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    イヴァジャン(2009/09/27)

    武器はその運ただひとつ武器はその運ただひとつ










    「“PLAYER”」


     ズン、と重い音を立てて、俺はバカラ台の上に描かれた赤い円の上に大量のチップを置いた。限界まで高く積み上げられたチップの山が、いくつあるか。十は超えているそれを、数えるのにちょっとばかり時間がかかった。
     山の一つがバランスを崩して、数枚のチップが転がる。

    「おっと、失礼?」

     定められた自分の枠からはみ出てしまったチップを引き寄せ、俺はおどけてにやりと笑う。
     けれど、隣の枠を使用している客はいない。同じテーブルについていた客が一人減り、二人減り……引き攣った顔のディーラーとランデブーになったのは何ターン前のことだったか。バックヤードでじっとしていられなくなったこの店の支配人が、禿げ上がったこめかみに青黒い血管を浮かべて飛んできた時だ。

    「――“PLAYER”……っ!」

     引かれたカードの数字を見せて、尻を叩かれたガチョウみたいな裏返った声で、ディーラーが勝者の名を告げる。簡単なゲームだ。このテーブルの上だけに存在する、架空のギャンブラー達。そのどちらが勝利するかにチップを賭けて、競い合う。勝つか負けるか引き分けか。勝負は運任せ。

    「グラーツェ」

     可愛らしくウィンクを飛ばして、俺は手元のスコアメモにまた一つ、記録を書き込む。その行為に意味は無い。だって勝敗は運任せ。――つまりは俺が勝つって決まっていやがる。
     不運なディーラーは真っ青になりながら、震える手で配当分のチップを差し出してきた。山積みにされたチップの威容に、ざわり、とギャラリーにどよめきが走る。やきもきと様子を伺っている支配人の血管が、やばいくらい浮き出ていた。

    「そんなに頭に血ぃ昇らせてっと健康に悪いぜ、オッサン」
    「――っ、きさっ……くっ……」

     テーブルに置かれたチップの一枚一枚には、通常のレートの100倍近い金額設定がされている。つけたのは俺。客は自分のチップに、好きな金額の価値をつけることが出来る。このゲームがスタートした時、設定した価値は相場の約10倍だった。それからゲームを重ねて、テーブルの上にチップが溢れそうになる度に、価値を吊り上げていった。
     また一つ勝利を重ねて、倍になったチップの山。金に両替したときにどれくらいの価値があるのか、正直俺にも現実味が湧かないレベルになっている。だが最低でも言えるのは、このしみったれたカジノ如きではとうてい支払えないだけの金額だということ。

    「――よぉ、ラッキードッグ。女神サマは相変わらずテメェに夢中かよ」
    「そういうお前もいい調子じゃねーの、イヴァン。俺に昼飯奢った御利益だぜ。感謝しろよな」

     ファック、と品のない罵倒語が、あいつにしては非常に機嫌の良い声音で発された。俺が最高にツキまくっているバカラ台の後ろに並ぶ、クラップスのテーブル。転がるダイスを眺めながらふんぞり返ったイヴァンが、こちらも手元に山のようなチップを積み上げている。

    「貴様ら……何しにきやがった……っ」

     呻くように、支配人が吐き捨てる。
     血走った眼と、今にも泡を吹きそうな口元が見苦しいったらありゃしない。破産寸前の窮地に立って、出来ることなら今すぐ俺たちを袋叩きにして、チップどころか身包みごと剥いで港にドボンと行きたいのだろう。入店した時にはいくらかオブラートにくるんで隠されていた、マフィアの表情が剥き出しだ。部屋の四隅には、本来なら支配人の号令で俺たちのような客を簀巻きにするのが仕事の屈強な男達が立っている。茹でダコみたいな顔をしながら、支配人がその号令をかけずにいるのは――

