弱いんだよ!! 構いすぎもストレスになんだよ、ほら顔見ろ! 嫌がってんじゃね~か!」
怒るポイントそこかよ! とツッコむ真緒の方を見るはずもなく、晃牙は凛月の手と嵐の手をウサギの子の顔から剥がしている。たしかに起きないものの、眉間に皺を寄せて若干嫌そうな顔だ。
「随分かわいらしいですが、迷子でしょうか……? 親御さんは今頃探されているのでは」
「そう! そうだよな?」
ようやくまともな意見が出てホッとして振り向けば、そうは言いながらも微笑んでスマホで写真を撮る弓弦がいた。
おまけにウサギの子だけを撮るというよりは、構っている皆の図が微笑ましいようで真緒も含め全員をまとめて撮っている。しかもシャッター音から察するに連写。何してんだこいつは。
「ちょっと、写真撮るなら事務所通してよね~」
「どこの事務所だよ!? 生徒会か!?」
「…………ん~……」
弓弦に笑顔で可愛い子ぶったピースを返す嵐の横で、凛月がしれっとそんな事を言うのでつい律儀にツッコんでしまう真緒である。
その声に反応したのか、凛月の腕の中でもぞもぞと身動ぎし、やがて黒い睫毛に縁取られた瞳が開かれる。
金色と、空色の。
二つの色の瞳が、ぼんやりと見上げた。
少しの間ぼーっと見上げていた瞳が、ぱちくりとまばたきした瞬間に驚きに見開かれ、んあぁっ!? と突然涙目になる。
「ひ、ぴぎゃああああっ!!」
凛月の顔を見た途端に悲鳴を上げ、横の嵐の顔を見てまた悲鳴を上げる。
ただのパーカーの飾りだと思っていたウサギの耳がピンッと立って、全身が強張るのと同時に毛が逆立った。滅茶苦茶ビビっているらしい。
周りを何人もの人間に囲まれているのが怖いのか、晃牙の顔を見て、次に真緒の顔、弓弦の顔と、一人見ては悲鳴を上げ半泣きになり、次の人間を見てはまた半泣きになるのを繰り返す。
そのうちじたばた暴れ出し、凛月の腕からはみ出したと思うと受け身も取らずにそのまま床に落ちた。
自分の事ではないのについ、イタイッ! と声を上げる嵐にもビビったように身体を跳ねさせて、文字通り脱兎の如く走って逃げる。慌てて追いかける晃牙と真緒の手や脚の間をくぐり抜けて、机や椅子にぶつかったり転んだりしながら教卓の下に逃げ込んだ。
「……ったく、ちょこまかと……っ、もう逃げ場はねぇぞっ」
「もうっ、晃牙ちゃん! ちょっと待って!」
手のひらで教卓を上から叩いて下を覗き込もうとする晃牙を後ろに追いやり、そっと嵐が腰を屈める。
教卓の下では、震えて小さくなっている姿があった。
ウサギの耳で目許を隠すように、耳を前に垂らして手で押さえている。べそをかいて肩が揺れる度に、おしさん、おしさん、と小さい声が聞こえた。
物音を立てて驚かせないようにと、同じように中を覗き込もうとする真緒へ口許に人差し指を立てれば、真緒も頷いて横にいる凛月に同じ動作をした。凛月は分かっているようないないような顔で、それでも後ろの弓弦と晃牙に向けて同じ動きをする。
各々静かに屈んで教卓の下を覗き込む。
震えている白い手に赤いものが滲んでいるのが見えて、嵐が困ったように微笑んだ。
「……驚かせてごめんなさいね。いきなりこんな大勢に囲まれてたらびっくりしちゃうわよね」
とびきりの優しい声で呟くと、びくりと肩が跳ねる。
嵐に任せて他のメンバーも静かに様子を窺っていれば、そのうちウサギ耳と手の陰からおずおずと濡れた瞳がこちらを見てきた。
チラチラ見え隠れする金色と空の色はまだ不安そうに揺れていて、嵐がポケットを探り始めたのをじっと見ている。
「アンタ怪我してるじゃない。何もしないって言いたいとこだけど、ちょっとだけ。手当てだけさせてくれる?」
