アベンチュリン・タクティックス ルート1 第9話:花嫁は宙を舞う『みんな、お待たせ!! お待ちかねの第28回琥珀祭ミスコンを始めるよ!!!』
ステージを映し出すテレビから、元気な司会者の声が聞こえる。蜜柑のような橙髪の子が映し出されていた。
出場者である星は花火に用意してもらった衣装に着替え終わると、ソファが並ぶ控室に移動。ゆっくり待機していた。
他の子たちは鏡の前に立ちメイクや服のチェックをしたり、台本を手に持ち、ぶつぶつと呟いてアピールタイムの復習をしている。出場者やスタッフが廊下をせわしく行き交っていた。
最終チェックの前にリラックスするように指示を受けていた星は、ソファに1人座っていた。
時間が近づけば近づくほど上がっていく心拍数。落ち着かなければ、と星は目を閉じ、ふぅと息を吸い込む。
そして、時間をかけてゆっくり吐き出す。それを何度か繰り返していると、早鐘のようにうるさかった鼓動も落ち着いていた。
テレビへと視線を戻すと、制服姿のけいちゃんがマイクを持ち、ステージに立っている。自身の魅力とトーク力を生かし会場を沸かせていた。
どうやら先ほどのステージ発表に続き、けいちゃんが進行らしいが………。
『やっほー、みんなぁ! スペシャルゲストの前ミスコンクイーン花火だよ~。今日はよろしくねぇ♡』
『スペシャルゲストはなんとなんと! 前回のミスコン優勝者の花火ちゃん!! よろしくね!』
「————え?」
けいちゃんの隣に現れた黒髪ツインテールの華奢な少女。桃色の目を弧に描き、観客席へひらひらと楽し気に手を振っていた。
………聞いていない。
あのプロデュースをしてくれていた花火が?
スペシャルゲストで? しかも前回優勝者?
星は何度か花火に前優勝者を尋ねていた。しかし、頑なに教えてくれず、ただ愉悦の笑みを浮かべるだけ。
返ってくる返事はいつも同じで、「前優勝者は審査員席にいると思うから~、当日のお楽しみにね」とはぐらかされた。
………なるほど。こちらの反応を楽しむために黙っていた……きっと花火は心の内でほくそ笑んでいるころだろう。
『……って、ちょっと待って!? 花火ちゃんは今日は審査員じゃない!? 毎年前回優勝者は審査員だよね?』
『うん! でも、花火はあんまり審査員とか~、堅いことはしたくないのぉ~。ゲストなら気楽に楽しく見られるでしょ~』
『確かに……私も審査員をやらないかって誘われたけど……って話が脱線脱線! スペシャルゲストも登場してくれたということで、次は今日の審査員を紹介するよ!』
けいちゃんが順々に審査員を紹介していく。教員や学園長の他に、カンパニーの役員らしい人がいたり、卒業生らしいモデルの人がいたりと、星の想像以上に本格的だった。
『皆さん、今日はよろしくお願いしますね~! ………ってあれ、空席が一つあるみたいだけど……』
『あれは花火の席だよ~。花火の分が空いてるの~』
本来花火が座るはずだった空席の審査員席にカメラが向けられる。ネームプレートはないものの、マイクなど他の物は準備されていた。
『心配しなくてもいいよ~代理を呼んだから大丈夫♡』
花火は空席へと手を差し伸ばす。すると————。
『花火先輩の代わりを務めます、生徒会長のアベンチュリンです。今日はよろしくね。みんなのショーを楽しみにしているよ』
「!?!?」
自身のネームプレートを持参し現れたのはハニーブロンド髪を揺らす青年————現生徒会長アベンチュリン。
綽然とした足取りで歩く彼はカメラに視線を向けると、慣れたようにウィンクしていた。
制服に着替えていた彼は、にこやかに微笑み座る。これは一体どういうことだろうか………?
