風が吹いた◇◆──────────
親友と和解できなかった。
今まで何度も喧嘩をしては仲直りしてきたつもりだ。だけど今回だけは駄目だった。
仲違いというのは、片方が、もしくはお互いに相手に憎悪や嫌悪を抱くから生じるものだと思っていた。だから、きちんと話し合って、自分に非があるなら謝って、誤解があるならそれを解けば元に戻れるものだと、そう信じていた。実際、これまでのたった十五年の人生ではそうだった。
中学の卒業式の記憶が、今後ずっと俺の中で「親友と決別した日」として残り続けるのかもしれない。俺はこの一年、間違い続けていたんじゃないかと思えてくる。信頼していた人物が自分より先に夢を叶えてしまうことの悔しさや虚しさは、俺が一番知っているはずだったのに。
風が吹いて、寮の中庭の桜が薄い桃色の花びらを散らした。俺はベンチに座って、それをぼうっと眺めた。空はむかつくくらい青いのに、俺の心を晴らしてはくれない。
誰かに相談しようとは思わなかった。これは俺と志太の問題であって、誰か無関係の他者を巻き込むことは望ましくない、と、思う。そもそも俺は自分のことについて話すのがあまり得意ではない。
桜吹雪を見ていると、肋骨の内側がざわざわとして、心臓が変に脈打つ。お前は間違っていると、お前が間違えたからあいつは傷ついたんだと、そう責め立てられているような気分になる。
「あれ、莇! 何してるの?」
上から降ってきた声に、はっとした。二階から中庭を覗き込むあいつは、黄色い目を大きく見開いている。
「別に…暇だから」
「えっ何? 全然聞こえないや! オレもそっち行く!」
来るのかよ、と小さく呟いたけれど、当然ながらあいつには聞こえない。ほどなくして、彼は本当にやってきた。風のような奴だと思う。
「うわぁ、今日めっちゃいい天気!」
気持ちよさそうに伸びをすると、ネックレスがかちゃりと音を立てる。アクセサリーを身につける習慣があるところが、初めは意外だと思った。
俺が深刻な状況にあることも知らずに、と恨めしく思いかけて、いや、話していないのだから知らないのは当然なのに、俺はなんて心が狭いんだ、と自己嫌悪する。もう思考回路がとことん駄目になっているようだ。
「春休みってなんか、妙に焦るよね〜」
「宿題終わってねーから?」
「うっ…そのせいかな……」
「やれよ…もう四月入るぞ」
「やってるよ! 終わんないだけだから! 学年上がるのになんで宿題があるんだろ⁉︎ 二年生の課題は二年生のうちに出し切ってほしい!」
「ハハ…」
興奮するとところどころ声が裏返る独特の喋りは、どんより曇った心を少しだけ慰めてくれる。本人にそんな気はないだろうけれど。
「てか、オレ新学期ほんと楽しみ! 莇と一緒に通えるの、夢みたいだよ! つく高選んでくれてありがとう!」
「いや、種中の奴らほとんどつく高だし…」
「えー、そこは嘘でもオレがいるから選んだって言ってよ〜」
口を尖らせて拗ねる奴なんて、漫画かドラマの中にしかいないと思っていた。
「莇、あのさ」
──と思いきや、急に真剣な顔に変わったりもする。
「今日、なんか元気ないけど、不安なこととかある? オレにできることなら相談乗るよ。勉強教えてとかはちょっと難しいけど」
柄にもなく眼球の奥が熱くなった。俺が何も言っていないのに気づいてもらえることが嬉しい。けれどやっぱり、まだ話す勇気が出ない。
「なぁ、アンタさ、明日予定空いてっか」
「明日? 朝丞さんとランニング行くけど、その後は何もない!」
「ローファー買いに行きたい。スニーカーじゃ駄目なんだろ、つく高」
「まだ買ってなかったんだ。いいよ、行こう! その後ゲーセンとか行っちゃう? カラオケでもいいけど!」
「アリ」
「やった! 楽しみ〜! 何時に出る? 八時とか?」
「早すぎんだろ、店開いてねぇよ」
焦燥感と不安でドクドク脈打っていた心臓が、こいつと話しているうちに鎮まっていくのがわかる。問題が解決したわけではないけれど、今は少しだけ、目を逸らしてもいいだろうか。
また強く風が吹いた。彼は少しよろけて、何がおかしいのかケラケラと笑った。
「風強い日って、なんかワクワクしちゃうんだよね」
隣に腰掛けたこいつは、来月から俺の「高校の先輩」になる。多分、一緒に登下校することになるだろう。今でも異常なくらい構ってくるから、それが増すことは想像に難くない。けれど不思議と嫌だとは感じない。
薄紫色の髪に、花びらが乗っている。それを取り除こうと手を伸ばして触れたら、「わっ」と驚かれた。
「ついてた」
「え、恥ずかし! ありがと」
「…九門」
「何?」
やっぱり、話してみようか。
「……何言おうとしたか忘れた」
──近いうちに。
「愛の告白でもされるかと思った!」
「あ…っ⁉︎ バカ、破廉恥だろ!」
「冗談冗談!」
──────────◆◇おわり