ポケットから取り出したものを、危ないものではないと分かってもらうためにそっと見えるように差し出す。
それを見た瞬間に、二つの色の瞳が、一回。瞬いた。
「かわええ……!」
僅かに頬を染めて顔を上げてくれる。
以前晃牙がプリントで指を切った時に渡そうとしたら盛大に嫌そうな顔をされた、某ファンシーグッズのメーカーの、ウサギのキャラクターの絆創膏だった。
「こっちの子、黒いうさぎだからアンタに似てるかもね。はい、手出して?」
メインのキャラクターであるピンクのウサギ耳の頭巾の子ではなく、途中から加わった黒い頭巾のウサギの絆創膏ばかりを見ているのでそちらの絆創膏の包みを開ける。
嵐の手もとをじっと見ているその手を取り、赤く擦り切れている箇所に絆創膏を貼れば、キラキラした瞳で自分の手の甲を眺めている。
「おぉ~!」
イタズラ好きで素直じゃない性格らしく少し目のつり上がった黒い頭巾のウサギを見て、かわええかわええと喜んでいる。
嬉しそうなその瞳に、泣いたカラスがもう……とはこういう事だと真緒もつい吹き出す。
頬の涙の跡を指先で拭って、嵐がその身体を抱き上げた。
「かわいいうさぎちゃん。お名前は?」
「ん~。んと~……。…………みか」
「みかちゃん?」
教卓の下から引っ張り出して立ち上がりつつ聞くと、あまり言いたくなさそうにもじもじしながら小さい声で教えてくれる。
念のため嵐が聞き返せば、小さく頷いた。そんな動作だけで、かわいくて仕方ないのか弓弦が口許を押さえながらひそかに泣いている。何か、そんなに病んでいるのか。ただのかわいいもの好きか。大丈夫かと横で晃牙が心配そうに眺めている。
「みかちゃん、おうちは? どこら辺?」
「あっちのお花畑やで。お師さんがどっか行ってもて、探しに来たんよ」
あっち、と指差す方向がよく分からずとりあえず皆で凛月を見ると、思い出そうとして同時に眠気も思い出したのか、欠伸をしながら凛月がぼんやり口を開いた。
「温室の向こうの花壇かなぁ? あそこは無駄に広いし。俺、温室の横のベンチで寝てたんだよね~」
「だから外で寝るのやめろって……。まだ冷えるから風邪ひくぞ……」
「寝てたのが地面じゃないだけ今日は偉いぞって、そこは褒めて欲しいとこ」
呆れたように肩を落とす真緒に妙にドヤ顔で言う凛月はほっといて、お花畑……? と嵐が首を傾げる。
「お花畑がおうちなの?」
「せやで。お師さんがな、お洋服の材料を探しに行く言うたまんま帰ってきぃひんから。ほんまはお花畑から出たらあかん言われてんねん」
お花畑で住んでいるという事は、本当にウサギだとでもいうのだろうか。
どう見てもただの小さい子どもにしか見えないが、それより言いつけを破ってお花畑から出てきてしまって大丈夫だったのか。
「おまけに何でこんないかがわしい奴の横で寝てんだよ……」
同じ事を思っていたのか、嫌そうな顔で凛月を見て唸る晃牙の声に、慌てて嵐の服にしがみついて手とフードの隙間から周りを見た。
たしかにその通りで、今はこんなにも警戒しているのに寝ている凛月の横で一緒に寝ていたというのは、警戒心があるんだかないんだかと真緒も苦笑いするしかない。
ビクビクしながら晃牙の様子を窺っているので、あの子は大丈夫だったの? と晃牙の代わりに凛月を指して嵐が聞くと、
「……お外で寝てるから人間ちゃうんかと思って。せやから、お師さん知らへん? って聞こう思とったんやけど……」
と、困ったような顔で嵐を見上げてくる。
眉毛も下がっているが、ウサギの耳も力なく垂れ下がっている。
かわいいの暴力だわ……と、力一杯抱き締めたくなるのを嵐がぐっと堪えているのに、弓弦は我慢できないのか両手で顔を覆って泣き始めた。自重しろ。
「残念でした~。外で寝る人間もいるんでした~」
