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    ltochiri

    二次創作いろいろ

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    ltochiri

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    アンケート結果を反映した話です。斑あんルートですが糖度控えめです。時系列定めてないので雰囲気で読んでください。
    紅郎さんとこはくちゃんにはぜひママのお目付け役同盟を組んでほしいなと思いながら書きました。

    ##斑あん
    ##小説

    ふたりを繋ぐセンテンス 失ってはじめて失くしたことに気づく、とはよく言ったものだ。それは後悔があるからだと斑は思う。
     あたりまえのことが実は大事だったなんて、使い古された言葉のようだけれど、結局どの時代でも当てはまるくらいには、よくある話なのだ。
     だからこれは、特別なことがあたりまえになった日常で、忘れていたことを思い出すという、ただそれだけの、よくある話である。





    「キラキラメールはリーダーにしか届かないんですよ」
    「リーダーはぬしはんやから、情報下ろしてくれへんと困るって、なんべんも言うとるよな?」

     ESビルのロビーの隅で、斑はあんずとこはくに挟まれていた。
     両サイドからの鋭い視線に対し、斑は先ほどからずっと、降参だというように両手を肩の高さに挙げている。残念ながら、すぐに下ろさせてはもらえない状況である。

     針の筵とはこのことを言うのだろう。日本語を自らの身で体現しているようで、斑はつい口の端から苦笑を漏らしそうになる。だが今は我慢だと言い聞かせ、弱りきった顔を見せてごまかした。とにかくこの場は耐えて、切り抜けなければ。

    「平身低頭! いやあすっかり失念していたなあ」
    「………」
    「………」

     無言の圧力にも屈してはいけない。そもそもの問題は、遅刻ということで容赦してもらっている。とにかくやり過ごしたかった。まさかこんな往来のあるところで詰問されると思っていなかったのもある。それよりも気まずさの方が大きかった。

    「あんずはんは電話、何度もかけなおしたっち話やん。なにをボサッとしとるねん」

     こはくの小言に斑はがっくりうなだれる。気まずさの原因であるあんずは、すっかり疲れた様子で、無の表情を浮かべていた。
     あんずが斑とこはくに電話をかけたのは一時間ほど前のことだ。
     打ち合わせの時間になっても二人が会議室に現れないので連絡をしたら、見事にリーダーの斑はメールでの連絡をスルーしていた。そのため、こはくにも伝達がされていなかったのだ。
     そのことをこはくから聞いたあんずは、状況を把握すると、冗談でなく卒倒しそうになった。
     内々での打ち合わせだったので、ユニットの評判にかかわるような影響は少ないとはいえ、『プロデューサー』のあんずは年中多忙だ。おかげで彼女のスケジュールが押しに押した。次の時間に入っていた仕事を、別のスタッフに任せなければならないほどに。

    「事務所のスタッフに頼めたからよかったですが、そうじゃなかったらと考えると……」

     うぅ、と片手で頭を抱えるあんずの様子に、こはくは労いの言葉をかける。

    「あんずはん、無理しなや」
    「ありがとう、大丈夫」

     あんずはスケジュール調整という目の前の事案だけでなく、管理の責任も問われるだろう。そしてこはくは、斑と同じく遅刻の烙印を押されてしまっている。
     騒がせるだけならまだしも、多方面に迷惑がかかっているので、二人が怒るのもしかたない。

    「すまない」

     両の手のひらを、パン! と合わせながら頭を下げる斑の後頭部を、あんずとこはくの目が見つめる。

    「ふぅ」
    「はぁ」

     二人ふたりそろってため息なんか吐くので、「息ぴったりだなあ!」と言うと再び睨みつけられた。微笑ましいと思ったのに。場を和ませようと思ったのに。
     すっかり呆れられているのをよそに、斑は頭を下げ続けた。



     不意に軽やかなベルが鳴り、エレベーターのドアが開く。ぞろぞろと人が降りて来くる中に、ひときわ目を引く赤い髪をした体格のいい男がいた。
     彼は斑と目が合った瞬間しかめ面をしたけれど、三人が一緒にいる様子に気づくと無視はできなかったらしく、まっすぐ歩いてやってきた。

