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    ベルジャン(2009/10/10)

    LUCKY⇔HAPPYLUCKY⇔HAPPY










    ねえあなた。あなたはジャンを知っているかしら?

    ジャンカルロというのよ。世界で一番素敵な人。キラキラとまるで本物のゴールドみたいな髪と、ハニーキャンディみたいにとっても甘そうな眼をしている人。
    いつも優しくて楽しくて、だからいつのまにかジャンの周りにはたくさんの人が集まっているの。ジャンのそばには一人ぼっちの人はいないのよ。ジャンが一人ぼっちになんかしておかないもの。それって、実はすっごい大変なことなんだから! でもジャンは、なんでもない顔をしてさらりとやってのけてしまうの。素敵だわ。さすが私のジャン。
    ちょっとだけお風呂に入るのを面倒臭がったり、時々お馬鹿さんなこともしちゃうけど、そこも好き。男の人ですもの、少しくらいやんちゃさんなところがあって当然よね。


    え、知ってる? あなた、ジャンを知っているの?
    素敵だわ! じゃあわかるでしょう? 私の言うとおりよね! ジャンほど素敵な人っていないと思うの!

    そう、そうよね!
    やっぱり! わかってくれるのね!
    嬉しい!

    ……でも、あら? 

    なんでかしら?

    同意してくれて、ありがとう。嬉しいわ。嬉しいのに、なんだか複雑な気分。
    あの人が世界で一番素敵な人だってことを知っているのは、今まで私だけだったのに。
    あなたも知っているのね……なんだか、ちょっと悔しい。

    ――ああ、わかった。
    あなた、《あなた》なのね。そっか、じゃあ仕方がないわ。彼が素敵な人だってこと、きっとあなたは私の次ぐらいに知ってる。
    私の次、よ? だって私のほうが、あなたよりも長い間ジャンを見てきたんだから! あなただからってそこは譲ったりしないわ。


    ねえ、あなたはジャンのどんなところが好き?


    男らしくて格好いいところ。
    でも子供みたいで可愛いところ。
    弾むみたいなしゃべり方とか、そうそう、歌も上手だわ。知ってる? ジャンがお風呂でよく歌う鼻歌。あれ、彼が八歳の時に自作した歌なのよ。もう体に染み付いているんだわ、きっと。嬉しかったり悲しかったりと気分でアレンジが入るけど、よく聞くとメロディが同じなの。
    ガムを一度に何枚も食べて、どこまで大きなフーセンを作れるか、こっそり挑戦してるところなんかも可愛いわ。

    楽しいことが好きで、はしゃぐことが好きで、笑うことが大好きな人。

    ふふ、やっぱりどこも素敵。
    あたしはジャンが好きだわ。だぁいすき。
    でもね、彼を好きになったのはちゃんと理由があるのよ。


    あのね、ジャンは、いつも私を見つけてくれるの。

    私を見つけてくれる。私の声を聞いてくれる。
    昔からずっとそう。世界中のいたるところにいる私を、ジャンは端から見つけては「見ぃつけた」って笑いかけてくれるのよ。
    いつも、どんなときでも。
    悲しいことがあって落ち込んでいても、寂しくて俯いていても、辛い出来事に怒っていても、私がそっと近づくといつも気づいて顔を上げてくれる。そして、笑ってくれるの。

    だから私はジャンが好き。
    誰も見つけてくれない、一人ぼっちのかくれんぼなんて寂しいもの。

    ジャンは私を見つけてくれる。
    私を一人ぼっちにしないでくれる。
    彼は彼の世界から、私を追い出さないでいてくれるの。


    人間って、不思議ね。

    辛いこと、悲しいことがあると、彼らの眼は見えなくなってしまうんだわ。そこにちゃんと眼はあるのに、ちょっと前まで私を見つけてくれていたはずなのに、もうその眼に私の姿は映らないの。
    もう辛いことや悲しいことを見たくないから、眼を閉じてしまうのかしら。
    辛いまま眼を閉じて、悲しいまま耳をふさいで、私が目の前で手を振っても、大声で呼んでも気づいてくれないの。
    時間がたって、また眼を開けてくれる人もいるわ。
    でも、眼を閉じて、また開いてを繰り返しているうちに、だんだんと私を見つけてくれることが少なくなっていくの。私を見ても私だって気づかないまま、ただの風景みたいに流し見て歩いていってしまう。大声で 私よ! って叫ばないと、私だって気づいてくれなくなるの。

