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    wave_sumi

    いろいろなげすてる。最近の推しはなんかそういったかんじ
    性癖が特殊。性転換が性癖

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    wave_sumi

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    萩の餅 鳩が豆鉄砲を食らった顔をしているに違いない。この小娘は何を言い出すのか。自分の使いに任命しろなどと、自らを省みないことを言う。興味本位なのか、純粋な好意なのか、判断できない。ただ、手作りしたというおはぎは、異様に食べやすかった。大正のころ、鬼を狩っていたころを思い出す味だ。

     あの頃、不死川は鬼狩りとして、二つの脚で地を駆けた。今でも脚は機能しているが、便利なので翼にばかり頼る生活となっている。冨岡はもっとひどいだろう。水の中でしか生活できない。一時的にヒトの脚になる術を知ったと聞いた。本当だろうか。
    「全く。見ていられません。なにをウジウジしていらっしゃるのですか。不死川様は冨岡様のことが好きなのでしょう。おはぎの試食をしていただいた時に、冨岡様から色々伺いました」
     は。なんだアイツ。この娘に何もかも話しやがったのか。つーかこいつ、察する能力高すぎだろ。
     不死川が唖然としている間にも、アオイは理論を並べて、不死川をまくしたてた。やれ、一緒にうなぎを食べに行ったことだの、冨岡が不死川におはぎをプレゼントしただの、百年も前の話がぼろぼろと出てくる。もはや聞くのが居たたまれなくなって、不死川は、アオイの提案を呑んだ。
    「あー……そこまで言うんなら好きにしろォ」
    「わかりました!」
     アオイは目をきらきらとさせて、おはぎの残りを不死川に差し出した。にこにこしながら、不死川に次々と質問を投げる。ぽつぽつと答えながら、不死川はもくもくとおはぎを食べた。
     丁寧に、ほどよく潰された小豆の皮が、萩のように舌上でゆらめく。ざらりとした舌触りが、赤みの強い燃えるような紫色のちいさな花を思わせた。何度か噛めば、枝垂れるように喉へと流れる。おはぎに喉ごしというものがあれば、これは間違いなく一級品だ。豆の味と触感を感じて(ついでにもち米の、つかれすぎていない噛み心地も)、こくりと飲み込んだ。
    「つーかこの餡、大正と同じ味がすんだけどよォ」
     指についた粒あんのかけらを舐めとり、不死川はアオイに尋ねた。
    「何を使ってやがんだァ」
     ぱちぱちとアオイが数度瞬く。何を当たり前のことを。そんなことを言いたいような瞳が、冨岡に似た青い色の瞳が(そこに乗る感情の種類は冨岡と比べ物にもならない)きゅ、と震えた。
    「ざらめ糖です。仕入れ先から、その方がいいだろうとアドバイスをいただきまして。精糖技術が未熟だったあの時代に近いものを」
     そうか。不死川はすとんと納得した。だから、あの味を再現できたのか。不死川は冷たい床を掃くように、翼の居住まいを正した。ほんのわずかに散らばったほこりが、すうと羽根先に纏わりついている。
    「私は、あなたが気になります」
     は? 口の悪い不死川の口からこぼれた音は、アオイの耳にも伝わった。不機嫌ではない。どうしてだろうという純粋な疑問。俗に不良少年と呼ばれる人種がよく発する声だ。その疑問へ、アオイはまっすぐに向かい合った。
    「あなたは傷だらけです。私はそれを何とかしたいと思っています」

    ■■■

     今更何を、と。喉まででかかって、それを出すのをやめた。百年も生きていれば、そんな判断くらいつく。鬼狩りのころだったら、まだわからないが。
     不死川は、眉間にしわを寄せて悩んだ。かんざき、神崎アオイ。蝶屋敷で医療助手をしていたあのころを全く変わらない。えらくまっすぐなところも、患者に対する毅然とした態度も、料理がうまいところも。
    「どこの傷だァ。見ての通り、身体の傷はとっくに塞がってんだよォ」
     アオイのあきれたため息が、拝殿の中に落ちる。何を言っているのですか。ぐさり。不死川の心に、言葉が刺さった。次々と、的確な言葉が不死川の胸を刺す。胃袋が満たされたあとに、この仕打ちは何だ。
    「現代医学では、肉体以外にも心の傷が重要視されています」
     心の傷。知るかそんなの。無下にあしらおうとして、まっすぐとした少女の視線に失礼だと向き直る。
     しばらくの説教のあと、不死川はアオイの申し出をしぶしぶ了承した。引き換えとして、戻ったらおはぎを作ることを条件に入れた。
     それから数日して、不死川は南へ旅立った。渡り鳥のようだと思いながら、アオイはその飛び立つ姿を見送ったのである。

    ■■■

     不思議な関係だと思う。神様におはぎを捧げて、愚痴を聞く。しかもその愚痴は、神様の思い人なのだから始末が悪い。そして、その思い人はアオイの兄(のような人)と両思いなのだ。
     おはぎを食べながら酒を飲む鶴の神様を見て、アオイは呆れたため息を吐く。
    「実弥様。そのようなことではいくら待っても冨岡さまに振り向いていただけませんよ。何をあきらめているのです。無間に時間があるのなら、無限にチャンスがあるということです」
     ぴしりと言い切ったアオイに、不死川はたじろいだ。おォ、などと声をだすことしかできず、情けない限りである。
    「もう、なんですかその態度は。まどろっこしい!」
     ぴしりとアオイが言葉を切る。不死川からおはぎを取り上げ、滾々と説教を垂れた。
     いつの間にか冬を越えて、梅の花が芽吹いている。
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