映し出されているものが信じられず、星は画面を食いつくように見る。頬をつねって確かめるが、痛みはある。どうやら、数分の内に起きた事は全て現実らしい。
しかし、これは星にとってラッキーだ。審査員の視線も気になっていたので、1人でも知り合い、それも恋人となるとどこか安心できる。
そうして、星は花火のお付きの子とともに最終チェック。前にスタンバイしていた子たちが次々と呼ばれていく。
あと前にいる2人が行けば、次は自分の番。今になって緊張してきた。
「18番の方、こちらで準備をお願いします」
「はい」
星はいよいよ階段の前へと立つ。階段の先は、テレビで見ていたあのステージだ。聞こえてくる歓声はヤンキーたちの怒号よりも大きかった。
『続いて18番です! さぁ出てきちゃって!』
けいちゃんに呼ばれ、星は一歩踏み出す。震える足で力が入らない。途中で体勢を崩し転びそうになるが、素早く手すりを掴み、転倒は回避。
だが、このままではまずい。これで上がっても緊張で上手く話せないかもしれない。
『もし緊張したら、僕だけを見てればいいよ』
本番前会った時にアベンチュリンからもらったその言葉。
そう、彼だけを見ていればいい。審査員席にいる彼のことを考えていればいいのだ。今いるのは自分とアベンチュリンの2人きりの世界。そう思うと、自然と震えが消えていく。
カツン————。
力強いヒールの音が階段に響き、星は太陽とライトが照らす壇上へと上がる。
「星様だ!!」
「え、あの子って女の子だったの!?」
「やっぱり可愛いな……」
ホストカフェで接客した人たちも来ているのか、すっかり星の虜になった彼らは声を上げていた。
「お母さん、あのお姉ちゃんお姫様みたい……」
「そうね。とってもかわいいお姫様だわ」
「うん! すっごくかわいい!」
声を上げ目をきらめかせる少女。少女は興奮のあまり立って、母親に必死に話していた。少女が指を指す先にいたのは、純白のウエディングドレスを見に纏った星。
練習時に着ていたものより裾は長く、花嫁のよう。意匠が施された花模様のレースに、滑らかなシルクの純白ドレス。
襟は長く、素足は見せない。手首まで隠す長袖とハイネックで、露出の少ないAラインドレスだった。
ベールから顔を覗かせる星の手元には1つの花束。自分のカラーのオレンジ色の薔薇とアベンチュリンカラーの薄萌葱の薔薇があった。
シンプルなデザインと星の大人びた雰囲気も相まって、気品に満ち溢れるお姫様がいるよう。
清廉された美しさを持つ彼女に、見とれてフリーズしている人、『可愛い! わたしもあんなお姫様になりたい!』と憧れの眼差しを送ってくる子もいた。
でも、やっぱり手は震える。上手く笑えているだろうか?
星は震える手を隠すように裾をぎゅっと握りしめる。
自分は笑うのが下手だ。いつも鏡で見る顔は無表情で、上手く笑えない。だけど、アベンチュリンといる時だけは上手く笑えている気がする。
アベンチュリンに視線をやれば、安心させるような笑顔を見せてくれた。ああ、大丈夫だ。練習通りにできる。星は自然と柔らかな笑みを浮かべていた。
先程のステージのお返しとして、アベンチュリンに楽しんでもらおう。
「では、名前はどうぞ!」
「A組の星です。よろしく」
「ふふっ、星待ってたよ。出てくれるなんてほんとに予想外! よかったら、出場のきっかけとか教えてくれる?」
「この花火先輩に命令された。ほぼ強制だよ」
「ちょっとぉ、芦毛ちゃーん嘘言わないで~。花火は誘っただけ~」
「なんと! 前回優勝者に誘われた!? これは優勝候補かな~!?」
期待の目を向けてくるけいちゃん。優勝候補と言われるのは嬉しい。ただ花火が前回優勝者だったのが意外すぎて、ピンとこない。
「ではアピールタイムだよ! 時間は10分間! 星、頑張ってね!」
「ありがとう」
さて、ここからが勝負だ。アベンチュリンとの旅行チケットを獲得するためには、ここを頑張らなければ。
見ててね、アベンチュリン————。
ステージ中央に力強く立つ星。覚悟を決めた彼女は首元の服を掴み、脱ぎ捨て空へと投げる。下着姿になると思ったのだろう、観客席から声がキャーと声が上がった。
「星ちゃん!?」
「ふふっ」
突然の行動に声を上げるけいちゃんと、愉悦の笑みを浮かべて花火。全てを知っている花火は誰よりも楽しそうだった。
