鳥籠と太陽鳥籠と太陽
ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテ。
CR:5の二代目カポであり、筆頭幹部としてベルナルドが支える相手。ラッキードッグの異名はデイバン中どころか遠く離れたシカゴやニューヨークの裏社会にも知られ始めた。幸運の女神に愛された男――揶揄を含んで囁かれていた風説は、CR:5の隆盛と共に真実味を帯びる。
道端に落ちていた石ころが、まさかダイヤモンドの原石だなんて誰も信じなかった。拾い上げて大切に掲げたベルナルドたちを、酔狂なことだと誰もが嗤った。
けれど磨かれてみれば輝きは一目瞭然。
節穴だったのはどちらの眼か。それもまた白日の下に晒された。
ラッキードッグ・ジャンカルロ。
アメリカという大国の、次代の闇を担っていく太陽。
眼を灼くその黄金の下に、今、あらゆるものが集まりはじめていた。
* * *
「――っだあー! 疲れた! ちょー疲れた! もう動けねえぞ俺は。トランプの王様が来ようがBOIの長官が来ようが追い返すぜ。今日はもう店仕舞い!」
スーツを放り投げ、ネクタイを毟るように解きながら、ジャンが勢い良くベッドへダイブする。豪快に大の字になった身体が、スプリングの効いたマットレスに抱きとめられるのをベルナルドはほほえましく眺めた。丸一日馬車馬のように働いて、ようやく休息を得たときの快楽はベルナルドにも馴染み深い。いつもと同じシーツのはずなのに、まるで天使の羽にで も触れたかのような心地よさ。やわらかな感触はまるで女の肌のように、どこまでも深く包み込む。
解きかけて途中になったネクタイもそのままに眼を閉じて息をついたジャンも、その快楽に揺蕩っているのだろう。乱れて鎖骨の刺青をちらつかせる首元や、へその覗いた下腹部がよい眺めだ。
心地よさに蕩けた恋人の表情。お前にそんな顔をさせるのは俺だけであって欲しいのに――なんて、無機物にまで嫉妬しだしたらおしまいだ。苦笑しながらベルナルドもまた自らの衣服を寛げる。
「お疲れ様、ジャン。大丈夫、今日の仕事はもうおしまいさ。営業時間外にチャイムを鳴らす無粋な客人は、俺の兵隊が全部追い返すよ」
「あら素敵。頼りになるのねダーリン」
「勿論。いくらでも惚れ直してくれて構わないよハニー」
額にかかった金髪を払い、瞼の上にキスを落としながら笑う。
眼を閉じて、くすぐったそうに口付けを受け入れるジャンの首元、絡まったままのネクタイをするりと引き抜いた。鮮やかに眼を引くが下品にはならない、ジャンの魅力をよく引き出す細身のそれは、ルキーノが選んで買ったものだった。仕事の場ではいつもジャンを彩ってくれているネクタイだが、ベッドルームでは ご遠慮願おう。サイドボードの上に、ひらりと放る。
今日は本当に忙しかった。
午前中は役員会議と市内の商業施設の完成式典を梯子して、午後はデイバンの商工会委員との会談。数名の州議員を招いた晩餐会の後も、ジャンへの挨拶をと面会を求めてきた有力者との顔合わせ。しかも最近なにやらCR:5を嗅ぎまわっているらしい、BOIの捜査官がうろちょろと煩い羽音を響かせていた。
ジャンが二代目カポの座についてから、もうすぐ一年。近頃のCR:5の勢いは、眼を見張るものがある。ナワバリこそデイバン一市と小さいものの、その存在が最早無視できない大きさになったことは誰が見ても明らかだった。いい波に片っ端から乗っているCR:5、頂点に座るラッキードッグと言う二つ名の男に、皆が眼を引かれ始めた。
ベルナルドにしてみれば、何を今更というもの。
今になって慌てて顔を繋ごうなどとのこのこやってくる連中は、軒並み『先見の明なし』とレッテルを貼って脳内のカモリストに名前を記しておしまいだ。それでも表向きはにこやかに、もったいぶって顔を拝ませてやる必要が、ある。
ジャンもそのことわかっていたから、ここのところ連日続いた会談を文句も言わずにこなしてきた。だがそれも、そろそろ限界に来ているらしい。金髪の恋人は、その美しい髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて唸り声をあげる。
