契機はヤキモチ みんな、冬の夜空を見上げていた。星を見ようよと誘って、気づけば Trickstarとfineのメンバー全員が空中庭園に集まっていた。
その光景を、あんずは遠巻きに眺めていた。みんなのはしゃぐ姿が微笑ましくて、笑顔が輝いていてきれいだな、と、そんなふうに感じていた。
「ねぇ、あんずちゃん」
そうしていると、少し離れた位置から英智が呼ぶのであんずは近寄っていった。何か伝えたそうにしているけれど、よく聞き取れない。いったい何だろうと首を傾げると、英智はもっと近づいていいかと訊ねてきた。
「みんなに内緒の話ですか?」
あんずがそう言うと、英智は不意を突かれたように笑った。
「……ふふ」
手を顔の横に当てる様子を見てそう思ったのだが、どうやらちがうらしい。たしかに人に聞かせたくない話をここでするほど英智は不用意ではない。よく考えなくてもわかることだった。
「本当だ。まるで内緒話みたいだね。みんながヤキモチを妬く前に終わらせようか」
話の内容は専用衣装のアイデアについてだった。あんずはスケッチブックを持っていなかったので、言葉から伝わるイメージを懸命に記憶に留めた。現時点での英智の集大成を感じられるいいテーマだと、素直に感じていた。
けれど一方で、内緒話をしはじめたときの英智の言葉が引っかかった。彼の柔和な声が脳にこびりついたみたいに離れずにいる。
『――みんながヤキモチを妬く前に』
彼は、そんなにいい人だっただろうか。目的のためにはどんな手段も厭わなくて、何かを企てることも悪戯も好きなのが英智の性格だと思っていた。あんずの知らぬ間に、周りを気遣える優しさを身に着けたのだろうか。
あんずは専用衣装のイメージを膨らませながら、英智の言葉の意味についての考えていた。
星を生み出す大星雲――専用衣装のモチーフとなるオリオン座についての説明を受けた。
生み出された星々、その星がきっと、彼を彼にするのだろう。
(天祥院先輩をいい人にさせたのは、みんな、なのかも)
悪巧みが好きな英智をいい人にさせてしまう。それはみんながいるからかもしれない。
すごいなと、あんずはみんなのことを誇らしく思うと同時に、自分の邪な気持ちに気分を重くした。
(どうしてわたしがヤキモチを妬くんだ! わたしは先輩をいい人にできない。みんなを気遣うこともできない。ああ、みんなが羨ましい。なんて自分勝手!)
少し離れた場所から歓声が聞こえた。コーンスープを飲んだり、走り回ったり、星を眺めたりして、それぞれ夢中になって時間を過ごしている。
「僕たちも混ざりに行こうか」
英智はそんなみんなの様子を見て立ち上がろうとした。あんずはむしゃくしゃした気持ちで半ば八つ当たりのように英智の服の裾をつまんで引き留めた。――もう少し欲を見せてくれてもいいのに。服が引っ張られたことに気づいた英智は、足を止めてあんずを振り返った。
「もう少し、独り占めしててもいいんですよ……?」
英智のきょとんとした顔をにらみつけた。シェルブルーの瞳に上目遣いのあんずが映っている。そんな状況はあんず自身が耐えられなかった。すぐに直視できなくなり、さっと目を逸らした。瞬時に英智の口元に笑みが浮かんだので、嫌な気配を感じながら。
「かわいいね」
よしよし、と頭を撫でられた。あんずはその手を避けられず、拒むこともできなかった。けれどしばらくすると途端に顔が熱くなる。なんてことを言ってしまったのか。恥ずかしさを紛らわすため、あんずは勢いよく立ち上がった。
しかし背を向けてしまったのがいけなかった。背後から両肩にポン、と手を置かれた。押さえつけられているわけではないのに、まったく動けなくなった。
「少しは僕の気持ちがわかったかな?」
「へ」
「みんなを愛するあんずちゃん。君はなんて残酷なんだろうね。みんなは君をプロデューサーにする。君はみんなをアイドルにする。そんな君の気持ちを知りたかった。だから少し、真似をしてみたんだ」
振り返ると悪戯が成功した時に見せる英智の笑顔があった。
「てっきりみんなを思い遣れるいい人になったのかと……」
あんずの脱力した声に英智はふふっと噴き出すように笑って言った。
「僕がいい人になれるのも、君のおかげだよ。君が今の僕を作ったと言っても過言ではない。こんなふうに過ごせるようになったのも、きっかけは、君だったのだから」
「さすがに買いかぶりすぎです」
「そうかな? 僕はそうは思わないけど。まぁ、いつも謙虚な君らしいか。それじゃあ、専用衣装については頼んだよ」
「は、はい……」
去り際に今度は耳元で囁かれた。ただの確認なのに、ドキドキしてしかたない。まんまとだまされた気分だ。あんずはすっかり、英智のことで頭がいっぱいになっていた。