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    道場の猫と煉獄兄弟
    ■現代パロディ
    ■中学生の杏寿郎と小学生の千寿郎
    ■猗窩煉のオタクが書いています

    プラスチックの浅型の皿に、乾いた音を立てて小さな粒が落ちる。皿の中央に描かれたゆるいタッチのキャラクターが徐々に覆われて見えなくなる。鰹節のような、生々しい魚の匂いのする粒は、角の取れた三角形と小さな真ん丸、割合いが少な目の魚の形。道場の裏庭、公園のように自由に近所の子供が行き来している開けた場所にカラカラと小さな音が立つ、ダメ押しで皿を軽く揺すって音を響かせる。これは、呼び鈴の代わりだった。

     裏手の縁側につらつらと整列するランドセルと学生帽。学友たちに倣って荷物を置くより先に、板間に手を付いて軒下を覗き込む。カラカラカラ、呼び鈴代わりの餌皿を揺らす。目当ての姿は見当たらない。いつもそうだった、気紛れで、探すと姿を隠すのに何でもない時にひょっこりと顔を出す。
    「……やっぱり、僕が呼んでも来てくれません。」
     頭の上から鴉の鳴き声がする。カアカアと良く響く声につられて銀杏の木を見上げると、すっかりと葉を落として枯れている姿に、贈り先のなくなった餌皿が惨めな物のように思えて、寂しさと惨めさと悔しさが小さな胸の中で綯い交ぜになる。隣に立つ兄は真新しい学生服が汚れるのも厭わずに片膝をついて視線を合わせてくれた。
    「隠れ鬼のつもりかもしれん。どちらが先に見付けられるか、競争しようか?」
     世界で一番必要とされていないとまで思った餌皿から、一握り分の餌を手に立ち上がる兄の姿を見上げる。枯れ木の銀杏の代わりに自分と同じ色の黄金の髪が揺れ、眩しいくらいだった。すっかり気落ちしたのも何処へやら、二人で餌を片手に小さな友人の姿を捜索する。
     もう一度軒下を覗き込んで目を凝らす、暗闇の中で光る琥珀色の瞳を探す。銀杏の木の影、低木の根元、鯉の泳ぐ池の周りもしっかりと目を凝らして捜索する。どこも、小さな友人が好んで寝そべったり、毛繕いをしたり、何もせずに座っていたりするポイントだ。思い付いた場所は全て見て回って、鬼ごっこに興じている学友たちにも声を掛けた。誰も、今日はその姿を見ていないと首を振るばかりだった。

    🐈

     四つ並んだランドセルの隣に、肩を落とした弟が座っている。普段は姿勢よくしゃんと伸びている背中は、腰から折れて丸くカーブを描いている。一粒も減ることなく小さな山を残している皿を膝の上に乗せた弟に、斜陽が差して暖かな色味を添えている。今時季は、陽が落ちると帰り道が暗く危険が増してしまう。何よりも、家で帰りを待つ父と母に心配をかける訳にはいかないので、何としてでもあの夕陽が落ちる前に帰らなければならない。幸い冬の夕陽はその姿を隠すまで、少しだけ焦れったく進むことを知っている。その間に、小さな友人の顔を見るのを楽しみにしている弟を、傷付けずに、説得しなくてはならない。銀杏の枝に止まったカラスが傾く太陽を知らせるようにその鳴き声を響かせる。
    「千寿郎。」
    「そろそろ、帰らないと…お母さんと、お父さんが待ってるから。」
     弟の成長に、日々驚かされている。勝手に、帰りたくないと我が儘を言うだろうと想像してしまった自分を恥じ入りながら、きちんと家族を思って行動が出来る彼の頭を撫でる。夕焼けに照らされてきらきらと輝く髪が指の間をすり抜けていく。

    「杏寿郎くん、千寿郎くん、こんにちは。」
    「こんにちは。」
     丸まった背中にランドセルは重たいだろうと過保護心が顔を覗かせて、お弁当箱をぶら下げた鞄を手に持ったところで、鈴を転がしたような優し気な声が掛けられる。この道場のお姉さんと、続いた声はお婿さんのものだった。荷物を板間に置いて挨拶を返す「お邪魔してます。」と続けるとそれに重なるように、弟の声が響く。
    「あっ、いた!」
     お姉さん…恋雪さんが、至極大切そうに抱いているメッシュの袋を指差している。チャックが付いていて、網目の細かい袋は恐らく洗濯ネットかと思われる。その中で、柔らかな膨らみが蠢いていた。
    「もしかして、此奴の事を探して?」
    「そう、そうなんです。何処にもいなかったから、居なくなっちゃったんだと思って…。」
    「ごめんなさい、予防接種に連れて行っていたの。お待たせしました。」
     恋雪さんが洗濯ネットのチャックを静かに開く。小さな音がして、透けるような毛並みとぴんと立ち上がった二つの耳が現れる。今まで眠っていたのか、開ききらない琥珀色の瞳が何度か瞬きをしているところで、お婿さん…狛治さんが前足の付け根に手を差し入れて抱き上げる。後ろ足を恋雪さんの腕の中へ残して、想像していたよりも少しだけ胴が長い。毎度想像を少しだけ裏切られる猫の胴体の長さには驚かされる。狛治さんは洗濯ネットから取り出した猫、小さな友人を弟の両腕の中に手渡してくれた。
    「お注射、頑張って来たんですね。立派です!」
    「大暴れして、逃げ回っていたから立派かどうかは怪しいけど…褒められてよかったなぁ。」
     弟の腕の中で腹を出して抱かれている猫の、狭い額を狛治さんと恋雪さんが交互に撫でる。弟は宝物のようにその柔らかな毛に頬を寄せて抱き締めている。捜し回っても出会えない訳だ、相変わらず人騒がせな奴だ。

    🐈

     縁側に置いたプラスチックの皿。お行儀よく両足を揃えて座る猫をより近くで見るために、踏み石にしゃがんで板間に肘を付く弟。頭を下げた猫が、その小さな舌で器用に粒を掬い取って、カリカリと音を立てて餌を食べている。
    「君が人間に生まれるには、もう少し時間が必要なようだな。」
     空になった皿を前に、前足を舐めて一生懸命に毛繕いを始める猫を見守る。燃えるような夕焼けにカラスが飛び立って、早く家路につくようにと鳴いている。
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