    「何しに、だぁ?」

     ガンを飛ばしたイヴァンはヤンキーよろしく、テーブルの上に靴を乗せてねめあげる。ちょっとちょっと、お行儀が悪いですよイヴァンさん?
     支配人はイヴァンの迫力に思わず怯んだ。ヒッ、と間抜けな声を上げて、一歩後ずさる。
     まあさ、確かに気持ちはわかるけど。それでも、ここで引いたらヤクザは終わりだろ。
     俺は乾いた笑いを浮かべながら、二人と、そしてそれを取り囲んだギャラリーを見回す。見知った顔が多い気がするのは、気のせいではない。情けない支配人の様子に侮蔑を向けているギャラリーの大半は、イヴァンの兵隊たちだ。

    「この状況見りゃ、わかるでしょオッサン」

     俺は勝ちばっかりのスコアを記録したメモをひらひらと振る。ピッカピカに磨き上げられた靴を、イヴァンよりはちょいと静かに、だが堂々とテーブルの上に乗っけた。
     行儀が悪い? ――悪いね、足が長くて困ってるもんで。
     俺とイヴァンは更に顔色を悪くした支配人を鼻で嗤って、ヤクザの顔で声を揃えた。


    「 「 賭場荒らしに来てんだよ 」 」



     ***


     事の起こりは三日前。イヴァンの部下の一人が、あいつのシマで営業している地下カジノがある――という報告を上げてきた。カジノって奴は酒場なんぞの比じゃないくらい、一度に大量の現地の金を吸い上げていく。自分たちのシマの中に、別の組織がバックについたカジノなんかがあったりすれば大事だ。つまり、CR:5のシマと判りきっている場所に店を出すということは、俺達に対するあからさま過ぎる挑戦ということになる。

    『バックにいるのは大したこともないチンピラどもだ。だが、小指の先から伸びた細い糸がGDと繋がっている。――薄い関係だがな』

     ベルナルドが集めた情報を聞いて、俺もイヴァンも顔色が変わった。GDとは休戦調停こそ成立したものの、危険な対立組織であるという認識は変わっていない。

    『薄いって、どのくらい? オヤジの兄貴の嫁のお袋さんの生き別れの兄弟みたいな関係?』
    『うーん、もう一声。その生き別れの兄弟の向かいに住んでるおばさんの友達が飼ってる猫、みたいな?』
    『薄っ! それもう他人だろ! ていうか猫って人手すらねぇし!』
    『だから本当に、大したことのないチンピラなんだよ。GDとしても本気のはずが無い。ちょっとした嫌がらせに、砂でもひっかけた様なもんだ』

     もし俺達が対応に困れば上々。容易く捻られたとしても、なんの痛痒も無い。見事なまでの捨て駒。
     めんどくせぇことをしてくれやがる、と呆れた顔になった俺の横で、イヴァンが鬱陶しそうに吐き捨てた。

    『薄かろうが濃かろうが関係ねぇよ。俺のシマに手ぇ出しやがった――だったらブチ殺すだけだ』

     ヤクザとして、当たり前の結論。イイ顔してるね、イヴァン。最高に凶悪。ウィンクを飛ばした俺にイヴァンはおなじみのスラングを吐きながらにやりと笑い、俺たちは肩を並べて部屋を出た。

     ――はじめは、単に兵隊を突っ込ませてやるだけのはずだった。
     イヴァンの兵隊達の容赦の無さは有名で、まるで竜巻が通り過ぎた跡地でトマト投げ祭りでも開いたような惨状になる。この程度の店を一つ潰すのには、一晩も必要ないはず。

