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    takami180

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    曦澄のみです。

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    長編曦澄その9
    スーパー無自覚兄上2

    #曦澄

     その日、寒室の飾り棚には竜胆が生けてあった。小さな黒灰の器に、紫の花弁を寄せ合っている。
     藍忘機はそれを横目にして、藍曦臣の向かいに座った。
    「お待たせいたしました、兄上」
    「いいや、大丈夫だよ」
     今日は二人で清談会の打ち合わせである。
     藍曦臣が閉関を解いてから初めての清談会となる。藍曦臣自ら挨拶をするべき宗主、あちらから話しかけてくるのを待った方がいい世家、細々と確認していけばあっという間に時間は過ぎる。
    「こんなものでしょうかね」
    「はい」
    「ふふ」
     藍曦臣は堪えきれずに笑みをこぼした。藍忘機が首を傾げる。
    「実はね、忘機。三日後に江宗主が泊まりにきてくれるんだよ」
     それは今朝届いた文だった。
     ——次の清談会について打ち合わせるので、明日より数日金鱗台に滞在する。その帰りに雲深不知処に寄る。一晩、泊まらせてくれ。五日後だ。
     江澄からの文はいつもそっけない。今回は特に短い。しかしながら、その内容は今までで一番嬉しい。
     会ったときにはまた叱られるのかもしれない。あなたは何度指摘すれば覚えてくれるのか、と目を三角にする江澄は容易に想像ができた。
    「友が、会いにきてくれるというのはなんとも嬉しいものだね」
    「はい」
    「魏公子にも伝えてくれるかい」
    「……はい」
    「忘機、そのように心配せずとも大丈夫だよ。晩吟は魏公子を蓮花塢へ連れ帰るようなことはしなかっただろう」
     藍忘機は頷いたが、しかめ面のままだ。
     藍曦臣にはどうにも理解しがたい。弟が江澄を好ましく思っていないのは知っている。だが、彼は弟の道侶の家族である。どうしてかたくなに拒否し続けるのかが分からない。
    「江宗主をここへ泊めるのですか」
    「晩吟を? いや、いつも通り客坊に泊まっていただくが」
    「分かりました。用意させましょう」
    「ありがとう、忘機」
     藍曦臣は笑顔で弟を見送った後、はて、と一人で首をひねった。
     寒室に誰かを泊めたことはない。唐突な問いかけだった。あのように藍忘機が尋ねるほど、浮かれて見えたのだろうか。
     江澄を寒室に泊める。考えてみればひどく甘美な誘惑になった。夜更かしをして友と語らうのは、とてつもなく楽しいことに違いない。
     当日、本人に聞いてみようか。
     もし、ここに泊まってもらえるなら、酒を用意しておいたほうが良いだろう。
     藍曦臣は竜胆の前に立ち、花弁を指の腹でそっとなでた。
     彼に会える三日後が待ち遠しかった。
     
     
     