    私は、それがちょっとだけ……寂しいわ。

    でも、ジャンは違う。
    ジャンは私を見てくれる。見つけてくれる。笑いかけてくれる。

    あの人、ほかの人間たちに比べて幸せばっかりな人生だったわけじゃないわ。あなたも知ってると思うけど。
    辛いこともあったわ。悲しいことだっていっぱい見てきた。
    眼を閉じてしまっても、耳をふさいでしまってもおかしくない人生を生きているわ。
    それでも、ジャンは眼を閉じないの。
    眼を閉じないで、私を見つけて、笑ってくれる。

    ねぇ、素敵な人でしょう?
    強くて、やさしくて、格好いい人でしょう?

    見つけてもらえるのが嬉しくて、気づいてくれるのが楽しくて、いつの間にかいつも彼の周りにいたいと思うようになったわ。いつも傍にいたら、そのたびに見つけてくれて嬉しくって……あとは、もうわかるでしょ。今では彼に首っ丈だわ。
    ふふ、おそろいよね。
    知ってるんだから。あなたも、ジャンにベタ惚れですものね。

    あら?
    もしかして、妬いてる?

    ふふふ、ちょっとぐらい嫉妬、すればいいわ。
    だって……ほんと言うとね、私も時々あなたに嫉妬するの。
    最近のジャンはいっつもあなたのことばっかりでなんですもの。
    でも、いいの。
    あなたのことを考えているとき、ジャンはいつもよりもずっと素敵な顔で笑うから。
    私はジャンに幸運をプレゼントすることはできるけど、彼と一緒に幸福を作っていくことはできないもの。
    だから……うん、ちょっと悔しいけど、そっちはあなたに任せるわ。あなたには私にできない事が出来るんだから、怠けたりしたら承知しないんだから。

    世界で一番素敵な人。
    純金よりも綺麗な人。

    私はジャンを、世界で一番ラッキーな男にしてみせる。
    だからあなたは、彼を世界で一番ハッピーな人にしてあげて。

    約束よ?
    任せたんだから……ねえ……









    「 「 ベ ル ナ ル ド 」 」

     








     * * *


    「―― ……ジャン?」
    「ボンジョルノ、ダーリン。お目覚めの気分はいかがかしら?」
    「眼を開ければお前がいる――最高の朝だよ、マイスイート」

    おはようハニー。
    ジャンの金髪に反射してきらめく朝日のまぶしさに眼を細めながら笑いかければ、けらけらと軽快な笑い声が返された。
    腕の中に可愛い恋人を抱きしめて、いたずらめいた上目遣いと、前夜自分が首筋に残した赤い痕跡を見下ろす。目覚ましのアラームは俺の名を呼ぶお前の声で、眼を開ければお前が笑っている。
    最高の朝だ、これ以上ないほど。
    そしてこの最高の朝が、いつもどおりの朝だってことが俺の最たる幸せだ。甘いぬくもりをかみ締めるように、抱きしめた腕に力が籠もる。裸の身体同士が触れ合うように抱き寄せれば、ジャンは「馬鹿、きついって」なんて笑いながらも逆らわずに寄り添ってくれる。

    夢の中で――そう、あれは夢だったのだろう。ジャンへの愛を語りながら、最後に俺に向かって約束よと唇を尖らせた女を思い出す。少女めいた夢見るような口調、しかし、思い返してもその姿は亡羊と揺れてはっきりとしない。幼い女の子であった気も、年頃の少女であったような気もした。いや、もしかしたらくびれの美しい妙齢の美女であったかもしれない。ぼやけた線は姿を結ばなかった。しかし、その正体はわかりすぎるほどわかっている。

    ラッキードッグ、と。

    ジャンがそう呼ばれることは俺にとってはあまりにも当たり前のことで。
    ここに在ってくれる事実こそが奇跡のような彼ならば、自然と幸運を招き寄せることもあるだろうなんて、そう思っていたのだ。だが、理由を聞いてしまえば、事実はもっと単純だった。
    お前に笑いかけられ続けて、惚れないやつがいるはずがない。
    それがたとえ幸運の女神だったとしても、同じだったというだけの話だ。

