100g98円 一緒に暮らし始めてから、食事当番は暁人の役割だった。妹と二人で暮らしていた頃から自炊をしてきたこともあり、KKと二人で暮らし始めてからも「僕がやるよ」と進んでその役割を担ってくれた。KKも作ろうと思えば作れないこともないのだが、暁人の優しさに甘えている。
だが大学の授業で遅くなったり、バイトが長引いたり。どうしても時間がないときはKKが台所に立つことも度々で。そして今日がその日だった。暁人から「遅くなりそう」というメッセージが届き、「ならオレが作る」と気まぐれで返したのが15時頃。帰宅は20時頃になるらしく、スウェットから適当なTシャツに着替え、こうして17時。買い物かご片手にKKはスーパーの入り口に立っていた。
「さ、て。」
一体何にしよう、と精肉売り場を眺める。と言ってもKKのレパートリーは少ない。適当に刻んで、炒めて、茹でて、煮るだけだ。凝ったものなどまるで作れない、典型的な男の料理だ。暁人はよく動画サイトなどを巡り、新しいレシピ探しをしているようだが、そんな考えは一切無く。スーパーで目についた材料で作ろうという、一期一会の出会いを求めていた。
暁人はよくインターネットでスーパーのチラシを眺めながら「今日は肉が安い」だの「牛乳が安い」だの呟いていたことを思い出したが、いざ肉の山を前にしてもKKにはその違いが何もわからなかった。豚こまと切り落としの違いすらわからない。かろうじて分かるのは、国産が高くて、ブラジル産やらオーストラリア産が安いということくらい。しかしその知識が正しいかどうかも怪しいところだ。
「……これでいいか。」
とKKが手に取ったのは、300gの豚こまだ。100g98円。とりあえず量が多くて安かった。選んだ理由はそれだけだ。男二人でも多い量だろうが、食卓に大食らいが座るのならば、これくらいの量はぺろりだろう。
メインの食材が決まれば後は早い。自分のレパートリーと照らし合わせながら、出来るレシピを脳内から引っ張り出す。鮮魚コーナーを通り過ぎ、野菜コーナーに足を運ぶ。キャベツとピーマンと人参と、暁人が好きだと言っていたしめじもカゴに突っ込んでおく。確かこの間暁人と一緒に買い物をした時、有名な中華調味料を買い足したはずだから、味もそれで十分。白米は朝、暁人が炊いていたので、今晩食べるくらいには十分な量が残っているはず。
レジへ向かう途中の果物コーナーで、フルーツの盛り合わせがあったからそれもついでに突っ込んでおく。ここまで用意しておけば、さすがのお暁人くんも満足してくれるだろう。
よしよし、と頷きながらKKはレジへ向かった。夕方の時間帯。人の多いレジの列に並びながら、好きな相手のことを考えながら料理をするのは楽しいものなのだな、とKKは考える。そしてこんな気持ちでいつも暁人は料理をしてくれていたのかとも考え、途端に胸が熱くなる。
「……オレは幸せもんだなぁ。」
幸せを噛みしめるKKの呟きは、スーパーのアナウンスに掻き消される。ふと壁にかけてある時計に目をやる。18時前。家へ帰るまでの時間と、普段料理をしない男の調理時間を考えると、スーパーにいられるデッドラインは近い。レジを通過し、貰ったレジ袋に買ったものを適当に突っ込んで車に乗り込むと、愛しい恋人の帰りを待つべく、KKは車のアクセルを静かに踏み出したのだった。