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    yktuki

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    鍾タルは添えるだけ。
    誤字脱字は後々直します。

    #鍾タル
    zhongchi

    智の渦に溺れるなかれ

    香菱がいる時の万民堂に外れはない、と言うのは璃月では知る人ぞ知る有名な話ではあるが、大衆食堂という形式をとっている以上それが例外になる場面は稀にある。
     例えば、千客万来で店が一等忙しいとき。それかお酒が回った客がはしゃぎすぎたとき。そしてなにより、今。
    「はじまりました!万民堂格付けチェック!今日の特別ゲストはスネージナヤの使節様だよ!」
    いや、なんだこれ。
     仕事が終わった足で旅人に呼ばれるままにタルタリヤが万民堂に来てみれば、夜の璃月には珍しくもない酔っ払いたちの真ん中で万民堂の人気を支える件の看板娘が木べらを片手に椅子の上で音頭をとっていた。お行儀が悪いから止めた方が良い。
     その直ぐ横には香菱の言葉に併せて楽器をかき鳴らす娘さん(たしか辛炎と言ったか)がこちらもご機嫌に身体を揺らし、その横ではニコニコと笑う少年が暢気に茶を啜っていた。
    「提供は飛雲商会さん!代表代理として行秋君から一言どうぞ!」
    「皆さん頑張ってください。あと僕の独断なので兄たちにはご内密にお願いします」
    いや、なに言ってんの本当。
     重ねて言うが、仕事が終わった足でここに訪れたタルタリヤは一般的な労働者と同じくそれはもう疲れていた。身体的にではなく精神的に、これ以上頭を使いたくないから相棒と美味しいご飯を食べて気分転換してさっさと寝ようと思うくらいには疲れていたのに店に入って1秒でこのお出迎えはあんまりではないだろうか。
     思わず入り口近くの席にいた旅人に視線を投げたが、彼は「あはは」と眉を下げて笑うだけで、特に助け船を出す気も一緒に困ってくれる気も無さそうだ。
    「そして協賛として往生堂の鐘離先生と旅人さん!ありがとう!」
    というか、完全に敵だった。
     もう横で我関せずみたいな顔で杏仁豆腐をつついている先生共々ぶん殴っても許されるんじゃないかなと思いながら、タルタリヤは隠すこともなく大きな…それはそれは大きなため息をついた。

