ぼくのヒーロー◇◆──────────
屋台にならんだお面に夢中になって、となりにいるのが知らないひとだと気がつかなかった。
あれがほしい、と言ったら、知らない女のひとたちが、おこっているみたいなかおをしてぼくを見た。いっしょにいたはずのお母さんとお兄ちゃんは、あたりをきょろきょろ見渡しても、どこにも見当たらなかった。
おかあさん、と呼んでも、行き交う人びとがみんなおしゃべりをしているから、ぼくの声はかき消されてしまう。もうお面なんてちっともほしくなくなった。みんなぼくより大きくて、知らないかおばかりだ。
目のおくがいたくなってきたけれど、ぼくは首をふってこらえた。お母さんはいつも、男の子なんだから泣くんじゃないって言う。泣きたくて泣いているんじゃないのに。
どっちに歩いていけばお母さんに会えるのか、わからない。わからないけれど、歩かなければ探せない。ぼくは「カン」を信じて、歩きはじめた。お母さんは今日、ぼくが着ている「じんべい」と同じ色のゆかたを着ている。黒と、濃いあおの間みたいな色だ。
歩きながら右を見たり、左を見たりして、お母さんのゆかたを探した。あの人はピンク、あの人はみずいろ、歩いても歩いても、お母さんとお兄ちゃんがいない。もう一生、お母さんとお兄ちゃんに会えなかったらどうしよう。おうちにかえれなくなったらどうしよう。もうなみだが出てくるのをこらえられなかった。ぼくはそでで目をこすりながら、それでも歩いた。
りんごあめの屋台に、浴衣を着たひとが立っていた。黒と青のあいだみたいな、ぼくの着ている「じんべい」と同じ色の浴衣。かみの毛は黒くて、ちょっと長くて、うしろで一つにまとめている。
お母さんだ、とおもって、ぼくはその人のもとへかけ寄った。裾をひっぱると、上から声がした。
「おっと…どうした、坊や」
男のひとの声だ。浴衣を着ていて、かみの毛が長いから、女の人だと思った。もちろん、お母さんじゃなかった。
ごめんなさい、まちがえました、と言おうとおもったのに、口をあけたらうわああん、としか声が出てこなかった。
「わっ⁉︎ あ〜、もしかして迷子か」
男のひとは、しゃがんでぼくのかおをのぞきこんだ。お母さんと同じくらい、きれいな顔のひとだった。
「おかあさん…」
「母さんと一緒に来たのか?」
「うん」
「お前、名前は?」
しゃくり上げながら、おにいさんになまえを言った。そうしたらおにいさんは、「えらいぞ」と言って、ぼくの頭をなでた。男のくせに泣くなって言われるとおもったから、ぼくはすこしびっくりした。
「泣きてーときだってあるよなぁ」
ぼくの頭をなでながら、おにいさんはスマホでだれかとおはなしした。むずかしくて、何をはなしているのかはわからなかった。おにいさんがおはなしを終えたとき、ぼくはいつのまにかおちついて、泣きやんでいた。
「おっ、泣き止んだか」
おにいさんは親ゆびでぼくの目もとを拭って、にっこり笑った。
「よし、母さん探しに行こう」
手を引っ張られて、ぼくはおにいさんについて行った。お母さんのいる場所がわかるんだろうか。
とちゅうのお面やさんで、おにいさんは立ち止まった。
「どれがいい?」
「あれ」
ぼくは、さっき買ってもらおうとおもったお面を指さした。
「よし」
ぼくと手をつないだまま、おにいさんは片手でお金をはらって、お面を買ってくれた。ほら、と、日よう日の朝にテレビに出ているヒーローのお面が、ぼくの頭にかぶせられた。
「ありがとう」
「おう、お前根性あるからな、ご褒美」
おにいさんは女の人みたいにきれいなかおをしているのに、しゃべり方はわるい人みたいだ。でもやさしい。ぜんぶがバラバラで、よくわからない。
それからまた少しいっしょに歩いて、神社の鳥居をくぐった。
「あそこにいるの、母さんじゃないか?」
「あっ!」
こま犬のそばに、女のひとと、男の子が立っていた。
「お母さんとお兄ちゃんだ!」
ぼくはおにいさんの手をはなして、二人のもとへ走った。
「よかった、どこに行ってたの! そのお面は?」
「あのおにいさんがくれた」
「あら、お金…」
「あ〜、いいですよ、俺が勝手にあげたので」
「すみません、ここまで連れてきていただいた上に、なんとお礼をしたらいいか…」
「そういう『係』なんで、気にしないでください」
お母さんと並ぶと、おにいさんはずっとせが高くて、やっぱり男のひとだった。ぼくと話すときよりも声がひくくて、「おとな」なんだなぁとおもった。
おにいさんはまたぼくのそばにしゃがんだ。
「俺はここでバイバイだ。もうはぐれるなよ」
「おにいさん、おなまえ、なんていうの」
「俺の名前⁉︎ …はは、そんなの覚えなくてもいい…」
「おなまえ、ないの?」
「無いこたぁねーけど…あー、『あざみ』だ」
「あざみくん!」
「おう」
「あざみくん、ありがとう」
「おにいさん」あらため「あざみくん」は、てれくさそうにわらった。
「どういたしまして。じゃーな」
片手を上げて、背中を向けて向こうへ歩いていき、あざみくんは人ごみの中へきえていった。
ふしぎなひとだった。また会えるかな。
頭にのせたお面をさわったら、ほんのりあたたかいような気がした。
──────────◆◇ おわり