無題 ――うわ、すげえ。
それが西谷夕17歳、生まれて初めてのキスに対する最初の感想。いや、最初とはいえねえか。はじめは触っちゃいけないと言われているモノにビクビクしながら触ってはバッと離れていく指先のように、一瞬くっついてはすぐに離れるキスともいえない唇同士の接触を繰り返すこと数回。俺の方が小っ恥ずかしさに耐えきれず「もっとガッと来てくださいよ、ガッと! アンタならできるでしょ!」と胸ぐら摑んで叫んだら、旭さんは広い手を俺の肩に置いて、緊張してたんだろうな、節分の鬼のお面みたいなツラで「い、いくからね……」と言って、たっぷり10秒は経ってからやっと顔を寄せてきた。
乾いた唇を今度は強く押しつけられて、さらに何秒か経つ。で、この後ってどうするんだ? 濡れた何かがちろちろと俺の唇をなぞるように撫でている。キス初心者の俺もそれなりに緊張して、それなりに固くなっていたらしい。いつのまにか旭さんの手は俺のうなじに触れていて、それが少し擽ったくて、思わず唇を緩めたその瞬間、俺は旭さんが先ほどまでの旭さんじゃなくなっていることを悟った。
こういうの、ディープキスって言うんだっけ。自分の口の中いっぱいに、生温かくて太い自分のじゃない何かが蠢いて、俺の舌を絡めたり、中をくすぐったり、吸ったりしている。翻弄されながら、俺も負けじと真似してみたりするんだけど、完全に形成逆転。揶揄うように相手をされてから倍返しをされる仕末。さっきまでのビビり具合とは真逆の、まるで喰われそうな勢いのあるキスだった。
この人、両極端すぎじゃねえか?
あっという間に息が上がって、頭が茹だるようになるのと同時にむずむずとした感覚が足の指の間から這い上ってくる。何か言おうにも言葉にならずせいぜいが「あぁ」だの「んう」だの呻き声にもならないものだ。息を吸うのも吐くのも精一杯で、苦しさのあまりに旭さんにしがみつく。頭の中から指の先まで、何もかもが旭さんでイッパイだった。
そんなこんなでようやく解放されたときには、息は絶え絶え、口のまわりは溢れた唾液でべったべた。俺は完全に力が抜けて、旭さんにもたれかかっていた。さっきまで、まるで逃がさないというように俺の後頭部を押さえつけていた広い手のひらが下がり、肩を撫でて背中をぽんぽんとあやすように叩く。
「……こういうこと。わかった?」
頭上からの声に無言で頷いて、濡れてべたべたの口元を腕で拭う。そうしてから見上げた顔はなんとなくしょんぼりとして見えて、あの勢いはどこ行ったんすかってくらいに覇気がない。いつもなら背中のひとつでも叩いて叱咤するところだけど、今は正直どうでもよかった。
キスは終わったはずなのに、全身がまだドクドクと熱い。指先がもどかしくてむず痒い。特に太ももの間が痛いくらいだ。確認なんてする必要なんてなかった。明らかに今、俺は勃起してる。責任取れよ、コンチキショウ。
「旭さん、俺、セックスもしたいです」
しっかり目を合わせて、真っ直ぐに告げる。この人は目を大きくして、どうせ俺と同じかそれ以上の状態のくせに、困ったように笑ってみせた。