「昨日もジジイ、今日もジジイ。朝から晩までずーっとジジイ……ジジイまみれで枯れちまいそうだぜ。畜生、瞼の裏でジジイどもが輪になって踊っていやがる」
「そりゃ大変。なんとかしないと――おっと、ジャン。眼を開けば絶世の美青年が見えるぞ」
「あらほんと。前髪以外は完璧だわ色男さん――って、バーカ。美青年って歳かよ、オヤジのくせに」
覗きこんだ額を弾かれて、笑う。軽口の応酬。息の合った会話を交わすごとに、ジャンの肩からも力が抜けて、表情がやわらかくなる。ベルナルドとジャンが二つのベッドを必要としなくなる以前から続いていた恒例の戯れは安らぎをもたらした。そして、いつぞやの裏路地での会話をなぞった言葉選びが、あの夜の熱情を静かに注ぎ込む。
蜂蜜色の瞳の中に写る、自分の顔。
やに下がった表情を少しだけ情けないとは思うけれど、そんな自分を見て愛しげに笑ってくれるジャンが嬉しく、ますます目尻が下がる。
ずっと隠して生きるはずだった顔。ジャン以外には見せない一面。弱さとか、情けなさとか。プライドで覆った仮面の下、隠してはいるけれど、それはベルナルドの中に確実に巣食っている。それも、大きく。自分は元々、そう強い人間ではない。自覚しているからこそ、最愛の恋人が自分の中の弱さもすべて知っていてくれることは――受け入れてくれることは、その弱い心を更に甘く蕩かせた。
そしてもうひとつ、ベルナルドを喜ばせるのは、ジャンの瞳に今、映っているのは自分ただ一人だということ。
胸の内に湧いた熱が、手を伸ばさせた。顎のラインに沿って指を滑らせ、耳に行き着いて遊ぶようにくすぐる。ジャンはくすぐったそうに首をすくめ、ベルナルドの手に頬をすりよせた。仔猫のように喉を鳴らす恋人の、なめらかな頬の感触。
唇が掠るほど間近で手の甲に吐息を吹きかけ、ジャンはベルナルドを見上げて笑った。
「俺、疲れてるんだけど」
そっけない言葉。けれどケラケラと機嫌よく笑いながら、ちゅっ、と指の付け根に唇が触れる。拒むようには、まるで見えない。
「エロいことする気? ベルナルドおじさん?」
「さあ? 俺はいつも、ジャンが望むことしかしないけど?」
肩をすくめて答えると、ベルナルドを映した瞳の奥で、くすぶっていた炎が鎌首をもたげる。見間違いようもない熱情と同じくらい熱い舌先を、ジャンは指の背に這わせた。火傷しそうな熱に背筋を震わせるベルナルドを見上げたジャンの唇は美しい弧を描き、
「じゃあやっぱり、エロいことするんじゃん」
――ねえハニー? 人のことを散々エロオヤジだの変態だの言うけれど、そうさせているのは誰かを一度考えてみて欲しいな。
白い歯が指先を食み、ちくり、と小さな痛みを生んだ。些細な刺激はベルナルドの中、欲望の堰に罅を入れる。溢れ出した熱に灼かれるままに、ベルナルドは恋人に覆いかぶさった。
* * *
白い肌を隠す衣服を全て剥ぎ取った。その全てに触れたくて、全身に手を這わせた。
滑らかな裸身を、膝の上に抱きあげた。自分以外のなにかに触れる場所を、少しでも減らしたくて。
くだらない独占欲に、閉じ込められたジャンは気付いているのか、いないのか。どちらでもいい。気付かれていなければ幸い。気付かれていたとしても、こうして腕の中に身を預け、うっとりと口付けを受け入れてくれるのならば、それで。
「―― っ、ぅん、ふ……っ」
深く舌を絡ませ、熱く柔らかな口腔を思う様味わいながら、左手で首を支えて金の髪の弄び、右手はいたるところを撫で、くすぐる。手のひらは熱を全身に広げ、時折皮膚の薄い敏感な場所に触れたときにびくびくと跳ねる感触を楽しむ。
仕事に追われて久しく触れていなかった身体は一際敏感だった。飢えていた。ジャンも、そしてベルナルドも。この身体に触れたくてたまらなかった。ほんの一年前まで、ジャンに触れずに眠っていたなんて信じられない。あの頃の俺はなんて忍耐力に満ちていたんだろう。今では無理だ、絶対に。
すっかり蕩けて快楽に揺れた表情に愛しさが募り、絡めた舌先に軽く歯を立てると、ぅん、と悩ましい鼻声と共に眉根が寄った。全身の神経を鋭敏にして、ベルナルドが触れる快感だけを追いかける様子に、心が満たされる。