    **

    「第一問!」
    本気で関わりたくはなかったのだが、既に名前を挙げられていたことと、勝者は今日の食事代が無料になり、更に今後3食分の食事券が貰えるというので渋々タルタリヤは席について“格付けチェック”とやらに参加することにした。
    「この揚げ魚の甘酢あんかけ、どちらかは新月軒さんのテイクアウト!もう片方はさっき私が作ったものになります」
    なにをするのかと聞けば、二択で出される品からより高価だと思うものを選び正解ならば得点が貰えるという仕組みらしい。一番得点が多い者…つまり正解が多かった者が格の高い人間として勝者となるのだとか。
    「どっちもうまーい!」
    「本当?やったぁ!」
    「ちなみにお値段の差は…」
    「野暮だねぇ」
    「私はこっちの方が好きだけど…こっちの方が味が丁寧なような…?」
    「グルメ問題では負けられないわ!」
    店の中にいた人々か寄ってたかって2つの皿からスズキをつついては思い思いの感想を答えていく様子は本当に大会になるのかという感じだが、どうやら関係のない客も興味があれば随所で飛び入りOKとのことだ。流石万民堂、自由で寛大である。
    「って言っても、俺は別に高級嗜好って訳じゃないんだけどなぁ」
    どうせなら腹一杯食べられた方が良いので安くて早くて美味しい万民堂の方がタルタリヤからすればありがたいし、育ちが特別良かった訳でもないので高級品の味なんて一口で分かるわけがないと「適当に答えれば良いか」と他に習って皿に残ったスズキをそれぞれ箸でつまむ。
     どちらも美味しいし、どちらも食べたことのある味だった。
    「どう?タルタリヤの答えで最後だけど」
    のぞき込むようにしてこちらを見上げる旅人に、タルタリヤはなんとも言えない顔になる。
    「壱が万民堂で、弐が新月軒…かな」
    最後の回答者ということでタルタリヤの答えを待っていたらしい辛炎が回答が終わった途端にギターをかき鳴らし、盛り上がりと共にピタリと止めてサッと香菱へと掌を向ける。
     促された香菱は再び木べらを握ると、「答えは!」と夜に似合わない溌剌とした声を上げた。
    「壱がうちで作った料理で、弐が新月軒さんの料理でした!正解者は大体半分くらいかな!」
    その回答に合わせて再度ギターが弾けるようにリズムを刻み、店内はわっ!と盛り上がる。
     タルタリヤの隣にいた旅人も「おお」と感嘆の声を上げ、ふわふわと浮かぶパイモンは半眼でこちらを睨んでいるようだった。
    「お前…自信ないとか言っておいてやっぱり高い料理に慣れてるんだな…」
    「あはは、たまたまだよ」
    「ちなみになんで分かったの?」
    尋ねる旅人にタルタリヤはなんと言ったものかと頭をひねったが、結局素直に答えることにする。
    「香菱は安いスズキを柔らかくするために多分一回蒸してから揚げてるからすこし身の味が薄くて、代わりに餡の味が強めなんだよね」
    「ふむ」
    「新月軒は良い魚を使ってるからそのままの鮮度で身に肉厚があるし、餡もあっさりとした味付けになってるから身を食べてなんとなくそうかなって思ったのさ」
    タルタリヤの言葉を聞きながら旅人は皿に残ったスズキを再度つまむが、数回咀嚼した後に「分かんない…」と肩を落とした。旅人は野宿の火だって少なくないサバイバーなので、基本的に何でも美味しく食べることが出来てしまう代わりに味の微妙な違いは意識していないのかもしれない。
     タルタリヤも好き嫌いなく何でも食べるし、実際食事をするときにいちいちこの揚げがどうだとか、蒸しがどうだとか、ましてやタレに隠し味でうんちゃらなんて気にすることはない。
    「なーにがたまたまだ!やっぱりスネージナヤの外交官はオイラたちと違って丁寧な食事をしてるんだろうな!」
    「あはは、違う違う」
    “タルタリヤは”本当にそんな事は気にしたことがないし、丁寧な食事よりも腹にたまる食事の方が効率が良いと思う。美味しければなお良いとは思うがそれだけだ。
     ただ、璃月に来てからと言うものタルタリヤの横で食事をしながら含蓄をたれる誰かさんがいたことは否定できない。
    「本当にたまたま、次は多分はずれるよ」
    璃月どころがテイワット全土の知識を詰め込み、それを惜しみなく披露するあの男の含蓄を食事の間中聞いていたからこそ、たまたま思い出したに過ぎない。こんなまぐれの様な正解はそうそう続かないだろうと、口直しにお茶を啜りながらタルタリヤは笑ってパイモンの胡乱げな瞳から雑に目を逸らした。
     そして、そんな隅の会話など知ったことではないとばかりに酔っぱらい達に釣られて“格付けチェック”の熱気は上がっていく。

    「より高級な石珀はどっちだ!」
    「どちらの二胡が高価か音で当ててくれ!」
    「片方はさっき適当に買った布、片方は飛雲商会の甲品の布だよ」
    「荒山孤剣禄三巻の穴埋めクイズ!正解はどっち!?」
    「素人と現代の詩聖が書いた詩歌の違いが分かるかな?」