    「おう、なんだ? こんなところで集まって」

     右手を挙げてあいさつする紅郎に向かって、あんずはぺこりとお辞儀をし、こはくは頭を下げた。斑はここぞとばかりに彼の肩に腕を伸ばしたが、さらりと躱されてしまったので、おっとお! と、大袈裟に躓いていた。その腕を大きく振り回して頭の後ろにを掻くと、事情を説明しはじめた。

    「いやあ、俺がメール不精のせいで、こはくさんとあんずさんに迷惑をかけてしまってなあ。謝っていたんだ」
    「……メール不精とかのレベルじゃなさそうだが」

     両脇にいるふたりの剣呑な雰囲気を察した紅郎はチクリと斑を牽制する。いつからこの状況が続いているのかはわからなかったが、紅郎が助け舟を出せる状態でないことは明白だった。

    「うん……ESのシステムに馴染もうとしない俺が悪いなあ。それでも、キラキラメールとやらは改善が必要だと思うんだが」
    「キラキラメール……そういや蓮巳の旦那も苦労しているみたいだったな。画面が見づらいって」

     状況がおよそ想像できたので、紅郎は話の方向を逸らしてみた。すると斑もそれに乗って会話を続けようとする。

    「リーダー権限らしいが、メンバーに通達しなければいけない内容なら、最初から全員に送るシステムにすればいいのになあ」
    「権限というか、任されてるんだろう。それも、仕事だ」
    「それはまあ、たしかにそうだなあ」

     腕を組む斑に、考え込む紅郎。ガタイのいい男二人が電子情報の扱いに悩む姿というのは見ようによっては滑稽だが、こはくはそう感じなかったらしく、それよりも反省の色を見せない斑にお灸を据えるつもりで、紅郎に訊いた。

    「紅月はどんなふうに情報伝達しとるん? ぬしはんとこのリーダーはんはきっちりしてそうやから、見せてもろたら参考になるんちゃうかな」
    「おう。そうだな……っと。うん、これなら発表された案件だし見せていいか?」

     すると紅郎の動きがホールハンズの画面を差し出す手前で止まった。

    「って、嬢ちゃんは?」

     『プロデューサー』に確認を取ろうと視線を下に向けた時だった。彼女は姿を消していた。どこへ行ったのかと、視線を周囲を見る。

    「プロデューサーはんやったら、あっちに行ったで」

     こはくが指さした方に、あんずの背中が見えた。エレベーターに乗ろうとしているのだろう、ロビーをすたすたと歩いている。
     無事を確認して、斑は安堵したが、同時に不覚を取ったと思う。
     ただでさえあんずの気配は薄い。そしていつの間にか輪からいなくなっているのはよくあることだ。
     だが、忽然と消えたことに斑は驚いていた。それは、彼女のことを注意して見ていなかったということだ。考えるより先に、声が出ていた。

    「おおい! あんずさあああん!」

     フロア中に響く声だ。瞬間、あんずは足を止める。振り返るより先に、斑は彼女のもとへ駆け寄った。出会った頃は逃げ回ってばかりいたあんずが、立ち止まって待っていてくれることに、斑は嬉しくなった。
     ESビルでは彼女を『プロデューサー』と呼ぶべし、という訓告が通達されている。しかし斑は当初から従うつもりはなかった。
     立場を考えているのだろう、だからあんずは名前で呼ばれるたびに戸惑ったり渋い顔をしたりする。斑としては彼女に笑っていてほしいのが本心だが、その反応さえ悪くないと感じていた。出会った頃を思い出すみたいだったから。
     追いつくと、あんずは振り返って不思議そうな顔で斑の顔を見た。さっきまで叱られていたのに、機嫌がいい理由がわからないというふうだった。

    「黙って去るなんて水くさいじゃないかあ」
    「……こはくくんには言いましたよ」
    「ん? そんなことこはくさんは一言も……」

     ひとりごとのような声にあんずはきょとんとしている。その様子に、嘘は言ってなさそうだと斑は判断した。
     こはくが気を利かせたのか、単純にこはくにはあんずの声が聞こえていなかったのかはわからないが、事実を確かめるのは後でいい。
     それよりも、なんとかしなくては。まるで覇気のないあんずを目の前にして、斑は考えを巡らせる。
     