手のひらが伝える熱にすっかり溺れた身体が、更なる快楽を求めていることが手に取るようにわかる。ジャンが触れて欲しいと望む場所、その際どい間際をついと撫で上げる。
「っ、あ」
「ジャン、こっちをむいて…… そう。膝で立って、俺の肩に手を置いて」
いつものように焦らされるのかと、金の髪が切なげに揺れる。
だが今日は、欲望を留めるつもりは無かった。
ベルナルドが促すままに姿勢を変えたジャンの下腹部、すっかり持ち上がったそれに唇を這わせる。滲み始めた先走りがわずかな苦味を舌先に伝え、それすらも美味と感じる現金な味覚に苦笑した。それがジャンのものであるならば、汗の一滴、涙の一雫でさえ甘露になる。音を立ててすすり上げると、羞恥を煽られたジャンが眦を染めて文句を言おうとし、けれど意味のある言葉を紡ぐ前に上擦った喘ぎ声に塗りつぶされた。
「は、ぁ、っんぁ!」
「色っぽい声――可愛いな、ジャン。こっちも、触ってほしいだろ?」
「あ! ぁ、や……っ、馬鹿、いきなり……深……っ!」
二、三度入り口をほぐすように撫でた後、唾液を絡めて濡らした指を飲み込ませる。収斂する内壁を掻き分けて一息に奥まで差し込むと、ジャンの全身がガクガクと震えた。
瘧の様に痙攣する身体。随分とベルナルドの手に馴れたその場所は、すでに受け入れるに十分な熱を孕んでいるというのに。
――いや、熱すぎるからこそ衝撃が大きすぎるのか。
肩に置かれた手が鉤状に折れ曲がり、食い込む強さに内側を犯されているジャンの快楽の激しさを感じて、自然口の端が持ち上がる。
くい、と指の腹で知り尽くした内部のしこりを圧迫すると、あ、あ、と喉を鳴らして首を振った。突き入れられた快感を喰らい尽くそうとする貪欲な器官は、更なる喜悦をベルナルドの指がくれることを知っていて、奥深く取り込もうと淫らに蠕動した。それは最早、ジャンの意思とも関係なく。あられもなく乱れる身体と、強すぎる快楽をいなしきれずに滲む涙。たまらない。
口に食んだまま、湧いた生唾を飲み下す。その喉の動きさえもジャンには強い刺激となったらしく、手を震わせて「もう無理」と悲鳴を上げた。
「大丈夫だよ。ほら、ここはまだ欲しいって言ってる」
「んんっ――ひ、っあ……指、増やすなっ」
「悪い、ジャン。もう挿れちまった」
でもほら、抜こうとするとお前のここはこんなに必死に締め付けるよ。行っちゃヤダ、って、駄々をこねてる。
咥えた熱いモノのくびれを尖らせた舌で刺激し、増やした指を内側で開いて中を暴く。
「あ――あ、もう……もう、ダメだ、ベルナルド……っ」
イく、イっちゃう。子供のように幼い声で、うわごとのようにジャンは懇願した。
イかせて、ベルナルド。
繰り返すのは、希うのは、与えられないことを知っているから。いつもなら、ベルナルドはまだまだ、上り詰めることを許しはしない。もっと、もっともっと。身体の中に詰め込めるだけの快楽を。煽りながら焦らして、オアズケを与えながら極上の餌を垣間見せて、餓えさせて求めさせて狂うほどよがらせてようやく 絶頂へ突き上げる。体内に渦巻く内圧が高まれば高まるほど、はじけた時に至る頂上もより高くなる。
覚えてしまった快楽の領域に、ついつい舌と指の動きが緩慢になりかけた。
おっと、いけない。いつもの癖が。
「イきたい? ……いいよ、我慢しないで」
今日は我慢をさせる気はないのだ。昂ぶろうとするジャンに合わせて、前後から最も弱い場所を攻め立ててやる。
「っ、え? ベル……? ヒッ! ぁ、あ っア……!」
あっけなく許された解放に束の間ジャンの声に疑問が混じるが、すぐに下肢からの淫らな水音にかき消される。
甘く濡れた悲鳴に全身を震わせ、ぎゅっと眼を閉じるジャンの姿を堪能しながら、ベルナルドは口中に白濁を受け止めた。
くたりと弛緩した身体を抱きとめる。
汗ばんだ肌と肌が密着して、ばくばくと早い鼓動を胸で聞いた。
眼を閉じたまま荒い息を整えようとしているジャンの耳元に唇を寄せ、口内に含んだままの精液で、くちゅ、と音を立てた。
「――っな! 馬鹿っ……変なことしてんじゃねーよ!」
