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    こみや

    @ksabc2013

    こみやです!
    杏千界の片隅で細々とやってます

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    こみや

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    杏千プチの無配です
    スペースが「タ20a」だったので夏の夕方の話を書きました!

    #杏千
    apricotChien

    2022.07.24「夕」 夏が好きだと言う兄は見た目からしていかにもと思いがちだが、実のところその責務に則してのことだと千寿郎は知っている。
     休みの日ですらふと暮れた空に憂いの視線を投げるのも同じ理由だろう。兄は今ここにいれど、同じ空の下で今まさに鬼に襲われている人が、そして鬼と対峙している隊士がいるかもしれない。それが劣勢であれば、誰かが駆けつけてくれるか、はたまた――。
     せっかくの静かな宵にそんなことを巡らせ、とっさに首を振る。昼間は歩くだけでぽつぽつと汗の噴き出すような盛夏であれど、日が暮れてしまえばそよそよと心地の良い風が昼間の熱を冷ましていく。夜も八時前という時間にして未だほんのり明るい空に目をやればどこか不思議な安堵を覚えるのはひとえに昼が長いからだ。昼が長ければ、ましてや夏の晴れ空続きとなれば、鬼狩りにとってはひと息のつける季節となる。兄を始め、いつもは激務に明け暮れる柱に次々休みが与えられるのもむべなるかなといったところだ。
     して七日と長い休みの初日に兄はいつも通り生家に帰ってきた。他に色々したいこともあるだろうに、まず真っ先に千寿郎に会いたかったと帰ってきてくれたのだ。
     その足で二人連れ立ち母の墓参りに行った。ついでにとあまり気取らない芝居を観に行った。噂に聞いており、一度観てみたかったものがちょうど日付も合ったという。
    「付き合わせてしまってすまないな」
     言いながらいつもより随分と豪勢な夕食を兄の勧めの店で済ませた。お品書きに記された値段に千寿郎は目を剥いたが、兄曰くここは少しまけてくれるのだという。以前、兄がここの亭主を鬼の手から助けたことがあるらしい。なかなか繁盛している店ながら、いかにも店の者ではない恰幅の良い男性が嬉しそうに料理を運んできて知った。
    「お代は結構です」
    「いいや、払わせてもらう」
     そのやりとりが行き交うのを間で千寿郎はいくらほど目で追いかけたか。ごゆっくりと主人が下がっていったのを見計らって兄が珍しくため息をついた。
    「払わぬままだと気が引けて、足を運ぶにも遠慮が出るだろう。うまい店だし、折に触れて訪れたいのだが」
     兄の言う通り、手始めに口をつけた吸い物は、出汁もちょうどよく思わず続けて三口は飲んだ。米もそうだ。どんな釜を使っているのか、千寿郎が普段自宅で火を噴き煽り炊いているものと粒の立ちが違う。思わず箸で摘み上げ、艶やかな様に目を見張る前で、兄がふと二年前の話を始めた。なんでも明け方のことだったという。鬼を滅し、二言三言交わして去ろうとする兄の腹が盛大に鳴ってしまったらしい。元々大食漢であるのが、一晩中何も口にせず鬼を狩っていたのだから当然だ。あまりの轟音に目を剥いた男は、だがすぐに相好を崩し、礼だと朝飯を馳走してくれたという。それからの付き合いなのだそうだ。
     思わぬ繋がりを聞きながら夕食を終え、ぶらぶらと兄と二人街道を行く。その辺で車でも捕まえようと兄の提案ついでに千寿郎には物珍しい、宵の街を眺めることにしたのだ。
     大都会とはいかずともそれなりに栄えた町は、夜に差しかかってなお人の波も明かりも途絶えない。お陰で見上げた兄の横顔が街灯に照らされる様は、普段家で目にするより輪郭をはっきりとさせ、その精悍さを内の清廉さも合わせ際立たせる。
     それに自ずと熱っぽい吐息が漏れた。
     美しい人だと思う。素晴らしい人だと思う。そのまっすぐな瞳に使命を灯らせ、広く人の命を守り、己の責務に忠実な姿は人から尊敬を集めてなお余りあるほどだろう。この人が血の繋がった実の兄であること――何より、宵に紛れてこっそりと手を繋ぐような仲であることが未だ信じられなかった。
     久方ぶりの兄の手は、昼の太陽を宿したかのように熱い。だが離れたくなるものでは決してなかった。いっそその熱が千寿郎の胸の奥までも入り込み、心のすべてを満たしてくれたらと願うものだ。
     いいや、その方法すらすでに知っている。手を繋ぐよりずっと深く交わって、熱に浮かされる一時を千寿郎はもう何度も経験している。兄の大きく男らしい手に背を腰を預け、その逞しい肩に抱きつくような一時を。
     こんな町中でそんな想像に及んでしまったことに自身でも驚きそっと兄に寄った。なんてはしたない。すれ違う人のちらり向けられる視線が、千寿郎を嗜めているようにすら思えて、今度は兄の袖に隠れた。通り過ぎる店を指していた兄の他愛もない話がふと止み、その歩までもが止まった。
     街灯を向こうに追いやりながら、兄が顔を覗き込んできた。
    「少し疲れてしまったか」
     慌てて首を振ったが、少しかさついた指は構わず千寿郎の頬を撫でてきた。もう帰るか。尋ねてくる声は幼子に聞かせるように優しく、それがますます千寿郎の恥じらいを煽った。
     そうではないのだ。こんな往来で。千寿郎の内心があまりにも素直に表に向かうのはきっと生まれつきでもあるのだろう。頬に居座った熱には恥じらい以外のものも含まれており、ましてや手慣れた兄ならそれをすぐに感じ取ってしまうとわかっているのに隠すことすら叶わない。
     僅かに兄の目が細まったのは、おそらくそういうことだろう。
    「よし、帰ろう」
     声はつとめて明るく、だが引く手はどこか強引にも思える。ぱっと見かけた車に手を上げ、運転手と交わすやりとりは耳に残らぬほどの間であり、すぐに磨かれたドアが千寿郎の前で口を開けた。
     そこに半ば押し込まれるように、さらには兄の大きな体で栓をされるように隅へと追いやられ、狭い視界の中を運転手が前に向かっていくのを思わず目で追う。
     だがそれもすぐ遮られてしまった。ずっと近くに迫った兄の顔がさらに近づき、唇を奪ってくる。あまりの早さに呆けているそばからブルンと重い音が振動が千寿郎の身に響く。
     それをやんわり押さえつけるように腰へと回った手は、ついぞ家の門が見えてくるまで離れることはなかった。
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