    「ほかになにか?」

     いったい、いつから自分は彼女を見失っていたのか。
     体格差や身長差で見えていなかったなんていまさら言い訳にもならない。そして仕事のミスを謝れば済むという話でもない。
     それでも、姿と同じように彼女の気持ちも見えなくなっていたのは本当だ。視界に入れようとしていなかったのだ。同一視なんて烏滸がましかったのかとすら思う。学院で忠告したことは、的を射てなかったとは思わないけれど。
     だけど引き留めた今、腫れ物に触るみたいに怯えていた。

    「ええっと……とくに用はないんだが」

     消えた君を探したいと思ったから、とは言い出せずに、斑は右手で顎を掻く。歯切れの悪い物言いに、あんずは顔を俯かせた。
     まるで化けの皮を剥がされたみたいだ。自分の気持ちを声に出して伝えることは、こんなにも難しかったのか。ここのところ、あんずの前で斑は格好がつかないでいた。今までたやすく言えていたはずなのに、どんな言葉も不正解な気がしていた。

    「じゃあ、何しに来たんですか」
    「………」

     あんずの低い声に斑は思わずたじろいだ。彼女はわかって怒っている。怒ったままでいてくれている。
     それでいて、今までと同じ行動を取るのか見極めようとしている。
     ならば答えるのが筋なのだが、時間は残酷で、斑の返事を待たず、あんずは今度こそ立ち去ろうとしていた。

    「すみません、次の仕事があるので。もう行っていいですか」

     あんずは紅郎とこはくにおつかれさまですと声をかけている。斑が後ろを振り返ると二人があんずに向かって手を振ったりしていた。彼らの背中から不穏なオーラが見えるのは気のせいではない。
     二人の視線から逃れるように正面を向いた斑は、改めてあんずを見る。
     ちら、と寄越される視線と交わった。能面を貼り付けているような顔で、じゃあ、とだけ言って背中を向ける。
     斑はそれだけなことに驚いて、愕然とした。言葉をかけられるのを期待したことにも。あのやり取りの直後でなぜそう思うのか。考えを改めた方がいい。背中を見送りながら、怖い顔の二人が待つ位置へ戻ろうかと思ったけれど。

    「……っ、あんずさん!」

     勢いよく呼ぶと数歩先であんずが立ち止まり振り向いた。上半身をくるっとひねった反動で、束ねた髪が跳ねていた。

    「またあとで」

     厳しい顔つきで手を振るあんずに、斑はそういえば次の仕事現場が同じだったと、そのために念押しで呼び止められたのだと思い出す。

    「……うん」

     拒絶ともとれる言葉に打ちひしがれそうになりながら、それでも振り返ってくれたことが嬉しくて、笑って返した。すると一瞬きょとんとしたあとにっこりとしたかわいい年相応の笑顔が見えて、ハッとした。
     渋い顔をしていたのは自分の方であると、斑は気がついた。
     たったそれだけのことだった。
     彼女を見失うということは自分をも見失っているということ。
     だったらとっとと自分を探さないと。じゃないと追いかけるなんてできやしない。呼び止めた場所で待っていてくれるのならなおさら。
     笑っていればよかったのだと、ようやくわかった気がした。




     斑の背後に迫る二人分の足音。彼と同じようにあんずの背中を見送っているのだろう。紅郎は視線を前に向けたまま話しかけた。

    「嬢ちゃんとなに話してたんだよ?」
    「とくには……」

     締まりのない返事に眉間にしわを寄せる紅郎の顔を、斑は振り返らない。こはくは彼らの間に割って入るようにして、ため息を吐いた。

    「根性あらへんなぁ」
    「面目ない。だが……」

     苦笑しながら頭を掻く斑の顔を見て、紅郎とこはくは思わず表情を緩めた。この様子では時間がかかりそうだと感じ取ったのだろう。

    「できるだけ長引かせないようにするから」

     ほんの少しの繋がりを手繰り寄せてでも、見失ったものを探し出す。
     だから次も、待っていてほしい。その時は、つかまえて離さないつもりだ。
     バシッと肩を叩かれる。
     二人に力強く背中を押されて、斑は一歩踏み出した。





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