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    kei_shi28

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    kei_shi28

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    全然出来てないよ><

    記憶喪失(ラー)はぁ、はぁ、はぁ。尖った耳に、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。
     数日前に、魂の管理者が住むと伝わる神殿に足を踏み入れたが、ずっと夢か現実かわからない空間が続いていて、心も体も疲弊してすぐにも座り込みたい衝動に駆られる。
     ここまで来るのに殆どの体力を使い果たし、立っているのもやっとだが腕の中の恋人の胸がまだ上下に動いていることに安堵し、彼を両手で抱えなおす。
    (絶対に死なせない! もう少し耐えてくれ、ヒュンケル……!)
     辺り一面、水晶で出来たかのような無色透明の柱がずらりと並んでそびえ立ち、まるで自分を威圧するかのようだとラーハルトは感じた。
     つい数分前までは、溶岩が降り注ぎマグマが煮立つ地獄のような光景だったはずだ。突然に目の前の光景が変わるので、その環境についていくのに精一杯で、緊張感からじんわりと浮き出た汗が流れ落ちる。
     先程景色が溶岩だった時、右足を火傷したようで焼けるような痛みを感じ、やはりこれは現実なのだと思いながら足を引きずって歩いた。
     その水晶の柱の周りを、時折ユラリユラリと霧のような何かが見え隠れする。霧の中で何か話し声が聞こえたり物音がしたりするが、正直そんなものに構っている余裕はラーハルトにはなかった。
     遠くの方でチカッチカッと何かが光ったかと思うと、それはすぐに何処かへ押し込められて見えなくなった。痛む足を引きずりながら歩いていると、不意に周りが薄暗くなり自分とヒュンケル以外の気配を感じてラーハルトは足を止めた。
    「よくここまで来られたな。たいした精神力だ」
     突然頭上から声がして頭を上げると、目の前に二十段程の真っ赤な階段がそびえ立っていた。一番上には大きな玉座があり、そこには薄布を纏ったいかにも『神』という出で立ちの男が胡坐をかいて座っていた。玉座のすぐ隣に大振りの剣が立てかけてあり、その気になればすぐ手にすることが出来るだろう。顔は光が反射してはっきりとはわからないが、声からして壮年の男性のように感じる。どうやら、目的の人物がいる玉座の間にたどり着いた様だった。
    「お前が魂の管理者か?」
    「いかにも」
     ラーハルトはヒュンケルを強く抱きしめた。
    「この男を、死なせないで欲しい。どんな代償でも払う。オレはどうなってもいい」
    「美しい男だな。お前の恋人か? わざわざここまで来たということは私が要求するものは知っているのだろうな」
    「記憶、だろう。何でもいい。とにかく助けてくれ」
     魂の管理者は、記憶コレクターで色々な大きさの宝箱に契約した人々の記憶を閉じ込めて時々眺めては楽しんでいるらしい。
     完全に死んでいては無理だが、魂を元に戻すという特殊な特技を持っているので、それを実行してやる代わりに要求しにきた人物の記憶を取り上げるのだ。
     魂を失いかけた者は自力では動けないので、大抵はその者を連れてきた人物から記憶を奪うことになる。
     死に近い者ほど多く魂を戻さないといけないのを理由に、その分だけ記憶を差し出させる。
     傷を治してやるくらいなら生きていくのに支障のない記憶の断片を少し、くらいで許してやるが、死の近くにいる者なら自分の名前も思い出せない程、空っぽになるまで記憶を要求するのだ。
     先程ラーハルトが目にした、チカッチカッと瞬いた光は宝箱から逃げ出そうとした記憶で、それを番人の部下達が記憶を狩る専用の網でキャッチして、元の宝箱へ戻している光景だった。
     番人は適当に選んだ記憶を逃げぬように暗示をかけて、宝箱から出して神殿内に開放する。すると、最初は小さな光だった記憶が霧のように広がり持ち主の人生を映画のように上映し始める。
     沢山の記憶を取りあげることが出来ればそれだけ長くショーを楽しめるので、大きい宝箱にぎゅうぎゅうに詰まった記憶ほど、番人のお気に入りだった。
     番人はヒュンケルの様子を暫くの間、観察するように見つめた。
    「その男は死にかけているから、お前が差し出す記憶は全部だ。何もかも忘れて人格も変わってしまうぞ」
    「構わん。こいつの命が助かるのなら全ての記憶を差し出す価値もあるだろう。持っていけ」
     腕の中のヒュンケルが低く呻いた。
    「ラーハルト、よせ、やめろ! オレの病気は治らない。もう寿命なのだ」
     朦朧とする意識の中で、必至で恋人の行動をやめさせようとヒュンケルは訴えた。すると、力を込めて抱きしめられ青い肌の恋人が微笑む気配がする。
    「一度はお前を忘れるが、絶対に思い出してみせるから心配するな。これしか方法がないのだ」
    「よせ、お前がお前でなくなってしまう」
     ラーハルトは愛する恋人の姿をじっと見つめた。一秒でも長く記憶に留めておこうと、瞬きも忘れて目に焼き付ける。
    「ヒュンケル、幸せになれ。愛している」
     優しい手付きで涙をぬぐわれ、口付けられた。
     魂の管理者がラーハルトに何かを言って、彼が頷くのが見える。
     ああ、もう耳が聞こえない。
     やめろと叫んだが、ちゃんと声になっただろうか。
     目の前が光に包まれて何も見えなくなる。その後、すぐにヒュンケルは意識を手放した。
     
     
     あれから数ヶ月は経っただろうか。ヒュンケルはラーハルトを探して旅をしていた。
     身体はすっかり健康になり剣も問題なく振るえるが、ラーハルトを失った喪失感はあまりにも大きく生き長らえた時間は彼を探す事に専念しようと心に決めた。
     幸せになれという彼の言葉を忠実に守っているのだ。ラーハルトがいない世界では自分は幸せになれない。
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