思い出 疑似結婚だから、見せかけで良いと父は言ったわ。相手の男は直ぐに戦場に駆り出されるからその間だけで良いって。
父はそこそこ有名で、我が家は格式の高い家柄で通っているので私が選ばれたのね。
相手は不死騎団長だっていうから私に釣り合うと思ってすぐ承知したわ。どうやら軍団長としての箔をつける為に、とりあえず所帯持ちにされたみたい。
「ヒュンケルだ。短い間だがよろしく頼む」
彼はとても礼儀正しく挨拶したし、顔は私の好みだった。でも……でも!!人間よ!?ありえない。
「言っておくけど、セックスはしないわ。人間はお断りよ」
「ああ。そういうものは本当に愛する男の為に取っておいてくれ」
今まで寄ってきた男は身体目当てばかりだったけど、彼は本当に指一本触れてこないの。
一応夫婦なのに寝室も部屋も別。とても驚いたわ。
夜、湯あみをして髪をとかしていると、扉をノックされたから彼かと思って返事をしたら、腐った死体が入ってきたの。
「ヒュンケル様からです」
そう言って、冷たい飲み物とデザートを置いていったわ。
期間限定の夫である彼はあまり喋らないし、殆ど留守にしていたけど執事を通して私を気遣ってくれているのがよくわかった。
数日後、どうしても彼に会いたくなってこっそり後をついていくと突然彼、モンスターに襲われたの。
「人間風情が偉そうなんだよ!」
私は急いで奴らを倒そうとしたけど彼が一瞬で倒しちゃった。強いのね。さすが不死騎団長。人間だとバカにしたのが恥ずかしくなったわ。
「大丈夫か?」
自分が襲われたのに、慌てて駆け寄ってこられて心が揺さぶられてしまう。頷く私に彼が問いかけてきた。
「ついてきたのか」
「貴方が何処に行くのかと思って」
「バーン様に呼ばれたので少し出かけてくる。……モルグに任せているが、何か不満はあるか?オレが相手で嫌だろうが、明日には戦場に出るからお別れだ」
そんな。早すぎる。まだ今日で出会って4日目よ?少し貴方の事が気になりだしたのに。
私は少し占いの知識があるから、彼が生涯を共にする相手を占ってみたの。願わくば私だといいなと思って。でも、結果はまさかの男だった。青い肌で耳が尖っているから魔族ね。
そんなこんなであっという間に彼が戦場に行く日が来たわ。短い結婚生活はあっという間に終わりを告げた。
「5日間だったが世話になった。ありがとう」
「こちらこそ」
お互い淡々と挨拶をして別れたわ。これで終わりだと思ったけど、何故か胸騒ぎがしてまた彼の後を追ってしまったの。
すぐ近くが戦場になっていて、彼は戦っていたわ。その姿が美しくて見とれちゃった。
私は羽根があるから空から応戦したのだけど、彼が敵に狙われているのを見つけて思わず間に飛び込んでしまったの。だって、あれは避けられないと思ったから。
「〇〇!!!!」
彼、初めて私の名前を呼んでくれて、崩れ落ちる身体を抱きしめてくれたの。とても嬉しかったわ。
ああ、そういえば名前を教えてないのに知ってくれていたのね。貴方は自己紹介してくれたのに、名前で呼んだ事ないかも。私ったら、バカね。そんな表情しないで。5日間でも貴方の妻になれて嬉しかった。
これが好きって感情なのかしら。私、貴方を守れてとても幸せなのよ。貴方は耳の尖った本当の伴侶と幸せになってね。
「結婚しよう」
ラーハルトが意を決して言うと、ヒュンケルは驚きの表情を浮かべた後、少し微笑んだ。
「ラーハルト。凄く嬉しいのだが、あることを思い出した。言っておかねばならない事がある」
「改まって何だ」
「実は、結婚していた時期がある。5日間で疑似結婚だがな」
今度はラーハルトが驚く番だった。
「そうなのか。何故別れた」
「元々期限は決まっていたのだが、相手がオレを庇って死んでしまった。申し訳ない事をした。一瞬の間でも妻だったのに、その間だけでも幸せにしてやりたかった」
ラーハルトはヒュンケルを引き寄せ、抱きしめた。
「何故その女が不幸だと思う。命をかけてお前を守りたかったのだろう。むしろ幸せだったのではないか?」
「そんな訳ないだろう」
「その思い出ごと、オレがひっくるめて背負ってやる。オレが相手では嫌か?」
「……嫌ではない。だが、本当にオレでい」
唇を塞がれ、ヒュンケルはそれ以上喋れなくなったので、たった今伴侶となった男の背中にしがみついた。