夢を見た。
きんいろの波が風にやさしく揺れていて。
そこに、誰かがたたずんでいた。
視線に気づくと、風になびくしろい髪をそっと手で掻き上げて。
そのひとは、ふわりとやわらかくわらった。
目をあけると、ウソみたいにまっさおに晴れた空とやさしい陽射しがカーテンごしに覗いた。見回しても、そのおもかげはどこにも見当たらなくて。
つきん、と胸の奥が痛くなる。
おもかげを追い求めるように窓を開けると、一陣の風が吹き付けた。
視界をかすめるしろいはなびらに、ひどく寂寥感を誘われて。
気がついたら、涙がこぼれていた。
なにがかなしいのか。
なにがさみしいのか。
……それはわからない。
否。きっと。
夢の中の、ほんのわずかな邂逅が。そのひとが目の前にいないことが。
なぜだか、自分はとても心細かったのだ。
名前も知らない。
顔も見たことがない。
きんいろの波の向こうの、遠いまぼろし。
だから、そのひとを、幻(ゲン)と呼ぶことにした。
気まぐれに夢にあらわれる幻は、いつもわらっていた。
こんなにまで夢に見るのなら、もしかしたら知らないうちにどこかで出会っていて、今もこの世界のどこかに存在しているのかもしれない。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、わずかに芽生えた希望は、彼を捉えて離さなかった。
けれど、見知らぬひとの夢に囚われ続ける息子を、両親はきっと心配しているだろう。
その思いから、夢の話題を避け、通常どおりに振る舞っていると、ある夜、父が部屋を訪ねてきた。
父は大学講師のかたわら、宇宙飛行士を目指して努力を続けているひとで、あたたかくてやさしくて、ロマンチストで泣き虫で、でもとてもつよくてまっすぐな。そんなひとだった。
部屋を訪ねて来た父は、なにやら大荷物を抱えていた。
「 ……なあ、絵を描いてみねぇか?」
藪から棒に言われて、きょとんとしてしまう。いきなりどうしたのだろう。
普段から彼の自主性を重んじてくれている百夜の側から、何かをしてみないかと持ちかけてくるのは、珍しいことだった。
夢に出てくるひとを、景色を。
画布に描き起こしてたくさんのひとに見てもらえば、もしかしたら。
どこかにいるだれかに届くかもしれない。
なにか情報が得られるかもしれない。
それに、そんなにまで彼の心を捉えて離さない相手を見てみたい。
……最後は少し戯けたように、百夜はそう提案した。
それはユメみたいな、非現実的で空想的な、けれど、百夜なりに彼の気持ちにとても寄り添ってくれていることがよくわかる提案だった。内容にも一理ある。
表現として表に出すことで得られる情報はあるかもしれない。どんな些細なものでも、それは値千金だ。
だから、可能性があるなら手繰ってみよう。探してみよう。
そう思って、彼は筆を執ることにした。