    「お前の周りに幸運が溢れていたからラッキードッグなんじゃないんだな。お前だけが、そこにあったものを幸運の種だと見抜いていただけ」

    思わず声に出して呟いてしまえば、ジャンは耳の傍で囁かれた唐突な言葉に訝しげな声を上げる。
    なんでもないよ、と笑いながら答えた。

    「まだ寝惚けてんのかよ、ベルナルド。お前が俺より遅く起きるなんて、珍しいじゃん」
    「そういえばそうだな。でも、お前の声で起こされるのもいいもんだ。お前の寝顔をゆっくりと堪能する幸せも捨てがたいがね」
    「見るなって。おちおち涎も垂らせねえじゃねえか。そのうち拝観料とるぞ?」

    金を払って見られるんならいくらでも。半分本気でそう言うと、ジャンに頭を小突かれる。
    定例のような軽口のやり取り。じんわりと胸のうちを温かくする言葉の応酬。こうして触れることができなかった間にも続いてきた言葉遊び。
    夢の中、あれほどジャンを好きだと語った女神は、この幸せを経験したことがないのだ。
    溢れるほどの幸福と、少しばかりの優越感を感じながら、俺はジャンに呼ばれて目覚める寸前の彼女の言葉を思い返す。

    約束。

    返事をする前に呼び起こされてしまったけれど、きっと答えるだけの時間があったなら俺は頷いていたはずだ。
    けれど、困ったな。どうしたものだろう。
    こぼれた苦笑をジャンが拾い上げ、首を傾げる。たぶんおかしな顔をしていたことだろう。

    「どうした? 変な顔して」
    「約束を……したんだが。どうしようか、守れそうにないんだよ」

    ジャンを世界で一番幸福な男に。
    魂のすべてを賭けてでもかなえて見せたい約束だけれど、無理だ。

    「約束って、どんな?」
    「お前を世界で一番幸せにするって」
    「――はァ!? なんだそれ。つか、そんな約束を誰とすんだよ」
    「幸運の女神と」

    俺の答えにジャンはまたも首を傾げて、なんだそりゃ、と苦笑した。本格的に寝惚けているとでも勘違いされてしまったようだ。
    馬鹿だな、ジャン。いつもと変わらない最高の朝。でも、今日はただの休日じゃないんだぞ? こんな大切な日の朝に、お前と過ごす時間に呆けてなんていられる訳がないじゃないか。
    俺はいたって正気だよ。そう言いたかったが、昨日も遅くまで仕事だったからな、なんて労わりながら髪をなでてくれる手が心地よくて、俺はうっとりと眼を閉じてしまう。

    ああほら、やっぱりだめだ。
    こんなにも愛しげに触れてくれたら――どう足掻いたって、俺のほうが世界で一番の幸せ者になってしまう。

    腕の中の身体をまた引き寄せて、ジャンがそうしてくれたように緩やかな手つきでそっと金の髪を梳く。幸せすぎて死にそうになるこの感覚を、お前にも感じてもらえるだろうか。
    覗き込んだ顔は嬉しそうに眼を閉じていて、口元は笑みの形に綺麗な弧を描いていた。
    愛しさが溢れて、どうしようもない。


    すまない、ジャンにベタ惚れの女神様。あなたとの約束を、俺はどうやら果たせそうにない。
    でもその代わり今ここで、改めて俺はあなたに誓おう。
    世界で一番の幸せをあげられないその代わりに、世界で二番目の幸せをジャンにプレゼントする。足りない分は、世界一幸せな男の人生をおまけにつけるから、どうかそれで許してほしい。

     ――もう、仕方がないわね。

    ……なんて。
    拗ねた女神が、唇を尖らせた声が聞こえたような気がした。
    そう、こればっかりは仕方がないんだと心の中で言い訳をしながら、腕の中の恋人に唇を寄せる。彼を世界で二番目に幸せにするための、まずはひとつめのプレゼントを贈るために。


    「誕生日おめでとう、ジャン」

    祝いの言葉と、羽根のようなキス。
    そして開いた瞳と見詰め合って、再び閉じたら二度目のキスだ。

    「お前を世界で二番目に幸せな男にするために――今日はひたすら、俺からのプレゼントに埋もれてくれ、ハニー」












    2009/10/10
    Buon Compleanno GIAN CARLO!
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