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    kei_shi28

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    kei_shi28

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    鬼岩城を探索していたラーハルトが銀髪の人魚を見つける話です。
    全体的に切ない雰囲気。

    ラーハルトと人魚の話敬愛する主君、バランに連れられて鬼岩城へやってきたはいいが、軍団長会議とやらが長引き、あと数日はかかりそうだときいてラーハルトはうんざりした。
    しかも軍団長の一人、不死騎団長は現在留守にしており帰還まで3、4日程かかるらしい。
    ただでさえ暇を持て余しているのだ。与えられた部屋は小綺麗で特に不満はなかったが、ずっとここで過ごさねばならないと思うと流石に息が詰まる。
    バランには休暇だと思い戦いの疲れを癒す時間にするがいいと言われたが、こんな得体のしれない場所で落ち着くはずがなかった。
    (部屋を出るなと言われたわけでもないし、少し出歩いても構わんだろう)
    そう思ったラーハルトは部屋を出て、辺りを探索してみる事にした。
    とりあえず壁伝いに歩いてみると、時々魔族やモンスターとすれ違ったが半魔の彼は見た目が魔族に近いので特に目立つこともなく感心を持つ者はいなかった。おかげでラーハルトは自由に歩き回ることができた。
    暫く歩くと行き止まりにぶつかり、仕方なく引き返そうとしたが地面の色が少し違う箇所があることに気が付いた。
    ラーハルトはしゃがみ込み、そこへ手を伸ばしてみる。すると、何か取っ手のようなものが手に当たった。
    目には見えないが、ラーハルトの手はそれを握りしめる。恐らく目くらましの類と思われる術でもかかっているのだろう。透明の取っ手を持ち上げてみると、それは扉だったらしく地下へ続く階段が現れた。
    隠されているということは、魔王軍にとって見られたくないものがこの下に存在するということだ。
    引き返した方が無難だとわかってはいたが、好奇心に逆らえず衝動的に目の前の階段へと彼は足を進めた。それは想像以上に長く、進むにつれて段々と辺りが薄暗くなってきた。ラーハルトは数メートル毎に設置された蝋燭の灯りを頼りに下へ下へと降りていく。
    カツンカツンと自分のブーツの音が周りに反響して聞こえ、やけに耳についた。
    ようやく突き当たった先には仰々しい大きな扉があり魔族の文字で「立ち入り禁止」と書いてあった。
    (バラン様の立場を悪くしてしまうかもしれん。ここから先は止めておこう)
    そう思い、一度は素直に引き返して部屋に戻ったが、あの扉の向こうに何があるのか気になって仕方がなく気が付くと、もう一度例の扉の前に立っていた。
    ラーハルトは今度は迷いなく金属製の扉を両手で押してみる。それは侵入者を拒もうとするように、見た目以上に重くギィ……と古めかしい音を立てたが、動かせない程でもない。
    後ろで扉が閉まる気配を感じながら、彼はゆっくりと足を踏み入れた。
    部屋の中は外と同じ様に薄暗く、暫くぼんやりとしか周りが見えなかったが目を凝らして辺りを見渡すと何やら光っているのがわかる。
    少しずつ目が慣れるにつれ、それらが金銀財宝や価値のある造形物らしい事がわかった。
    「何だ。宝物庫か」
    魔王軍の宝や財産が地下にあるという、どうでも良い情報しか入手できずガッカリして上に戻ろうとラーハルトが踵を返したその時だった。
    コポコポ、コポコポ……と何やら音が聞こえてくる。そしてそれは、彼の好奇心を煽るのに十分な役目を果たした。ラーハルトは音のする方向へと足を向けた。
    やがて、目の前に巨大な長方形の水槽が現れた。あの音の正体は、水槽内に酸素を供給する為の装置のようだ。その四角い箱の中で、ゆらゆらとたゆたう水は淡い光を受けてキラキラと輝いている。
    それは水槽の中の生き物を照らし鑑賞する為にわざわざ天井に設置されたスポットライトのような光で、その生き物が弱らないように弱めに調節されているようだ。
    先程通った階段に設置されていた蝋燭と比べてやけに近代的で、ラーハルトは思わず苦笑した。
    (この中の生き物はよっぽど大切にされている様だな。魔王軍お気に入りの魚のペットか。一度拝んでおこう)
    そう思い、上を見上げると大きな紫色の魚の尾が見えた。
    その生き物がラーハルトに気が付き、ぐんと速度をつけて、近づいてくる。
    彼がすぐ近くまで来てやっとラーハルトはその全身の姿を捉えた。
    (人魚……男の人魚か……!)
    今まで魚の尾を持つ魚ではない生き物は、マーマンなどモンスターしか見た事なかったが、目の前にいる人魚はより人間に近く、何故かラーハルトは目が離せなかった。
    銀の髪が水中でフワフワと踊り、水面から降り注ぐ光が彼の全身を照らし出す。
    上半身は細身ではあるが程よく筋肉のついた、引き締まったしなやかな体をしている。
    魚の部分は紫色のグラデーションになっていて、尾に近くなるにつれて色が薄くなっている。
    人魚はチラリとラーハルトを一瞥すると、フイと顔を背けてまた巨大な水槽の中をゆったりと泳ぎ始める。
    人工的な光を受けた鱗が虹色に輝いた。
    (なるほど、オレには興味ないらしいな。流石魔王軍の愛玩動物、プライドの高そうなペットだ)
    ラーハルトは飽きることなく目線を合わせようともしない銀髪の人魚を暫く見ていたが、無断で長時間部屋を開ける訳にもいかず、その日は後ろ髪を引かれる思いで地下を後にした。
    ラーハルトがいなくなると、人魚は今まで彼がいた場所のすぐ近くまで泳いできた。決して自分の意思で出ることが出来ない水槽の形をした牢獄から、憂いを帯びた瞳で人魚は彼が出て行った扉をずっと見つめていた。