飛び起きたジャンに頭をはたかれる。真っ赤になった目元が可愛いよ、ハニー。クスクスと肩を震わせ、甘く囁く代わりに舌先に絡めたそれを見せ付けるように唇を開いた。かすかに泡立った粘度の高い白濁がとろりと糸を引く。
存分に見せ付けてから、わざとあからさまな音を立てて、ごくりと飲み下した。
「おま……っ、やだもー、この変態」
ごちそうさま、と言いながらキスをしようとすると、顔を背けて逃げられた。ああ、そんなに泣きそうな顔をしないで。大丈夫、お前のはいつも美味しいよ。そう言おうとしたけれど、殴られそうだったのでやめた。代わりに、引き結ばれた唇を、尖らせた舌でノックする。薄い唇の輪郭をなぞるように舐め上げれば、頑なに閉ざされていた場所が迷うように戦慄いた。ベルナルドを迎え入れば手に入るご褒美の甘さを、ジャンはもう知っている。
ノックをした、あとは扉の前で待っていればいい。
「……っ、あ……ベル、ナルド……」
――こうして、自ら求めたジャンが招き入れてくれるのを。
「ジャン……」
深く舌を吸い上げて、たっぷりと唾液を注ぎ込んだ。熱く潤んだ口内をくまなく味わう。混ざり合い、どちらのものかわからなくなった液体が溢れ、口の端に一筋の跡をつけた。喉のほうまでべたべたに濡らしたジャンの姿もイイけれど、今はできれば、零したくないな。唇を塞ぎ、差し込んだ舌で喉の奥に直接注ぎ込む。
自分が放ったばかりのものが混ざっているかもしれない。それを飲み込むと言う気恥ずかしさはジャンの抵抗を強くし、同時に官能を煽る。
「ぅん、く、んぐ……ア! あ、やっ――!」
ついに受け入れて喉を鳴らした瞬間を見計らい、ベルナルドは右手の指をくい、と折り曲げた。
「ふ、っく……ベル、やだ……それ、なかっ」
「俺の指、咥えたままだったの忘れてた? ハハ……すごいよ、ジャン。自分でもわかるだろ? ほら、ビクビク、って」
「ヤダ、言うな……ってばエロオヤジ……っ」
自らの吐精を飲み込んだ、それはジャンの中で、より深い場所へ堕ちることを受け入れるのと同じだった。首を振りながら罵っても、熱く蕩けた後ろは先ほどにもまして自ら淫らに蠢く。堪えきれずに腰を揺するたび、ベルナルドの腹に前が擦れる。求められるままに内壁をぐりぐりと弄ってやれば、ジャンの腰が意図的に擦りつけてくる様になるまで時間はかからなかった。
「エロい、な。見てくれよ、ジャン。お前ので、俺の腹中がぬるぬるだ」
「俺だけ、みてえに言うな……お前の、だって……ガチガチになって漏らしてんじゃねえか……っ!」
「そりゃあ、こんないやらしいハニーを見せられちゃ、ねえ」
笑いながらキスをする。
なあジャン、気づいたか? お前が俺のモノを見た瞬間、後ろがぎゅうって締め付けてきたよ。突っ込んでたら絶対イっちまってた。指だけでもヤバかったくらいだ。そんなに俺が欲しかった? 突っ込んで、一番奥までギチギチに拡げて、擦って突いて揺さぶって欲しかった? ああ、想像しただけでもイっちまいそうだ。
「コレが欲しい?」
問いかけると、ジャンがごくりと唾を飲む。
肌を合わせる度、何度も繰り返した質問だ。答えてしまえば最後、二人して理性も何もかも放り投げて腰を振るだけのケダモノに成り果ててしまうことを知っているから、ジャンはいつも戸惑う。そして自らケダモノになることを選ぶまで、ベルナルドに責め立てられるのだ。
戸惑いと不安、そして一枚カーテンをめくった向こうにある期待に、黄金色の瞳が揺らめく。だが。
「いいよ、あげる」
「――っ、え?」
あっさりと言ったベルナルドに、ジャンは目を丸くした。
さっきも言っただろう? 俺はいつだって、お前の望むことしかしないし――お前が望むことなら何だってしてやるさ。
「欲しいんだろう?」
「ベルナルド、なんか……いつもと違、う? あ――うっ、あ」
「うん? 気持ちよくないかい?」
「そんな、こと――ない、っけど! だっていつ、も……お前……あっ、も、喋ってるときに、ナカいじんなっ!」
「ジャンのここはいつもと一緒だよ。熱くて、やわらかくて、いやらしくて――抜こうとするときゅうきゅうに締め付けてくる。俺のが欲しいんじゃなかったのか? これじゃ、入れてあげられないよ?」
