エイプリルフールについた嘘は叶わない◇◆──────────
黒いソファに寝そべってスマートフォンを操作していた茅ヶ崎は、「あ」と言ってから一つ伸びをして、立ち上がった。健康と美肌の維持のために早寝……なんて、こいつがするはずもなく、向かった先はゲーミングチェアだった。むしろ彼の戦いはここから、というわけか。そんな光景も見慣れたものだ。
俺もノートパソコンをシャットダウンしてから立ち上がり、容赦なく部屋の電気を消した。茅ヶ崎のデスク周りの明かりだけがぼうっと浮かび上がる。カチカチ、カタカタ、クリック音とタイピング音を聞きつつ、俺は梯子に手をかけた。
「おやすみ」
「おやすみなさ……あ、待ってください、あと二十秒くらい」
茅ヶ崎の返事を聞く前に布団に入ってしまおうとしていたが、止められてしまった。
「何……って、ああ、今日は三月三十一日か」
「おっ、わかってますね。あと三、二……」
日付が変わった瞬間、茅ヶ崎は椅子ごと回転してこちらを見た。
「先輩、大嫌い!」
いたずらの成功した子供のような笑顔で、茅ヶ崎はそう言った。その顔を見て俺もつい口元がゆるむ。
「あはは、毎年律儀だな。俺も、お前なんか大嫌い」
「同室なんて嫌です、早く出ていってください」
「お前こそ」
茅ヶ崎は安心した顔をして、ヘッドホンを装着した。ジンクスを逆手に取ったまじないを仕掛けるなんて捻くれたところが、こいつらしいと思う。
そんなに心配しなくても、俺はもうここを出ていったりしないよ。
口に出してしまうと嘘になりそうだから、今は言わない。
──────────◆◇ おわり