別に下着姿になるわけじゃない。裸になるわけじゃない。花嫁姿から戦士に変わるだけ。
素早く戦闘服へと着替えた星。このアピールタイムで何をするのか散々悩んだ。悩んだ結果————演武をすると決めた。
普通の女の子みたいに料理が得意でもないし、研究発表できるほど頭がいいわけではない。ダンスはできないけれど、ケンカなら誰よりもできる。
だから、演武。星にぴったりのパフォーマンスだった。
どこかなじみのある黒のコートがステージ脇から投げられ、ひらりとつかみ取り軽やかに袖を通す。
純白のドレスから早着替えをした星は、白の大きめのトップスに黒のミニスカート、そして黒の手袋。コートの所々に黄色の胸元にはチケットの形をした黄金の装飾が付けられていた。
また投げられてきた槍を掴み、星は力強く構える。
舞台脇から敵が現れ、星は軽やかに倒していく。上に跳ね、地面につくギリギリまで屈み、相手の足を刈る。
全て演技。それでも星の技術は輝いていた。普段不良たちと戦っていたのが功を奏していた。
「ハッ———」
軽やかに助走をつけ、敵の頭上をジャンプ。ライトに照らされた灰色髪が綺麗な弧を描く。
相手の股下を懸け、猛火を纏うような紅の槍を振るう。観客の瞳に映っていたのは本物の戦士だった。
可憐に舞って回避する星の姿に誰もが見とれる。たまたま通りかかった者も、横脇に控えている次の出場者も。自らプロデュースをした花火ですら、言葉を失い固まっていた。
スタッ————。
全ての敵を倒した星は、静かに着地。決めとして、槍先を地面につけ、深く頭を下げる。
やり切った………自分にできることの全てを出せた。
会場はわっーと沸きあがり、観客席はみなスタンディングオベーション。星に送られる拍手喝采は、耳を塞ぎたくなるほど大きい。
上がっていた息を整えつつ、星は周りを見渡す。緊張からの解放と達成感に満ち溢れ、世界が輝いていた。
自分の能力を存分に発揮できた。
あとは運が自分に味方してくれるのを待つだけ————。
「星ちゃんのアピールタイムでした! 星ちゃんありがとう!!」
そうして、帰り際にアベンチュリンと目があった星。彼は微笑みとともにひらひらと手を振ってくれた。口パクで「かっこよかったよ」と言ってくれた。
手を振ってあげるだけではつまらない。返しに星は。
「ちゅっ」
いつかテレビで見たアイドルのように、恋人にキスを投げた。半分おふざけ、半分本気で、今までの可憐さとは真逆のチャーミングな星。見る者によってはハートを飛ばしているようにも見えた。
アベンチュリン、きっと喜んでくれるよね?
「————え?」
てっきり笑ってくれるのだと思っていた………だが、胸を押さえている。
なぜ?
え、心臓発作?
死んじゃう?
心配になり、槍を投げ捨て駆け出そうとする星。しかし、アベンチュリンはいつも通りに戻り、こちらに来なくてもいいと手で制止する。
一時するとアベンチュリンは柔和な笑みを見せてくれた。ひとまず大丈夫なようだ。
すっかり緊張が消えていた星。上がっていた肩もストンと落ち、ステージを下りる頃には観客やカメラに手を振るまでに成長していた。
★★★★★★★★
アベンチュリンが審査員席にいる。
それだけで他の出場者たちは『負け』を確信していた。星から見てアベンチュリンは優しい恋人、たまに尽くされ過ぎて居た堪れなくなるほどのスパダリ彼氏。
その認識は全員一致していた。アベンチュリンを“恋人を溺愛するあまり、人さえも殺しかねない彼氏”だと思われている。
そんな彼氏が彼女の出場するミスコンの審査員なら、少なくも彼の1票が星に行く。
笑顔を浮かべていた彼ではあるが、『星が一番だよね? 分かってるよね』とそんな笑みを他の審査員にも向け、圧を掛けているようにも思えた。
勝気な者はそれでも諦めなかった。勝者となるのは自分、花火の次に王者に就くのは自分だと。しかし、その夢さえも壊される。
「すごい……」
テレビを見ていた出場者の1人が感嘆の声を漏らす。映し出されていたのは大勢の敵に囲まれながらも、果敢に戦う星の姿。
可憐な動きだった。艶やかな灰色の髪が三日月のような弧を描いて揺れ、宙を舞う少女。複数人の敵に対し、彼女は1人。
演技とはいえ、失敗できないパフォーマンスに一切緊張を見せない涼し気な表情を浮かべる彼女に、観客だけでなく出場者全員が見惚れていた。