神様のいうとおり※桃あんです!
今日はいちだんと暑い日だった。遅れて『英智デー』に合流したあんずは、パラソルの下で涼んでいる英智に挨拶をする。
「お疲れさまです!」
「やあ、あんずちゃん。来て早々で悪いのだけど、見てごらん。桃李が懸命に作っているよ」
「あれって……」
英智の指さした先に、かき氷機があった。レトロな手回し式で、今どきお店でしかお目にかかれないものだ。削っている氷も、氷屋さんが作っているような、四角くて透明度の高いものだった。
「かき氷ですね! なんでまた」
「冷夏の影響で氷が余りそうだっていう話を聞いたから、買い取ってきたんだ」
英智の背後を見ると、製氷された氷が入っているらしい業務用冷蔵庫が鎮座していた。いったいこんな大きなもの、電源はどこからもってきているのだろう。あんずは思わず苦笑した。
『英智デー』はもともと、ピクニックや散策など、何気ない時間を過ごすことをテーマに掲げていた。けれど日に日にスケールが大きくなっている気がする、とあんずは思う。休日をうたうわりに、企画のアイデアが必要になるくらい、大掛かりなことをする傾向にあった。
ただ、こう毎日暑いと、涼しいことをしたくなるのもわかる。それに引き取ってきたという氷が、なんとも美味しそうなのだ。
改善案を提示するのはまた今度にしよう。そう気を取り直して、あんずは桃李の元へ向かった。
「おはよう、桃李くん」
「あ、あんず〜! 見て見て。かき氷だよ」
桃李は首に汗を流しながら、できたばかりのかき氷をあんずに見せた。ガラスの器に山盛りになった氷は、暑さに負けず形を保っている。
「美味しそうにできたね!」
「特別にこのボクがシロップをかけてあげる! 何がいい?」
隣のテーブルを見ると、家庭用サイズのシロップが並んでいた。イチゴ、メロン、レモン、みぞれ、ブルーハワイの五種類だ。テーブルを移動しながらあんずはどれにしようかと考える。
「じゃあ……イチゴにしようかな」
赤いラベルのシロップを指さすと、桃李はウキウキした様子で手に取って、自分で削ったかき氷にかけた。イチゴ味の液体が染み込んで、山が色を変えていく。トッピングに凍らせたイチゴを添えて、完成だ。
「はーい、できたよ!」
あんずは桃李から容器とスプーンを受け取った。どちらも先に冷蔵庫で冷やしていたらしく、持つととても冷たかった。
「ありがとう、いただくね」
「召し上がれ!」
その場で一口食べたあんずは、その冷たさに思わず目を閉じた。
「ん〜つめたい!」
「えっ、だ、大丈夫……?」
不安そうに見つめる桃李に、あんずは片目を開けて笑いかけた。
「つめたくて甘くて、美味しい!」
「よ、よかった〜。ホッとしたよ、もしかして失敗したのかなって思っちゃった」
桃李は胸を撫で下ろして、それからあんずの手元をじっと見ていた。スプーンの動きに合わせて目線が動く。あまりにも食べたそうにしている彼を、あんずはかわいいと思った。
「桃李くんは何味食べたの?」
「実はまだなんだ〜。日々樹センパイが削ったのが冷蔵庫に入ってるんだけど」
そう言う桃李に、あんずは上目遣いでおそるおそる訊ねた。
「もしかして、待ってた……?」
「ん〜、ちょっとね。みんなはもう食べてるけど」
渉と弓弦を見ると、それぞれかき氷を食べている姿があった。英智も、実はパラソルの下で食べ終えていたらしい。空の器が傍に置いてあるのが見えた。
「暑い中ごめんね……。お詫びに、はい。あ〜ん」
あんずがシロップのかかった部分をすくって桃李の口元に差し出すと、桃李は素直に口を開けてぱくりと食いついた。
「あー、んっ……冷たい!」
「ふふ、かき氷だもん」
「あっ」
あんずが機嫌良くにこにこと桃李の様子を眺めていることがわかったのか、桃李は口元をおさえながら俯いてしまった。
「もう一口食べる?」
「それはボクがあんずに作ったものだからあんずがぜんぶ食べて!」
「……そうなんだ」
桃李の言葉を聞いたあんずは嬉しくなって頬を染める。ごまかすように口に入れたかき氷が瞬時に溶けた。その間に桃李は自分のかき氷を持ってきて、そそくさと透明のシロップをかけていた。
「あんず、あ〜んして」
「は、恥ずかしいよ……」
「さっきのお返しだから〜。ね? いいでしょ?」
「そう言われてしまうと……」
言いながらあんずは、顔の前に差し出される前に桃李のスプーンをぱくりと頬張った。
「あっ、こら〜!」
「へへ、みぞれも美味しい」
「も〜!」
照れた顔をするあんずに桃李はますます怒っていたけれど、それもまんざらでもない様子で、あんずはさらに機嫌を良くしてかき氷を味わって食べていた。暑い夏の日だから、いいこともあるのだと。