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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    続長編曦澄8
    嵐の前

    #曦澄

     この日の藍曦臣は不可解だった。
     瓜を食べ終え、何がしたいかと尋ねた江澄に、彼は「あなたの部屋に行きたい」と言う。
     部屋に通して何をしたいのかと再度問えば、「あなたのしたいことを」と言う。
     江澄はしかたなく書物を持ってきて膝に広げた。
    「その棚にある書物なら好きなものを読んで構わない」
     疲労が溜まっている様子の藍曦臣に、少しでも休んでもらおうとした結果である。
     しかし、藍曦臣は首を振った。
    「いえ、私はここに」
     彼は江澄の座る背後に腰を下ろすと、腹に手を回し、あごを肩に乗せた。
    「なにをしている」
    「大分疲れているのです」
    「そうか」
     理由のつながりは理解できなかったが、江澄は藍曦臣をそのままにした。彼が望むことであれば否やはない。江澄としても久方ぶりの体温に、気持ちは浮ついていた。
     しばらくして、ずしりと肩に重みが加わった。
     何事かと振り返ろうとしても、頭が邪魔で首が回らない。おまけになにやら穏やかな息遣いが聞こえてきた。
    「藍曦臣?」
     声をかけても返事はない。江澄はため息をついて、書物を閉じた。
     多忙の合間を縫って、姑蘇から雲夢まで朔月で飛んできたのだ。疲れ果てていたとしても不思議ではない。
    「曦臣、寝るならせめて長椅子に」
    「江澄……」
    「ほら、立ってくれ」
     しかし、逆にぎゅっと腕に力が込められる。
    「離れたくありません」
    「俺も一緒に行くから」
     江澄は小さく笑った。まるで駄々っ子のような仕草に、金凌を思い出した。とはいえ、金凌が駄々をこねるのと比べれば、ずいぶんとかわいらしいものだ。
     しかし、二人で座るならともかく、この長身を寝かせるには長椅子では狭そうだ。
     江澄はもたれかかってくる藍曦臣をどうにか立たせると、牀榻に向かう。意外と素直に牀榻のうちに入ってくれたが、ここで問題が起きた。
    「あなたと離れたくありません」
     酔っ払っているのかと疑いたくなった。実際は寝ぼけているだけなのだろう。
    「分かった、分かった」
     江澄は牀榻に腰かけて、金凌にやっていたように腹の当たりをたたいてやる。
     藍曦臣はすぐに寝息を立てはじめた。
     寝顔を見るとよくわかる。目の下は黒く、頬はやつれ、美しい顔には陰りの色が濃い。
     江澄は手を止めて、その顔を見入った。
     藍曦臣の言う気持ちはどのようなものだろう。こんなふうに安穏とした気持ちであれば、自分にも分かる。でも、惚れた腫れたがそうではないことは知っている。
     両親、姉と金子軒、義兄と含光君。
     上げれば切りがない。自分はああいった生き方はできない。
     だが、藍曦臣と友でありたいのとも少し違う。
     江澄はあくびをして、藍曦臣の隣に上半身を横たえた。
     こうしていたい。ずっと。
     大切な人のあたたかさを傍らに感じられればそれでいい。そこまででいいのに、人はどうしてその先を望むのだろう。
     望まれたら応えなければ、失ってしまう。
     二度と、失いたくないのに。


     目を開けると、部屋は暗かった。
    「しまった」
     すっかり日は落ちて、今が何刻か分からない。夕食の時間は過ぎただろうか。家僕には呼ぶまで控えておくように言いつけてあるが、もしかしたら様子を見にきたかもしれない。
     牀榻に宗主二人で寝こけているのを見られたかも。
     頭が痛い。
     江澄はのろのろと起き上がり、藍曦臣を揺すった。
    「起きてくれ、曦臣」
    「江澄?」
    「寝過ぎた」
    「ああ、申し訳ありません」
    「あなたが悪いわけではない。俺も寝ていたから」
     藍曦臣も体を起こし、その拍子に抹額がほどけた。
    「あ」
     声が重なった。
     抹額の先を辿ると、江澄が尻で踏みつけていた。
     こんな大事なものに、なんということを。
    「すまない」
     江澄は慌てて立ち上がろうとしたが、藍曦臣の手が引き止めた。腕をつかまれて、動けない。
    「江澄」
     視線に射抜かれて、返事ができない。
     近づいてくる顔を避けずに目をつぶれば、唇が重なる。限界まで水に潜ったときのように、鼓動が速くなる。
     頭の後ろに手を添えられて、ゆっくりと倒された。
     牀榻の端だ。足は床についたままだ。逃げようと思えば逃げられる。
     江澄は離れていく顔を見上げた。
     鋭い視線は変わらないのに、藍曦臣は眉尻を下げて微笑んだ。
     なに、とは聞けなかった。唇に噛みつかれて、隙間から舌が入ってきた。
     江澄は力いっぱい目をつぶって、両手を握りしめた。もうずっと前に決めていたことだ。その時がようやく来ただけだ。
     藍曦臣は上顎を舐め、歯茎をなぞり、舌をからめる。江澄はその感触を必死で追いかけた。慌てふためいた前の時とは違う。だんだんと、頭がぼんやりとして、息が上がる。
     恐ろしくはない。
     江澄の体からすっかり力が抜けきったころ、ようやく藍曦臣は唇を離した。
     するりと頬をなでられて、江澄は熱い息を吐いた。
    「ありがとう」
    「え?」
     藍曦臣は身を引くと、素早く部屋を出ていく。
     江澄はしばらく呆然としていた。
     礼を言われた理由がわからない。
     何故、やめたのかもわからない。
     ようやく江澄が我に返った頃、家僕がやってきた。
     藍曦臣が蓮花塢を辞したという。
     時を確認すると、じきに亥の刻になる頃だった。
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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
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