意地悪に囁くと、濡れた瞳に怒りを込めた視線が睨みあげてきた。意図的に話を逸らすずるい男を、キッと見据える。
残念、ジャン。逆効果だ。
そんな真っ赤に染まった眦じゃあ、男の欲望を煽るばかりだよ。
笑いながらベルナルドは一息に指を引き抜き、宛がった硬直をずぶりと穿ちこんだ。蕩けた入り口は蠢きながらベルナルドを迎え入れ、内部をいっぱいに埋め尽くして割り入る充足感に、二人の熱い吐息が重なり合った。
* * *
抱きしめて腰を揺すりたて、身体中とけてどろどろになるほど抱き合った。
空になるほど幾度も達したジャンの精液でぐちゃぐちゃに濡れたぬるつく身体を擦り合わせ、馬鹿みたいに盛りついた。
疲れ果て、腕の中で眠りについたジャンの顔を眺めながら、ベルナルドは満ち足りた安らぎにたゆたう。やわらかな表情の恋人は、どんな夢を見ているのか。
俺の夢だったらいい。
夢の中でも、こうしてお前を独り占めできたら。
――ジャンがカポとしての頭角を現してから、彼の周りにはこれまで以上に多くの人間が集うようになった。
それは純粋にジャンを慕うものであったり、道化めいた仮面の下に悪意を隠したものであったり、様々。だが集まるものどもの内心などはたいした問題ではないのだ。ジャンを慕い、CR:5に順じようとするものならばオメルタの誓いを交わす。左手に拳銃を隠し持っているのならば、それを抜く前に蜂の巣にしてしまえばいい。
ベルナルドが気を揉まずにはいられないのは、ジャンの周囲に人が集まる、そのこと自体。
今頃になってジャンの魅力に気がついたような眼の悪い連中でも、一度間近にこの金色を見てしまえば気付くだろう。あまりにも鮮やか過ぎる太陽の光に、魅入られずにいられるものか。
聡いジャンは、行為の最中にベルナルドの様子がおかしいことに気付いていた。
揺すりたてて快感の波で押し流してごまかした。だって言える筈がない。
「お前が見たものすべてに嫉妬して、お前を見るものすべてをまとめてコンクリ漬けにして沈めてしまいたい、なんてな」
焦らして、餓えさせて、よがり狂って求めて欲しい。けれど今は、ジャンとの間にほんのわずかの隙間さえ作ることが怖かった。ナカをいっぱいに埋め尽くすように、ジャンの胸の中を自分だけで埋め尽くしたい。餓えるよりも先に、乾くよりも先に、求められるままにすべて与えて、いっぱいに満たしてしまいたい。万が一にもジャンが、自分以外の何かを求めようとも思わないように。
ほかの何も見ないで欲しい。ほかの誰にも見られないで、俺だけのものでいて。
そんなガキの様な独占欲が、ぐるぐると渦巻いている。ガキの様な――いや、ジャンが知ったら、またダメ親父とでも罵られるだろうか。
この、ダメ親父! 馬鹿なこと考えてるんじゃねーよ!
最近、気がつけばちょいダメだった形容詞がただのダメ親父に変わっていた。不本意だが――こんなザマでは仕方がないのかもしれない。
苦笑しながら、愛しげに金の髪をそっと撫でた。
なあ、ジャン。確かに俺はダメ親父で、情けなくて弱い男だけれど。いつかお前にふさわしい、本当に強い男になるから。――どうかそれまで、見捨てないで付き合ってくれよ。
はらりと額に落ちた一房の髪をそっと掻き揚げる。肌に触れてしまわないよう気をつけたのに、指先がわずかに目元を掠めてしまい、うん、とジャンが身じろいだ。
――起きる、か?
思わず覗き込むが、一週間のハードスケジュールとそれ以上に激しかった行為はジャンを眠りの淵の奥深くに囲い込んでいたらしい。もぞもぞと動いたジャンは、ベルナルドに身をすり寄せ、寝心地の良いポジションを探し当てると満足気にそこに収まった。より近くなった距離――吐息すら直に感じるほどの近さに、ベルナルドは苦笑する。
また襲っちまうぞ?
つん、と鼻先を突けばジャンはひどく嬉しそうに笑い、唇の形が確かに「ベルナルド」と動いた。
「これは、オーケーってことだよな、ハニー」
都合よく受け取って、ベルナルドはキスを落とす。いくらなんでも今日はこれ以上触れないけれど――ラッキーなことに、明日は休日だ。
流石はラッキードッグ、と。そう言ったらジャンは怒るだろうか。
2009/09/12
焦らしはしなくてもねちっこいのは変わらないダメ親父。