「よほど天気が良くない限りそんな人間は多くないけどな。ていうか、お前が勝手に連れてきちゃうからこんな事になってんだぞ……」
まったく悪気がなさそうにウサギに顔を近づけている凛月の頭を軽くひっぱたくと、むぅ……と唇を尖らせて真緒に振り返る。
「……だって、外にいたら濡れるよ?」
は? 何が? と真緒が目を丸くした瞬間に。
「ぴぎゃ……っ! んああぁぁっっ!?」
何かを引き裂くような激しい轟音と共に、窓の外が突然光った。続けて、窓ガラスを叩きつけるように大粒の雨が当たる。
その音に必要以上に驚いたウサギの耳が勢いよく立ち、ビクゥッ! と大きく身体を跳ねさせるので、また腕から落ちそうになるのを慌てて受け止める。
今度は嵐の腕もちゃんと受け止めたが、よく見れば咄嗟に腕を伸ばした真緒の手もあり。
ついでにそれより低い位置で、晃牙と弓弦も受け止めようとしていた。
床に落下するのを防げてホッとしている面々に、凛月がクスクス笑う。
「安心しなよ。ここにいるのは、人間の中でもトップクラスにお人好しばっかだから。俺を筆頭にね」
どの口が言うのかと目が据わる四人を、固くつむっていた二つの色の瞳が恐る恐る開いて捉えた。
順番に見ていくうちに、どうやら皆自分を受け止めようとしてくれていたらしいと理解したのか、ほわぁ~っ……と感嘆の声を上げている。
「……お、おっ、おおきに……っ」
頬を赤くしてお礼を言いながら、ようやくまっすぐ見てくれるので、安心した真緒がその頭を撫でた。
「……雷って怖いもんな。俺もさすがに今のはびっくりしたよ」
「ウサギの聴覚ナメんなよ……。今の音はヤバいだろ……」
「相当近かったですね。どこに落ちたんでしょうか……」
落ち着かせるように優しく頭を撫でていれば、冷や汗を拭いながら晃牙が立ち上がる。咄嗟にスライディングしてきていた晃牙の横で、弓弦も心配そうに窓の向こうに目を向けている。
言っている傍から再び窓の外が光り、慌ててウサギの耳を手で押さえようとする真緒と、抱き締める腕に力を入れる嵐。
窓ガラスどころか校舎にも振動が来るほどの激しい雷の音はするが、今度は全身を強張らせて怖がりながらも悲鳴は上げなかった。
「…………っ、んぁ……」
「よく我慢できたわね~! えらいわ~!」
「すごいなお前、かっこいいな!」
音が止んでから力を抜く小さい身体を、嵐がぎゅうぎゅう抱き締め頬ずりする。真緒も嬉しそうにぐりぐり頭を撫でている。
褒められて嬉しいのか、んふふ~と笑顔になるのを見て。弓弦も震えながら手を伸ばそうとしている。
「ま、こんなお天気だし。人探しならぬウサギ探しは晴れてからにして、それまではここで遊ぼ? み~かりん?」
そんな弓弦の手より先に、伸びてきた凛月の指が濡れ羽色の前髪の上から小さいおでこにデコピンをした。
本人は大して痛そうな顔はしていないがその反動で頭が後ろに仰け反るのを見て、嵐と真緒と弓弦からすぐにクレームが入る。皆おでこをさするので、便乗して弓弦もようやく撫でられたらしい。
心配しながらも幸せそうに撫でまくる三人を見て、オイッてめ~らっ! と、晃牙が指を突きつけて叫ぶ。
「だから……! 構いすぎんのもストレスになるっつってんだろがっっ!!」
晃牙の叫び声は、三度目の雷鳴とかぶった。
もはやかわいがる事にストッパーがなくなったらしい三人はこれ幸いと小さい頭を抱き締めたりしていて、ウサギなのに猫かわいがりにも程がある。
「もう……。わんこ、うるさいよ~?」
「俺のせいじゃねぇよ!! ていうか、何で外に言ってんだてめ~は!?」
うんざりした顔で窓の外に向けて言う凛月にツッコむ晃牙の声など、ウサギを構っている三人には聞こえるはずもないのだった。