    なーにがたまたまだよ!とタルタリヤは先ほど自分が言われた言葉を頭の中で騒ぎ立てたくなる気持ちをなんとか隠し、とろりと蕩ける杏仁豆腐に口を付けた。
    「…弐が望舒旅館の杏仁豆腐だよね」
    「正解!」
    ざわ、と盛り上がると言うよりも驚愕の声の方が増えてきた観衆を気にしないようにしながらそのまま杏仁豆腐の器を空にする。万民堂の杏仁豆腐はまろやかで甘く、ラズベリーのソースとの組み合わせが絶品だ。
     それも、やはりどこかの誰かさんが言っていたことのような気がする。
     というか、ここに至るまでの数十問の問題をタルタリヤは全て正解し続けてしまっている訳だが、その全てに対して「聞いたことがある」という感想しか出てこないし、ここまでくると誇らしいと言うよりも怖い。
     自分の中にある知識という知識が全てあの男に植え付けられたものなのではないかという恐怖が背筋をさっと冷たくするが、それは錯覚だと故郷の景色や父の話してくれた英雄譚を思い出しては呼吸を正していく。
     ついでにタルタリヤが正解する度に意味深に微笑む元凶である男を視界に収めれば、恐怖は怒りを冷ますための良い冷や水になった。なぜ笑っているのかは分からないが、こちらの気も知らないでと既に脳内のシュミレーションで何度かその横っ面を殴り飛ばそうとしては失敗している。。
    「さぁていよいよ最終問題!」
    ギュイーン!と辛炎のギターが今日一番の振動を店内に響かせる。素晴らしいピッキングハーモニクスだ。
     …このギターの知識は以前訪れたフォンテーヌの酒場で教わった知識だったなと思い出し、少しだけ安堵し、安堵したことに対してもかなり腹立たしさが増したがそんなタルタリヤを置いて万民堂の熱気は最高潮になっていた。
    「ここにモラがあります」
    騒がしかった店内に行秋の落ち着いた声が落とされれば、全体の声量がすっと落ち付き、皆が少年の両の手に置かれた2枚の貨幣に釘付けになる。
    「どのモラが一番価値のあるものでしょうか」
    軽い金属音と共に机の上に置かれた二つのモラに人だかりが出来るのを見ながら、タルタリヤは横で背伸びをしている旅人を微笑ましく見下ろした。
    「相棒も見てないんだ」
    「うん、他のは品集めを手伝ったりしたんだけど最後の問題は―」
    「最後の問題は鐘離が決めたんだ!」
    何故か胸をはって言葉を引き継いだパイモンに、タルタリヤは隠すことなく眉を寄せる。そんな二人と一匹に司会から離れた香菱も加わり二人して机の上のモラを見ようと背伸びを繰り返す。
    「意地が悪いというか、趣味が悪いというか」
    モラを生み出した本人がモラの価値を璃月の民に尋ねるというその構図が真実を知っている身からすれば「よくもまぁ」と言った感想しか出てこない。鐘離の事だからそれが正解だろうと不正解だろうと民に対して落胆することはないだろうが純粋に性格が悪い。
     少年少女が賢明に覗き見をしようと頑張っている間に人だかりは少しずつ減っていき、店内はあーだこうだと正解についての議論が始まっていたが、旅人や香菱が戻ってくるまでタルタリヤは変わらず入り口近くの席で口直しのお茶を啜ることにした。
     そして、考察の時間が終わってもタルタリヤがその席から動くことはなかった。

    「はーい!みんな答えは決まった?これだと思うモラの前に集まってね!」
    足取りも大分怪しくなった客たちがふらりふらりと机の前に二分されていく様子を眺めながらタルタリヤは空になった杯を音も立てずに机に置いた。
     その挙動を店内のあらゆる眼が追っていることを知っているが、どうしたってタルタリヤにはこうするしかないのだ。…いや、鐘離だけはこちらのことを気にもせず出題に使われた高級品の二胡を眺めているが、…それもまた腹立つな本当。
    「公子様?答えは決まった?」
    一向に動かないタルタリヤを心配したのか香菱が水の入った瓶をかざすが、別に酔っ払ったわけでもないので「大丈夫だよ」とゆるく手を振って下げさせる。じゃあどうして?と首をかしげる香菱に全ての回答者が動いたことを確認してタルタリヤは口を開く。
    「モラの価値は全部同じだよ」
    全問正解者の回答に店内が一斉に静かになる。
    「どれだけ古くても、綺麗でも、他と少し形が違っても、1モラは1モラ。その平等性があるからこそモラは契約に使われる」
    違う?と微笑みを浮かべて首をかしげるタルタリヤに、店内が小さくざわめき、出題をした行秋は「でも」とその回答へ首を振る。
    「どのモラが一番価値があるか、それが問題だよ」
    少年の声に「そうだそうだ」と酔っ払いの野次が飛ぶ。自身の正解の芽が摘まれかかっている状況で酒に浸かった頭ではその相手を認識することができないらしい。なかなかに勇敢なことだが、流石にこんなことでタルタリヤの気分が害されることはない。
     しかし、少年の再度の出題には喧嘩を買った時と同じように微笑むことを忘れない。
    「そう、そもそも問題がおかしい。今までは二択だったのにこの問題だけは“どの”モラが価値があるかを聞いてるよね」
    今度は「ああ!」と旅人が手を叩く。聡い少年は彼なりの答えに行き着いたらしい。
    「だから、その誰が持ってきたかも分からない1モラじゃなくても良いんだろ?となれば、俺が同じ1モラでも一番価値があると思うのは」
    ここでわざとらしく店内をぐるりと見渡し、こちらを見つめる全ての瞳に目線を合わせる。
    「俺の財布以外から出されるモラ、かな」
    例えば優勝賞品みたいなね!とその全ての瞳に笑った答えてやれば、店内はシンと静まりかえり、数秒たったあとに一人の堪えきれなかったらしい笑い声が響き渡る。
     なに笑ってるんだよ、と言ってやりたかったが人目があるのでなんとか我慢し笑う男…鐘離へと最後の回答を問いかけた。
    「どう?満足した?」
    その質問に、ついに笑いをこらえることも止めた鐘離ははっはっは!と酔っ払いに劣らない程の上機嫌な声を上げながら、それはそれは満足そうに頷いてみせる。
    「ああ、予想とは違ったが正解だ」
    期待以上だったと口の端を上げるその男に、タルタリヤは最初から最後まで掌の上で踊らされていたのだと確信し、来店したときと同じく…いやそれ以上の大きな、それはもう大きなため息を吐いた。
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    yktuki