    次の日もラーハルトは地下に足を運んで紫の尾を持つ人魚を眺めていた。
    彼は相変わらず優雅に水槽の中を泳ぎまわり、こちらには寄ってこないが遠くへ行くこともない。
    人魚が視線を投げてきたので、ラーハルトは見つめ返した。
    視線が交差して、人魚は驚き少し恥ずかしそうな表情で顔を背けた。
    (なんだ、可愛いじゃないか)
    少し愉快な気分になり、ラーハルトは話しかけてみる。
    「おい、名は何という?」
    人魚は少し口を動かしかけて、思い返したように黙り込んだ。
    (言葉が聞こえて、通じているようだ。名乗ろうとしたが、止めたようだな)
    ラーハルトは人魚を呼んでみる事にした。もう一度、彼の全身を近くで見てみたい。
    「こっちへ来い」
    人魚はツンとそっぽを向いて水槽の上の方へと泳いで行ってしまった。
    「おい、何を怒っているんだ。オレはラーハルト。お前の名を知りたい」
    暫くラーハルトは人魚に話しかけてみたが、人魚は彼の存在など忘れたかのように振る舞い、巨大な水槽の中で鱗を煌めかせながらゆっくりと泳いでいる。
    その姿は水槽の周りにある金銀財宝よりずっと輝いていて美しく、価値のある存在だとラーハルトは思った。
    人魚が泳ぐ姿をじっくりと鑑賞していたが、いくら待ち続けてもこちらへは来なさそうなのでラーハルトは引き上げることにした。

    さらに翌日、この日もラーハルトは地下へとやってきてぼんやりと人魚を眺めていた。
    人魚はチラチラとラーハルトを見て、時々近くへ寄ってくる。
    「おいで、何もしない。お前を近くで見たいだけなのだ」
    口調をやわらげ今日も人魚を誘ってみる。
    恐らく来ないと思ったが、人魚がフワリと目の前に降りてきた。
    彼は困ったような表情でラーハルトをじっと見つめてくる。
    「来てくれたか。ありがとう。……お前は美しいな。誰の所有物なのだ?オレと来ないか?」
    決して許されない誘いをかけてみながら、ラーハルトは人魚に近づいた。
    人魚もさらに近づいてきて、水槽のガラスに手のひらを当てた。
    ラーハルトはその手に自分の手を重ねてみる。
    人魚が顔を近づけてきた。それを視界に捉えたラーハルトは吸い寄せられるように自分も顔を近づけていく。
    ガラス越しに合わせた唇は冷たくて、味気のない物だった。
    それなのに。心の中が温かくなり身体の底から激しい喜びが沸いてくる。
    人魚はハッとしたようにラーハルトの元を離れて、上へ上へと泳いで行く。
    「名も知らぬ人魚よ。お前をいつか迎えに行くから、待っていてくれ」
    ラーハルトは時間の許す限り、照れて降りてこられなくなった人魚を見つめていた。

    もう今日で4日目になる。ラーハルトの心は弾んでいた。
    あの人魚の事がもっと知りたい。好きな食べ物は何だろう。夜は眠っているのだろうか。あの冷たそうな身体を抱きしめるとどんな反応をするのだろうか。
    すっかり慣れた手付きで隠し扉を開いて地下へ続く階段をラーハルトは降りて行った。
    重い扉を両腕で押して、足早に人魚の所へ向かう。
    今日もいつもと変りなく人魚は水槽の中で舞を舞っているかのように優雅に泳いでいた。
    彼はラーハルトを見つけると、スッと近寄ってきて微笑みを浮かべた。
    が、突如異変に気付いた彼は駆け寄ろうとしたラーハルトに険しい顔で来るなとジェスチャーした後、何かを伝えようとして口をパクパクさせている。
    彼の発している声は聞こえないが、唇の動きを読み解くと「逃げろ」と言っているようだ。
    間に合わないと判断したラーハルトは物陰にその身を隠した。それと同時に水槽の真上に人影が現れた。
    白い衣を纏い、頭まですっぽり隠れていて顔はわからない。目だけが異様に光っていて不気味だ。
    その気配だけでただ者ではないということが実際に戦わずともひしひしと伝わってくる。
    「そろそろバーン様が元の姿に戻して下さるそうだ。こい」
    人魚は頷くと、上へと泳いで行き水面から顔を出し、男に手を伸ばした。
    男は人魚を水槽から引っ張りあげると真っ白なフワフワのタオルで包んで横抱きにして、そのまま無言で消えて行った。
    連れて行かれる瞬間、何か言いたげな寂しそうな表情で人魚はラーハルトを見つめた。そんな人魚を見て、激しく感情を揺さぶられて自分の胸をかきむしりたくなるような感覚にラーハルトは襲われる。
    人魚は小さく唇を動かし、数日前に知ったばかりの名を呟いた。
    「ラーハルト……」
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