    『でもさ、それじゃちょっとツマンナクネ?』
    『ああん?』

     眉根を寄せたイヴァンに、だって、と俺は指を振ってみせた。

    『GDの奴ら、俺たちに無駄なカチコミをさせてセコイ嫌がらせをすんのが目的なわけだろ? だったら粉微塵に粉砕しちまうとしても、攻撃すること自体なんか癪じゃねーか』

     銃弾だってタダじゃない。墓穴掘りの飼い猫一匹殺すのに、一発だって使ってやるのはもったいないだろう。
     だったら、あいつらが想像もしていなかった方法で――しかも一発の弾丸も使わずに、その店をぶっ潰してやれれば最高なんじゃねーの?
     ハンドルを握ったままのイヴァンは胡乱気な顔で、じゃあどうすんだよ、と唇を尖らせる。俺はにぃと笑って、ウィンクを飛ばした。

    『お前、俺の二つ名忘れてません?』
    『犬っころがどうしたってんだよ』
    『ただの犬扱いすんじゃねーっつの』

     そのご利益で刑務所からも逃げ出したくせに。唇を尖らせると、鼻で笑われた。ボスを敬う心ってとっても大切だと思うの、イヴァンちゃん。
     からかい過ぎてイヴァンの額に青筋が立つ前に、俺は首にぶら下げていたチェーンをピンと弾く。爪の先で軽い音を立てた金色のリングが、しゃらりと揺れた。


    『ラッキードッグ相手の喧嘩のステージに、カジノを選んだこと――後悔させてやろうじゃん?』


     俺とイヴァンと、兵隊達と、連れ立ってけばけばしい悪趣味なドアを蹴り破る。
     あちらさんも、この場所で営業してりゃいつか俺たちが乗り込んでくることは予想済みで、途端にわらわらと黒服のいかつい男達が出てきたが、非常に機嫌のいい――例えるなら食ってくれと言わんばかりの草食動物をを見つけた狼のような、上機嫌のイヴァンの微笑みひとつでころりと戦意を失っていた。あからさまに怯んでいる用心棒達に、店の支配人が雇い主としての当然の権利を言い立てようとする前に、俺がその声を遮って、ゲームをしに来たんだ――と告げた。


    『ここはカジノだろ? 遊ばせてくれよ』



     ***



     それから、さほど時間は経っていない。
     露骨な荒事の気配に、楽しいギャンブルを楽しんでいたお客様方はお帰りになった。悪いな、今日はこの店貸切なんだ。びくびくと怯えた視線を向けてきながら横を通り過ぎようとする客に、ウチのカジノも営業してるぜ、と営業をかけて見送った。
     兵隊と店員だけをギャラリーにゲームを重ね、支配人の血管は最早破裂寸前。ついでにディーラー達の緊張感と、この店の金庫も限界が近い。

    「ほい、毎度アリ~」

     またも俺が張った目にアタリが来て、積みあがるチップの高さと反比例して、ディーラーの血の気が引いていく。
     彼にとっては残念なことに、今日の俺はギンギンに冴えていた。
     負ける気がしない。ラッキードッグの嗅覚が匂いを嗅ぎ分けていた。チップを置く度に、俺にだけわかるその匂いは、金の香りというよりは、勝利の香り。チップの枚数やレートの価値よりも、1ゲーム終わる度に相手を崖っぷちに追い詰めている、その浮き立つ感覚が堪らない。
     このまま、カジノ中の金を根こそぎ頂いて毎度アリ、でも構わない。俺達の目的は達せられる。
     けれど、俺はここで勝負を終わらせる気はなかった。

    「なあ、オッサン。一つ俺と賭けをしねぇか?」

     ピン、と弾いたチップが、支配人のハゲた額にヒットする。間抜け面にニヤリと笑って、俺は目の前に置かれたチップの全てを示して見せた。
     ――勝負。
     このチップを全額賭けた、最後の一発。
     一足早く終末の日が訪れたような顔をしていた支配人は、俺の言葉に驚いてハゲた頭をこちらに向けた。俺はもう一枚チップを弾き――今度は真上に飛ばして、勢い良く回転して落ちてきたそれを再び掴み取る。
     静まり返って、俺の言葉を聞くギャラリーたち。生唾を飲み込む音だけが、一つ聞こえた。

