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    ナカマル

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    ナカマル

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    #ナカマルのクアザ
    勇気を出す莇くんの話

    こちらの「ハイライト」からストーリーズ形式でお読みいただけます。イメージソングも流れますので良かったら見てみてください。
    https://www.instagram.com/nakamarusuisan?igsh=YTh1d2ltZGtja2ow&utm_source=qr

    たった2文字◇◆──────────

     カン、と軽快な音を立てて、ボールは遠く飛んでいく。これで三球目。あと十七球ある。九門がバットを振るうのを、俺はフェンス越しに眺めていた。
     この全二十球が終わったら、寮に帰ることになっている。チャンスがあるとしたら、九門のバッティングが終わって、一緒に帰路について、寮に着くまでの間だ。
     一体何から言えば。こういうことに関するボキャブラリーが少なすぎて、どうすればいいのかわからない。それでも今日言わない手はなかった。だって、もたもたしていたら取り返しがつかなくなる。

     今日は、校門の前で九門を待っていた。別に約束はしていない。ただ、最近はタイミングが合えばなんとなく一緒に帰るようになっているから、九門を待つことはなんらおかしなことではないはずだった。本当は教室の前まで行って待とうかと思ったけれど、それはやめた。
     待ちながら、もしかしたら九門はクラスメイトと寄り道する予定があるかもしれない、とふと思い立った。スマホには何も連絡は入っていないが、うっかり伝え忘れることもあるだろう。それでも俺は先に立ち去ることはしないで、そこに立ち続けた。
     校門で待っていて、九門が誰かと一緒に出てくるのが見えたら、そうしたら、俺は先に帰ればよいと思ったのだ。
     
     七分待った。結局、九門は一人で出てきた。靴を履き替える九門の姿をみとめ、俺は一度スマホに目を落とした。やたら大股で歩くクセのあるあいつのことだ、一分もしないうちに校門まで来るだろう。そう思った。しかし、画面の左上の時刻がさらに二分過ぎても、視界の端に薄紫の頭が入ってこなかった。
     もう一度顔を上げて昇降口の方を見ると、その薄紫色はまだそこにいた。クラスメイトらしき誰かと話しているようだった。先ほどはいなかったから、俺が目を離している間に階段を降りてきたのだろう。女子生徒だった。
     遠くて顔はよく見えなかったけれど、髪はさらさらとしていて、短くしたスカートから伸びる脚はぽっきり折れそうなくらい細かった。九門を見上げて話していて、話しながら時折、小刻みに跳ねた。彼女が跳ねるたびに、その背中に背負った白いリュックがばさばさと踊った。
     何を話しているか、とか。九門はあの女子生徒と話しながら、なにを考えているのか、とか。そんなの、俺には関係のないことだ。
     そもそも俺は「九門が誰かと一緒に出てきたら、先に帰る」と決めていたはずではなかったか。それなのに俺は、二人を眺めるのをやめられなかった。
     スマホの画面はとっくにスリープして、暗くなっていた。
     
    「あ、」
     目に入った光景に、思わず声が漏れた。
     女子生徒の小さな小さな手が、九門の二の腕あたりに触れたのだ。
     ただそれだけ、それだけのことが、俺の内側をぐちゃぐちゃにかき乱した。俺は一体ここで何をやっているんだろう。自分に言い訳をしてただ見ているだけじゃないか。
     もしかしたら、明日にはもう、あの白く小さな手は、九門の手と繋がれているかもしれないってのに。


     気がつくと俺は昇降口にいて、九門の手首を掴んでいた。いつ校門から歩き出したのか、あるいは走って来てしまったのか、数秒前のことなのに全く覚えていなかった。
    「莇!」
     九門も、小柄な女子も俺を見上げて驚いた顔をしていた。ともかく俺は、この状況に見合った言葉を発しなければならなかった。
    「ごめん、待っててくれたんだ! 今日ど……」
    「バ! バッティング……行かねーの」
     女子がどんな顔をしていたかは、見ていないからわからない。九門のほうは目と口を丸くしてから、ぱっと笑顔になった。
    「バッセン! 付き合ってくれんの⁉︎ 莇から誘ってくれるなんて珍しいじゃん!」
    「……行くなら、早く行こうぜ」
    「だな! 早くしないと夕飯の時間になっちゃう。あ、オレ莇と帰るんだ! じゃあまた、明日!」
     九門は、俺に掴まれていないほうの手を女子に向かって振った。
     俺はそこでようやく数十秒にわたって九門の手首を握ったままだったことに気づいた。ハッとして、それから急に恥ずかしくなって、そっと手を離した。それは確かだった。
     ところがどういうわけか、バッティングセンターへ向かう道すがら、今度は俺の手首が九門に引っ張られていた。
     自分がきっかけを作ったのに、何が起きているのか理解しきれず、戸惑った。
     
     
     カン、ボールが飛んでいく。これで十五球目だ。空振りだったのは二球だけ。
     フェンスの網目に指を引っかけながら、俺はまだ考え込んでいた。さっきまで掴まれていた手首はまだ熱くて、それが俺の思考を阻んだ。
     それでもとにかく、今日、帰るまでに、何か言わなければならない。考えれば考えるほど気持ちは焦る。
     カン、十七球目、十八、十九。
    「次でラストぉ」
     二十球目。ボールは一際遠く飛んで、ネットにぶつかった。
    「よっしゃ! ホームラーン!」
     九門の声はよく通る。
     言わなくては。何を言えばいいのか、結局決まらなかったけれど。とにかく言わなくては。九門に負けないくらい大きな声で。
    「九門!」
    「わぁ! そっか、もう帰らないとだよね⁉︎ ごめんごめん」
    「じゃなくて!」
    「ええ、何、なに? そんなでっかい声出して」
     九門は戸惑った表情で戻ってきた。これからもっと困らせてしまうかもしれない。
    「莇? どした……?」
     下から覗き込むように見つめられると、また違うことを言ってしまいそうになる。
     たった二文字、たった二文字でも、言わなきゃ伝わらない。そのたった二文字を口から出そうとするだけで、心臓がバクバクして、背中を汗が伝う。でも、見ているだけの自己満足で終わるわけにいかないから。
     
     その笑った顔が。
     その優しい声が。
     
     俺は、お前のことが────
     
     
     ──────────◆◇ おわり

    BGM : ねぇ、 / SHISHAMO

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    ◇◆──────────

     九門が靴を買いたいと言ったので、俺たちは地下一階からエスカレーターに乗った。売り場のフロアは七階だから、ここからは少し遠い。けれど、奥のエレベーターはどうせ混んでいるだろう。
     俺は九門の二段後ろに立った。すると流石に九門の方が目線が高くなる。紫色の髪と、ピアスのぶら下がった耳が見えた。
    「買うものあんなら、俺のこと待ってないで行ってきてよかったのに」
    「えっ、全然待ってないよ!」
     話しかけると、九門はすぐに振り返って目を合わせてきた。その振り返り方があまりに急なので、パーカーのフードが一瞬宙に浮いた。

     俺のコスメフロアでの買い物は、短くても小一時間はかかる。フロア中の商品を買い占めることなんてできないから、じっくりと吟味しなければならないのだ。待たせてしまうのは悪いと思うが、こればかりは仕方がない。
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