    DONE遊ロア。逆襲のシャイン放送前捏造。砕けてもダイアモンド


    様々な事情から遊我、ロア、ネイルの3人チームでのラッシュデュエル大会の出場が決まった夕刻、今日はチーム登録を済ませるだけで解散だと各々の家へと帰ろうとした遊我の腕をロミンがぐいとひっぱった。
    「どうしたの、ロミン」
    「ロアのやつ、何でもないみたいな顔してるけどきっと凄く落ち込んでると思うの」
    「そうかな」
    「そうよ!」
    こそこそと話すロミンの横ではルークが明日に向けて今夜はラーメンで乾杯だ!と腕を振り上げ、ラーメンは飲み物ではありませんよと学人が苦笑いを浮かべている。
    「私が一緒にいるべきかもしれないけど、ルークの奴がチームで決起集会だって言うから…」
    どうしたどうしたとこちらに寄ってくるルークに見えないように手を合わせて頭を下げるロミンに、なるほどと笑って遊我は頷いた。
    「分かった、ロアはボクのチームメイトでもあるしね」
    「流石遊我!ありがと!」
    「なんの話だ?俺たちは今からラッシュラーメンを食べに行く。チームの決起集会ではあるが?遊我がどーーーしても来たいというなら仕方がない一緒に――」
    胸を張りながらもチラチラとこちらを伺うルークに申し訳なく思いながらも 4090

    yktuki

    DONE知らぬ間に同人誌が発行される鍾タルの話。
    10割モブしか話してないです。
    それでも筆を取るのでしょう


    桃白は瑠璃亭で働く従業員の一人だ。
    店内の清掃に始まり、倉庫の整理、入荷伝票の確認、接客、会計、顧客の管理まで幅広くこなすことを要求される瑠璃亭の従業員の中でも勤務期間で言えばちょうど中堅といえるような従業員である。大きなミスもなく、調理師や管理人との仲も悪くもなく、もちろん同じ従業員たちのなかでも“普通に優秀”と言われるような、瑠璃亭の従業員であることに恥じない品行方正な人間であると自負している。
     そんな桃白の最近の悩みの種であり生きる糧でもあるのが、作家活動である。
     …作家などとおこがましいのだが、他にどう言って良いのか分からない。同好の士が集まる中で更に同じ趣味嗜好を持つ同人たちで活動を行っており、桃白は文字を綴り、本を作っているというだけの話であることは最初に言わせて貰いたい。
     自分で言うのもどうかと思うのだが、桃白は手際が良く仕事を苦だと思ったことはない。なので、その傍らで活動をしていても今までは全く問題がなかったのだが、最近はそういうわけにもいかなくなった。
     その理由の一つが璃月の変化である。
    迎仙儀式を機に暗雲が立ちこめはじめた璃 6778

    yktuki

    DONE鍾タルは添えるだけ。
    誤字脱字は後々直します。
    智の渦に溺れるなかれ

    香菱がいる時の万民堂に外れはない、と言うのは璃月では知る人ぞ知る有名な話ではあるが、大衆食堂という形式をとっている以上それが例外になる場面は稀にある。
     例えば、千客万来で店が一等忙しいとき。それかお酒が回った客がはしゃぎすぎたとき。そしてなにより、今。
    「はじまりました!万民堂格付けチェック!今日の特別ゲストはスネージナヤの使節様だよ!」
    いや、なんだこれ。
     仕事が終わった足で旅人に呼ばれるままにタルタリヤが万民堂に来てみれば、夜の璃月には珍しくもない酔っ払いたちの真ん中で万民堂の人気を支える件の看板娘が木べらを片手に椅子の上で音頭をとっていた。お行儀が悪いから止めた方が良い。
     その直ぐ横には香菱の言葉に併せて楽器をかき鳴らす娘さん(たしか辛炎と言ったか)がこちらもご機嫌に身体を揺らし、その横ではニコニコと笑う少年が暢気に茶を啜っていた。
    「提供は飛雲商会さん!代表代理として行秋君から一言どうぞ!」
    「皆さん頑張ってください。あと僕の独断なので兄たちにはご内密にお願いします」
    いや、なに言ってんの本当。
     重ねて言うが、仕事が終わった足でここに訪れたタルタ 5408

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