     藍曦臣は傘の下から天を見上げた。
     昨夕から空を覆いはじめた濃灰色の雲は、藍家の起床時間に合わせたかのように雨を降らせはじめた。しとしとと落ちるしずくが、ざあざあと勢いを増したのは昼過ぎのこと。
     この雨ではさすがの江澄も蘭陵から出ることはかなわないだろう。
     ため息が漏れる。しかたのないことだと、納得ができない。
     こうして山門の付近にまでやってきて、来ない人を待つほどには、今日を楽しみにしていた。
     ふと、視界の端をかすめるものがあった。
     再び空を仰ぎ、藍曦臣は目を丸くした。
     この雨の中、御剣の術でこちらに向かって来る者がある。ひるがえる外套の下に見えるのは紫の衣。
     彼は山門の上を通り過ぎて、麓に降り立つつもりらしい。
    「晩吟! ここへ!」
     藍曦臣は山門を越えたところで傘を振った。並の仙師では木立の中に降り立つのは難しいだろうが、江宗主ならば造作もないはずだ。
     三毒はすぐに方向を変えて降りてくる。
    「曦臣、すまない。まさか、あなたが出迎えてくれるとは」
    「ともかく、寒室へ。その格好では風邪を引きます」
     藍曦臣は江澄に傘を差しかけ、二人で寒室に入った。師弟に言って、着替えを用意させ、その間に藍曦臣は風呂桶に水をためた。
    「いや、そこまでしなくても大丈夫だ。濡れるのは慣れている」
    「姑蘇は雲夢と違います。秋の雨は冷たい、体を冷やします」
     火をくべて、ついでに石も焼く。これは後で温石にする。
     風呂はすぐに温まった。
     江澄は観念して湯に浸かった。藍曦臣は室内に戻り、火鉢を出した。厨房に行って灰と炭を分けてもらう。ようやく炭に火がついたところで、江澄が風呂から上がってきた。
     藍氏の白い装束に身を包んだ江澄は、髪を結わず背後に流したままだった。
    「それは、やりすぎじゃないか」
    「そんなことはありません」
     藍曦臣は江澄を火鉢のそばに座らせて、温石を取りに行く。布に包んで渡すと、「さすがに暑い」と彼は笑った。
    「湯もいただいて十分に温まったから」
    「そう、ですか」
    「心配しすぎだ」
     藍曦臣はしぶしぶ返された温石を受け取った。
     ひとまず、温石は牀榻の足元に置いて、風呂の始末をつけに行く。だが、見てみると火は丁寧に消されており、湯場もあらかた片付いていた。
    「晩吟、あなた」
    「手間をかけさせたからな。やれることはやった」
    「ですが」
    「いいだろう、別に。ここにいたときはやっていたことなんだから」
     江澄はふてくされたようにそっぽを向いている。あぐらをかいて、足に頬杖をつく姿は、まるで座学中の少年のようだ。
     藍曦臣は吹き出した。白い装束も相まって、本当に江澄が遊学中の公子に見える。
    「江晩吟……、懐かしいですね」
    「なにがだ」
    「あなたがここにいたときのことを思い出します」
    「あの頃は、寒室になんて恐れ多くて近づけなかったぞ」
    「そうなんですか?」
    「姑蘇の双璧、沢蕪君は有名だったからな」
     江澄の目は遠くを見ている。雨の向こう、かつてあった日々が見えているのだろうか。きっとその中に自分はいない。
     藍曦臣は目を伏せた。
     すでに過去だ。今は友としてここにいるのだから不満に思うのは間違っている。
    「何故、日延べをしなかったのです」
    「立て込んでいるんだ。明日には蓮花塢に戻らないといけない」
    「そのようなときに、わざわざ寄ってくださったのですね」
    「あなたが」
     江澄の視線が藍曦臣に向いた。彼はこらえきれないというように喉で笑う。
    「あれほど会いたいと書いてくるとは思わなくて」
    「あ、あれは、その、書いてはいけないことはわかっていたんですが、夜狩であなたにお会いしてから、どうしても時間をとって会いたくて」
     江澄はとうとう声をあげて笑った。友に会いたいというのはそんなにおかしいことだろうか。藍曦臣がうつむくと、江澄は慌てた。
    「いや、申し訳ない。この年になってから、友だなんだと文を交わすことになるとは思っていなかったものだから、妙に気恥ずかしくなる」
     横顔がうつむいて、もう一度笑う。
     彼が照れているのだと気が付いて、藍曦臣も視線をそらした。顔が熱くなる。
    「嬉しかったんだ。雨を承知で来たのは申し訳なかったが、俺も、あなたに会いたくなった」
     藍曦臣は両手で顔を覆った。これは、たしかに言われるほうは恥ずかしい。
     その様子を見て、江澄がまた笑う。
    「お茶を、いれてきます」
     藍曦臣はいたたまれずに逃げ出した。
     寒室にはしばらく笑い声が響いていた。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
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     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
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    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
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    「とりあえず、水を」
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     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
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    PROGRESS続長編曦澄2
    あなたと手を繋いでいたい
     初冬の蓮花湖にはなにもない。花は言うに及ばず、葉もとっくに枯れている。
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     江澄は隣に立つ男を見た。
     藍曦臣は「どこに行きたい」と尋ねた江澄に、ここを希望したのである。
     冬になる前には、と言っていたもののそれは叶わず、藍曦臣の訪問は結局、冬の訪れを待ってからになった。
     猾猿が及ぼした影響は深く、姑蘇の地は冬支度がなかなか終わらなかった。
     それでも季節は移る。冬になってしまえばできることは少ない。宗主としての仕事が一段落すれば、正月までは特別な行事もない。
     そうして、今回、藍曦臣は三日の間、蓮花塢に逗留することになった。
    「あちらに見えるのが涼亭ですね」
    「そうだが」
    「あなたに蓮の実をいただいたのを思い出します」
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    「そうでしょうか」
     風が吹く。北からの冷たい風が二人の背中をなでる。
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     江澄 1152

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    REHABILI
    味覚を失った江澄が藍曦臣とリハビリする話(予定)②辿り着いた先は程々に栄えている様子の店構えで、藍曦臣の後について足を踏み入れた江澄は宿の主人に二階部分の人払いと口止めを命じた。階下は地元の者や商いで訪れた者が多いようで賑わっている。彼らの盛り上がりに水を刺さぬよう、せいぜい飲ませて正当な対価を得ろ、と口端を上げれば、宿の主人もからりと笑って心得たと頷いた。二家の師弟達にもそれぞれの部屋を用意し、酒や肴を並べ、一番奥の角の部屋を藍曦臣と江澄の為に素早く整え、深く一礼する。
    「御用がありましたらお声掛けください、それまでは控えさせていただきます」
    それだけ口にして戸を閉めた主人に、藍曦臣が微笑んだ。
    「物分かりの良い主人だね」
    江澄の吐いた血で汚れた衣を脱ぎ、常よりは軽装を纏っている藍曦臣が見慣れなくて、江澄は視線を逸らせた。卓に並んだ酒と肴は江澄にとって見慣れたものが多かったが、もとより藍氏の滞在を知らされていたからか、そのうちのいくつかは青菜を塩で炒めただけのものやあっさりと煮ただけの野菜が並べられていた。茶の瓶は素朴ではあるが手入れがされていて、配慮も行き届いている。確かに良い店だなと鼻を鳴らしながら江澄が卓の前に座ろうとすると、何故か藍曦臣にそれを制された。
    2924