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    takami180

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    長編曦澄その8
    スーパー無自覚兄上

    #曦澄

     ——ところで、雲深不知処では葉が色づきはじめました。かわいらしい竜胆の花も咲いています。
     竜胆を見ているとあなたを思い出します。あの美しい紫はあなたの衣の色にそっくりです。
     そういえば、蓮花塢はまだ夏の終わり頃なのでしょうか。
     魏公子が寒くなるのが早いと言っていました。忘機が魏公子のために毛織物の敷布をいつもより早く出していました。
     あなたも今頃に姑蘇へいらしたら、寒く感じるのでしょうか。
     もう少し秋深くなったら、一度こちらへおいでください。見事な紅葉が見られますよ。
     
     藍曦臣ははたと筆をとめた。
     危ないところだった。また、「早くあなたにお会いしたい」と書くところだった。
     しばし考えて、「そのときはまた碁の相手をしてください」と結んだ。
     これで大丈夫だろう。友への文として及第点をもらえるのではないだろうか。
     最初の文は散々だった。
     雲夢から姑蘇へ戻ったその日から、三日続けて文を出した。そうしたら返事は来ずに、四日目に本人がやってきた。借りた文献を返しにきたついでにと、面と向かって返事をもらった。
     まず、返事が来ないうちに次の文を出さない。それから、必要以上に褒めない。三毒を御する姿が美しかった、というのは絶対に目の病気だから冷泉に浸かれ。あと、長年会っていないわけでもない友への文に、あなたに会えなくてさみしいと書くのはいかがなものか。早くあなたに会いたいというのはそれ以上によろしくない。
     これをそばで聞いていた魏無羨は腹を抱えて笑い出した。まるで恋文だと彼は言う。
     自分の心の正直なところをしたためただけだったが、どうやら世間のいう友の間ではそのようなやり取りはしないらしい。
     その後、何度か文を交わし、その都度叱られて、先日ようやく「まあ、いいだろう」と返事をもらえたばかりだった。
     藍曦臣はため息をつく。あなたに会いたい、と書いてしまいたい。会いたいのは真実だ。
     江澄が文献を返しにきてからもうひと月以上が経っている。何故会いたいと書いてはいけないのか。藍曦臣は納得ができないままだった。
     このまま来月の清談会まで会えないのだろうか。いっそのこと、蓮花塢へ行ってしまおうか。彼は遊びに来ていいと言っていたのだから。
     とはいえ、閉関を解いた自分に余暇は少ない。会いたい気持ちだけが宙に浮き、現実は姑蘇を離れることができない。
    「兄上」
     ふいに戸口から呼びかける声があった。藍曦臣は筆を置いた。
    「お客様です。余家宗主がいらっしゃっています」
     余家は河北にある小さな世家だ。なにかあったのだろうか。
     藍曦臣は藍忘機と共に蘭室へと向かう。宗主としての忙しなさにも大分慣れてきた。
     余家宗主は藍曦臣を見るや否や、「助けていただきたい」と頭を下げた。
     河北の西部にある山の周囲で、流浪屍が増えている。余家だけでは山を囲うほどの人員を確保できない。そこで藍家の協力をあおぎにきたという。
     藍曦臣は快諾した。流浪屍の浄化というのであれば、若い者たちが経験を積む良い機会になる。
     彼はすぐに人員を選抜し、余家宗主と共に姑蘇を出た。魏無羨がうらやましいとのぞきにきたが、彼には藍忘機と共に姑蘇の地を守ってもらわなければいけない。
     
     ところで、河北というのは小さな世家が点在する土地である。余家はその中では大きな世家であるが、山の南には于家という世家があった。その于家宗主は同じ日に、雲夢江氏に助けを求めていたのである。
    「何故、姑蘇藍氏がここにいる!」
    「晩吟、まさかこのような場所であなたに会えるとは」
     二人の宗主はまったく正反対の表情で対峙した。眉を吊り上げる江家宗主の姿に、余家宗主は縮み上がり、満面の笑みを浮かべる藍家宗主に、于家宗主はあっけに取られた。
    「いいか、これは江家が協力すると決まった夜狩だ」
    「これほどの人数がいれば取り逃がしがなくてよろしいですね」
    「曦臣、邪魔はするなよ」
    「若い者ばかりですので勉強になります」
     血気盛んに流浪屍を狩っていく江家の師弟に続き、藍家の師弟は彼らが取りこぼした流浪屍を丁寧に浄化していく。
     余家と于家の師弟も、遅れを取るなと山中に入り、よく働いた。
     結果的に四家が協力した夜狩は、一時もかからずに終わった。流浪屍が増えたのは、夏の終わりの嵐によって、山中の墓地が荒れたせいだった。
    「ふん、墓を直すにも人手がいるだろう」
    「明るくなったら、また、直しに参りましょう」
     余家と于家の宗主はそれこそ大慌てで辞退を申し出た。
     四大世家の宗主二人にそこまで手伝っていただいたのでは申しわけがない。今後は二家が協力して山と墓地を管理する、と言うのを退けることもできず、藍曦臣と江澄は各々の土地へと引き上げた。
     藍家一行はさすがに亥の刻には間に合わず、姑蘇に入ったところで宿を取る。もう江家の師弟たちは蓮花塢まで戻っただろうか。
     藍曦臣は牀榻には入ったものの、眠れずにいた。
     せっかく会えたのだから、もっと一緒にいたかった。
     山の周囲に大きな町はなく、二家の師弟が泊まる場所などないと分かっている。分かってはいるが、口惜しく思う。
     雲深不知処に戻ったら、やはり文に書き足そう。あなたに会いたいと。会いに行ってもいいですか、と。
     装うことなく、偽らず、それが自分の正直なところなのだから。
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