「なぁ、知ってるか?この学校には秘密の地下室があってそれを見つけた奴はなんでも願いが叶うって噂」
「おれは美少女が叶えてくれるって聞いたけど」
「あれ?それって化け物って噂じゃなかった?」
ずっと語り継がれている、まったく信憑性のない噂話。
誰が広め始めたのか、地下室は存在するのか。
クラスメイトたちと顔を見合っても解決することはなく、真剣な顔に一人が吹き出せば周りもつられて笑いだす。
その話に耳をそばだてる4人組がいるとは知らずに。
***
「まさか、"また"あなた方と会うなんて。しかも同じクラス」
「そんなこと言うなよ。ここで会うのも何かの縁だろ、アルシュ」
「そんな縁、私はお断りですけどね」
銀色の長髪を靡かせた美人──アルシュは溜息交じりに茶髪の男子──ケイへ答えた。
その傍には興味なさそうにしている黒髪の男子──黒川。
それと、同じように興味がないと外を眺めていた銀色の獣人──シルヴァの猫耳がぴくりと動いたのをアルシュは見逃さなかった。
シルヴァの見つめる先には他愛のない噂話をしているクラスメイトの姿。
「ご主人さま……」
ぽつりと呟かれたそれは4人の目的を一致させるには十分だった。
***
あの噂には続きがある。
秘密の地下室を見つけた者は何でも願いが叶う。ただしそれを見つけた者は一人もいない、という。
ある日のこと。
授業の一貫で森での魔獣討伐を行うことになった。
範囲は限られるが、初級魔法で倒せる程度の初心者向けの魔獣しか出ないとされている。
各々が自分の得意な魔法で実力を発揮する、そんな時だった。
季節も生息地も違う大型の魔獣が突如現れた。教師は急いで生徒を誘導するが、木の根に足を取られ挫く者、竦んで動けない者もおり避難もままならない。
そこに一人の獣人、シルヴァが飛び出しては剣を構える。
仕方ないと深い溜息を吐いたアルシュとケイは魔法で魔獣の動きを牽制し、黒川は集まってくる魔獣を薙ぎ払った。
対人戦も対魔獣戦も前世で散々してきた彼らには、わざわざ逃げる必要もないのだ。
さっさと終わらせる、はずだった。
今世は、前世と違って身体は思ったように動かず、苦戦を強いられた。
長い年月をかけて染み込ませた戦術も習ったばかりの魔法もイメージ通りには作動してくれない。
こっちの魔力は有限で、今はそれを補えるものもない。
やっと魔獣が弱り始めた頃。早く終わらせないと身が保たない、とシルヴァはジリ貧の体内から魔力をかき集めて攻撃魔法を放とうとしていたのだが、魔力を使いすぎたせいか、くらくらする。
周りを見ても自分のことで精一杯のようだ。
この一撃さえ出せれば、終わるのに。
そんな絶望の最中、淡い光が降り注ぐ。
「祝福だ」
それを見知った彼らの呟きは、「女神の祝福だ!」と何も知らないクラスメイトたちの嬉々とした声で掻き消された。
光とともに白く眩く光る人影がシルヴァを包み込む。
構えた杖に手が重なり、温かい魔力が流れ込んでくる。
身体中、魔力で満たされた獣人は特大の攻撃魔法を力いっぱい叫ぶ。
「────!」
食らった魔獣はよろよろと力なく倒れ込み、収束の合図となった。
安堵した獣人は、懐かしい"彼"へ褒めてもらおうと後ろを振り返る。
「やりましたよ、ご主人さま!」
顔を向けた先にその人はおらず、出会えていないのだと実感し項垂れるのであった。
***
淡い光が降ったのは森だけではなく、校内にも校長室にも降り注ぐ。
「やっぱりあの噂は本当なんですね」
「あぁ、この力を使えるのは一族しかいない。しかも正体はおそらく」
男は"生死不明、死体は見つかっていない"と書かれた文字列をなぞる。
「では手に入れれば地位も権力も、すべてが思いのまま」
「見つけられれば、の話だがな」
「生徒に見つけさせましょう」
校長と副校長のこそこそ話のそばには鉄枷の首輪が鈍く光る。
「でも。もし彼らがいたらどうしますか?」
副校長の示す先には"4人の従者がいた"という文章。
「悪魔、吸血鬼、人間、獣人、だったか。奴らより先に見つければいい話だ」
後日、ばさりと投げ捨てられた4枚の紙。
とある4人の生徒の情報がそこには書かれていた。
"調査報告書"
アルシュ・フォード
種族:悪魔
ケイ・ヴィーリー
種族:吸血鬼
黒川 眞孝
種族:人間
シルヴァ・ノイル
種族:獣人
「邪魔だな」
静かな校長室に不穏な声が響き渡るのだった。
終わり
2023/11/25