夏バテヒュンケルは、とある宿屋のベッドの脇に腰かけて目の前に横たわる恋人の背中を見つめていた。
恐らく起きてはいるのだがなかなかこちらを見てくれない。
いつも体力がなくなり倒れたり、何かに巻き込まれたりするのは自分の方だという認識はあるのだが、今回調子を崩して寝込んだのは彼の方だった。
「ラーハルト。大丈夫か?」
呼びかけてみると、少し背中がゴソゴソと動いたが相変わらず後ろを向いたままである。
「気分はどうだ?」
二度目の問いかけで、ようやく彼はこちらを向いた。いつもはクールで頼れる友が、少し頬を膨らませてばつが悪そうにしている。
どうやら拗ねているらしく、耳の先が少し赤くなっていて微笑ましい。
その顔を見てヒュンケルは思わず吹き出してしまった。
「フフッすまない。可愛いなラーハルト……フッ……フフフッ」
彼の眉間の皺が益々深くなったのを見て一応謝るが、どうしても顔がほころんでしまう。
「お前にいつも注意しているくせに自分の体調管理を怠ってしまうとは情けない。ただの夏バテだろう。少し寝たら治る」
「夏バテを甘く見るな。体調が戻ったらもう少し何か食べるといい。水分と栄養をとってゆっくり休んでくれ」
「ああ、そうしよう」
いつになく素直なラーハルトにヒュンケルは笑って水を汲んで来ようと立ち上がった。が、手を引かれて再びベッドに座り込む。
「栄養が足りないようだ」
「そうか。何か食べるか?希望があるなら言ってくれ」
「心の栄養がだ。つまり、お前が足りない」
甘える猫の様に身体を擦り付けてくる恋人の頭を撫でながら、今は無理だろうと諭してやると彼はベッドを半分あけて、空いているスペースをトントンと叩いて見せた。
「少しでいいから」
「暑いのだろう」
「それよりも、こっちの方が重要だ」
ラーハルトは心臓の辺りを押さえてみせる。
ヒュンケルは苦笑すると、甘えモードの恋人の隣に身を横たえた。
「今から心の栄養を補給する」
ラーハルトはヒュンケルに子供のように抱き付くと、ようやく目を閉じた。