    「一発逆転、最後のチャンス。簡単だ。もうワンゲーム、バカラをしよう。ただし賭けるのは“BANKER”と“PLAYER”じゃない。イヴァンのテーブル。次のルーレットであんたのディーラーとウチの幹部がどっちが勝つか。それに俺はこのチップを全額賭ける。勿論、イヴァンにな」

     追い詰められた支配人に、首を横に振る選択肢は残っていなかった。
     代わりに頓狂な声を上げたのは

    「――ハァ!?」

     山盛りのチップを賭けられたイヴァンだった。

    「お前、何考えてんだよ!」

     ギャンと噛み付くように、イヴァンが吼える。
     ラッキードッグの幸運でカジノの金庫を空っぽにしてやる。金と、ギャンブルと言うものに挑む気力を根こそぎ奪ってぼこぼこにしてやろう大作戦だ。そう告げたとき、イヴァンは驚いたように眼を開いて、けれどすぐに挑戦的な目つきになって、「面白いじゃねぇか」と同意した。
     その時、この最後の決戦の話しはしていなかったが――最後はこうしようと、決めていた。

     何故ならここはイヴァンのシマだ。

     この胡散くせぇ連中は、CR:5にちょっかいをかける時に、俺の直轄地でも、ベルナルドやルキーノのシマでも、ジュリオの――ボンドーネ家の縄張りでもなく、イヴァンのシマであるこの場所に狙いを定めた。
     まあ、わからなくはない。カポである俺にいきなり真っ向から喧嘩を売るには駒が足りない。ベルナルドのところは精密な指揮系統と情報網がしかれているから、入り込む余地が無い。ルキーノのシマで遊ぶのは、政財界である程度力を持った客ばかりで、こいつらじゃまだ狙えない。マッドドッグにちょっかいを出す気概もない。
     その点、イヴァンは。
     幹部の中では一番の若造で、序列も下。そして何より、幹部の中で唯一の非イタリア系。
     GDの時と同じだ。こいつらは、イヴァンを――“穴”だと思いやがった。
     こいつならば何とかなると――イヴァン・フィオーレのシマならば食い込めると、この程度の奴らが、そんな思い上がったことを一瞬でも思いやがったのだ。
     気に喰わない。最高に気に喰わなかった。
     だから、最後の引き金はイヴァンが引く。


    「最後はカッコヨク決めてくれよな、イヴァン」


     ラッキードッグが有り金全部つぎ込む男に相応しく。
     そしてCR:5が、組織の面子を預ける仲間に相応しく。

     うだうだと細かいことは何も言わず、俺はただ一つウィンクを飛ばした。
     イヴァンはそれを鼻で笑って――今にも獲物に飛びかかろうとしているケモノみたいなギラついた眼で、吊り上げた唇の隙間から牙をのぞかせる。

    「――チッ、当たり前のこと言ってんじゃねーよ」
    「そりゃ、失礼」

     へらりと笑って頭を叩いた。それを合図にしたかのように、プレッシャーに耐えられなくなったディーラーが、回転するルーレットの中に――運命を決めるちっぽけなボールを、投げ入れた。



     ***



     ――その結末はどうなったかって?
     馬鹿だな。語らないのは語る必要もないからに決まってるだろ?

     ラッキードッグが命を丸ごと賭けた男が、負けるはずがねえじゃねえか。

    「まあ俺が賭けた目が外れるなんてありえないわけだが」
    「俺に賭けたからだろ、ボケ」
    「いやいや、やっぱりこれは昼飯奢った御利益だって。ということで明日もヨロシク」
    「ぶっ殺すぞテメェ!!」

     夜道をかっ飛ばすメルセデス。髪をなびかせる心地よい風圧を感じながら、俺は至極ご機嫌だった。












    2009/09/27
    こいつら大好き。
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