D. sanderianaD. sanderiana
それはとある平日の午後。
いつもは仕事の書類に埋もれてうんうんと唸っているラッキードッグの様子が、今日は違う。
執務室を離れてやってきた休憩室。
扉を空けた瞬間ふわりと溢れたにおいに、ジャンは眼を見開いた。
甘い甘いドルチェがたくさん。
さあ私を食べてちょうだいと、テーブルから溢れんばかりに並んでいたのだ――
色とりどりのジェラート、アーモンドの香るカントゥッチに、アプリコットのクロスタータ。素朴だがやさしい味わいのトルタ・デッラ・ノンナに、カラフルなフルーツソースのかかったパンナコッタ。
ティラミスは豪華にワンホールで、口の中が甘くなってしまったらエスプレッソのおかわりを。
すらりと並んだディッシュを前に、ラッキードッグの瞳が輝く。
「ワオワオワオ! 今日はなんかのお祭りけ? どうしちゃったんだよ、これ!」
「本部で料理人を一人新しく雇おうかと思っていてね、今日は面接だったんだ。これは、その時に作らせた試作品だよ」
「へぇ、すっげ。なあ、これ食べてもいいのか?」
「勿論さ。俺が、わざわざお前の前に皿を並べて、おあずけをさせるような酷い男に見えるかい?」
「ベッドの中での前科が少々あるもんでな。――いいのかよ。やりぃ! 今日も一日、お仕事頑張った甲斐があったぜ!」
ぱくり、と食いついて――
「んー! これ旨い! こっちもだ、甘さが全然しつこくなくて、さっぱりしてる」
満足そうに、頬を緩める。
ジュリオがいたら喜ぶんだろうけどな、とジャンは少しだけ残念そうにする。幹部の中でも飛びぬけて甘味が好きなジュリオは、新しく就任したボンドーネの当主としての仕事で忙しくアメリカ中を飛び回っていた。
フォークを咥えて口の端を下げる、ジャンの頬に付いたナッツの欠片をひょい、と拭ってやりながら、ベルナルドは笑った。
「帰ってきたらまた作らせればいいさ。お前とジュリオが二人いたら、この倍は用意させないと間に合わないかな」
「三倍用意させて、ルキーノとイヴァンも呼んでみんなで食おうぜ? CR:5カポ・デルモンテ主催、ボスと幹部のドルチェパーティーだ」
「極秘開催にしないとね。新聞屋にでもすっぱ抜かれたら大変だ」
「ははっ、いいんじゃねーの? CR:5はこれからカワイイ路線で行って見るとかさ。可愛さ勝負だったら、GDと戦争したってウチの圧勝だぜ? ジュリオもそうだし、イヴァンがあれでいてなかなかの伏兵だしな」
「可愛らしさの勝負で大将がお前だったら、俺達は全米で№1のヤクザになれるよ」
軽口を交し合いながら、ジャンはぱくぱくと並んだドルチェを口に運んでいる。
ベルナルドはジャンの――彼のボスであり、恋人である彼の姿を微笑みながら眺め、満足そうにコーヒーに口をつけている。
「アンタは食べないのけ?」
甘いものは嫌いじゃないだろうにと、ジャンカルロが首をかしげた。
さらり、と流れた金の髪と、まるい瞳が――ドルチェの甘い香りよりもなお甘く、ベルナルドを誘う。
「残念ながらね」
幸せそうに食べるお前の姿を見ているだけで、胸の奥からどんなドルチェよりも甘い甘い感情が溢れてくるんだ。
それだけでおなかがいっぱいで、これ以上は入りそうに無いんだよハニー。
「ああ勿論、お前が食べさせてくれるのなら別だけれど?」
「――ったく。この甘えたオヤジめ」
ドルチェを背に乗せたフォークを揺らし、ジャンがベルナルドに口をあけろと促した。
素直にしたがって唇を開くが――新任シェフ渾身のドルチェは、ベルナルドの口まで届かなかった。代わりに訪れたのは、もっと甘い、恋人からの口付け。
悪戯っぽく笑うジャンカルロ。
「さっきの言葉を訂正しよう。可愛らしさで勝負するんだったら、俺達は明日にでも世界を征服できるとも」
だからそんなに誘わないでくれ、ジャン。
お前という幸福でいっぱいすぎてもう何も入らない俺の胸と同じように、お前の中も俺でいっぱいに埋めてしまいたくなるから。
甘いキスを味わいながら、ドルチェが入らなくなったら困るだろうと問うたベルナルドを、ジャンは笑い飛ばした。
「大丈夫さ、――ドルチェは別腹だから!」
それはとある平日の午後。
いつも通りの、甘い甘い恋人達の出来事。
2010/06/03 「幸福」