閉じたカーテンの隙間から漏れる白い光で朝を知った。時刻を見るのにスマホに手を伸ばそうとして、やっぱりやめる。今日は完全オフで早く起きる必要はないし、なにより隣で眠る人を起こすのは忍びなかった。
雨彦さんの大きな体に合わせたベッドの中にふたりでぎゅうと収まっている。こちら側を向いて目を閉じている雨彦さんの前髪は無造作に額にかかっていて、昨晩の名残りに記憶がぽつぽつと呼び起こされる。昨夜、僕と雨彦さんは初めて繋がった。終わる頃の意識は曖昧だけれど、雨彦さんに介添されながらなんとかシャワーを浴びた気がするし、嘘みたいに痛い下半身があの記憶は事実だと教えてくれている。決して激しくされたわけではないのだが、それでもこんなに身体に響くのだなあと他人事みたいに考えて、今日が休みでよかったと思った。
寝転んだまま、手持ち無沙汰に目の前の雨彦さんの寝顔を黙って見つめる。万年寝不足と言っていたわりに、今はよく眠っているようだ。やっぱり寝る前にすっきりしたのがよかったのかな、なんて浮かんだ感想は我ながら品がない。伏せられた長いまつ毛は色素が薄く、カーテン越しの薄明かりにきらきら光ってまるで透き通っているみたい、と、思っているうちにその瞼が開いた。
「おはようー、雨彦さん」
「…………北村?」
ぱち、ぱち、ぱち。たっぷり三回は瞬きを見送って、それでも常になく呆けた顔に一抹の不安を覚える。お酒は飲んでなかったはずだから酔った勢いなんてことはないだろうけど、気の迷いとか一夜の過ちとか、そんな言い訳は聞きたくなくて「まさか覚えてないとか言わないよねー?」と先手で棘を刺す。無かったことになんてしてやるもんか。
「ああ…大丈夫。ちゃんと覚えてるさ」
「それならいいけどー…」
その返事に密かに安堵した。軽くなった心につられて「寝ぼけてる雨彦さんなんて、いいもの見たなー」と生意気な口が回る。布団の上に投げ出されていた雨彦さんの腕がのっそりと動いて、大きな手のひらが僕の頬に添えられた。
「夢みたいだった……お前さんをこの腕に抱いて、一緒に眠れるなんてな」
彼にしてはひどくしまりのない、緩やかな笑み。それが寝起きのせいなのかそれとも言葉どおりの抑えきれない嬉しさからなのか、判断できるほど僕も冷静ではいられなかった。雨彦さんに触れられた頬から、ぶわ、と顔中に熱が広がる。途端に込み上げてくる事後の朝の気恥ずかしさに、なにか言わなきゃと口を開くが、何も浮かばない。
「あ、め、ひこさん…は、いつもそんな、エッチな夢見てるの…?」
なにを聞いているんだろう僕は。完全に言うことを間違えたけれど、この近さで隣の人が聞き逃してくれるわけもなく。クク、と喉を鳴らして笑う顔はいつもの彼らしさを取り戻していた。
「さてなぁ、それは想像におまかせするが……『思ひつつぬればや人のみえつらむ』ってな」
「……『うつつに一目見しごとはあらず』。夢に見てたくらいならもっと早く誘ってくれてもよかったのにー」
「夢と違って現実じゃ無茶させられないんでね。大事にされてたと思っててくれ」
もう一度、僕の頬をふわりと撫でてから雨彦さんは身を起こす。カーテンが開かれると朝の日差しがベッドを照らした。
「洗濯日和だな。そろそろ起きるかい? コーヒーくらいなら用意できるぜ」
「…………ぃ」
「ん?」
「動けない、から……リビングまで連れて行って欲しいなー」
ほんとうに、もう、さっきから何度も起き上がろうと挑戦はしているのだが足腰が言うことを聞かないのだ。僕をこんな目に遭わせた張本人は口だけは「無理させて悪かった」と謝りつつ笑いながら、長い腕を広げて僕を抱えにきてくれた。