波形の特徴3「失礼します」
「おう」
二人でログを見ながら指揮、戦略について勉強しようということになり、奈良坂を連れて荒船隊の作戦室に来た。
「いらっしゃーい?え、奈良坂くんだ!」
オペレーターデスクから顔をのぞかせた加賀美は驚いた声で歓迎した。
「ちーッス」
半崎はこちらをちらりと見ただけですぐ携帯ゲームに視線を戻してしまう。
「穂刈は?いねぇのか」
「うん。今日はジム行くから来ないって」
「了解。奈良坂、そこ座れよ」
「はい」
部屋の様子が三輪隊とは違うのでつい周囲を見回してしまう。整理された部屋の中で壁面の棚にある大量の映画のディスクだけが妙に目立つ。
「映画、好きなんですか?」
「まぁな。どのログから見るか……」
東隊、弓場隊、生駒隊、嵐山隊など狙撃手のいる隊のログをピックアップしていく。
「狙撃手も人によって結構動きが違うな」
「高台にいることが多いので、観測手の役割を兼ねることも多いです」
「情報を司令塔に渡すのも狙撃手の役割だな。外岡みてぇに狙撃手をマークするヤツもいる」
「攻撃手同士は日ごろソロランク戦でやり合ってますが、狙撃手は合同訓練が主なのでB級隊員だと狙撃手同士の獲り合いは苦手な隊員も多いのでは?」
「狙撃手の敵は狙撃手ってことか」
二人で色々話していると半崎が緑茶を入れた湯飲みを出してくれた。
「なんスか?狙撃手の勉強会?」
「そういうことだ。お前も聞いてけ!」
荒船に首根っこをつかまれた半崎はそのまま座らされてしまった。
「うわダルッ!座ってるだけッスよ」
座っているだけでもナンバー2狙撃手の視点は勉強になるだろう、と荒船はそのままログ鑑賞と戦略の解析を続ける。
「敵の接近アラートだけでなく射線管理やマップリクエストも他のポジションより頻繁になるので、狙撃手の多い隊のオペレーターは大変だと思います」
「うちのオペは優秀だからな」
「加賀美先輩!褒められたッスよー!」
半崎に呼ばれて加賀美がバタバタとオペレーターデスクから駆け寄ってきた。
「うそーちょっともう一回!」
「加賀美が優秀で助かるっつったんだよ!」
「荒船くんはいいよ!奈良坂くん!」
加賀美の勢いに押されるまま奈良坂も発言を繰り返す。
「狙撃手の多い隊のオペレーターは大変だと、思います……」
「なーんだ、私だけじゃないじゃん!でもありがとうー!」
これあげる、とテーブルにカラフルなパッケージの飴玉をばらまいて行った。
「ツラが良いと苦労するな」
軽口を叩くと意外な言葉が返ってくる。
「荒船さんだってモテるでしょう」
「俺か?俺は男にしかモテねぇよ」
つるんでるのは男むさい奴らばかりだと笑ってやれば奈良坂は笑いには乗ってこず目を伏せて湯呑みに口をつけるだけだった。
数日後、本部で荒船隊の連携訓練をしているところに奈良坂から連絡が入ってきた。
「珍しいな。どうした?」
「米屋が、攻撃手の目線ログをもらってきたんですが、興味ありますか?」
「攻撃手の目線ログ?面白そうじゃねーか。場所ねぇならうちの作戦室来いよ」
「助かります」
急に舞い込んできた面白そうな話に、連携訓練は中止して荒船隊全員で見ることにした。
すぐに奈良坂や米屋、三輪、小寺、出水もやってきて大所帯となる。
「お邪魔しまーッス!」
「いらっしゃい」
「目線ログってなんだ?ランク戦のヤツか?」
「そッス!あるっつーから見たいって言って借りてきたんスよ。これって端末つなげます?」
タブレット端末をペアリングさせるとすぐ画面に映像が出てくる。小寺が
「さすがにA級は許可が下りなかったので、B級ランク戦ラウンド6のものを借りてきました」
と説明する。
「ラウンド6っていやぁ」
「玉狛第二、生駒隊、王子隊の試合です」
確か市街地アップの試合だとそれぞれが記憶をたどる。
「切り替えはできるのか?攻撃手の」
「ファイルが別々なので同時に見比べたりは大変ですが、可能です。今回の攻撃手は空閑、生駒さん、南沢、王子先輩、樫尾の五名です」
誰から見るかで米屋と出水の意見が食い違う。
「やっぱ生駒さんからっしょ」
「いや空閑だろ!目線ログなんだから素早いヤツが何見て判断すんのか気になんねーのかよ!」
「オレ攻撃手だからそういうのわかるし」
「見る前から喧嘩すんじゃねぇ!小寺、適当に選べ」
「了解」
結局、王子のログから再生することになる。目線ログでは本人の視界がほぼそのまま動画データとして残されており、細かい眼球の動きまでは再現できないものの視線の動きが体験できるようになっている。
空閑のログに移るころには全員がカメラ酔いの状態になっていた。
「ぎゃはははははは」
「なんだこれ!やべー」
「トリオン体じゃなかったら吐いてますね、これ。ダル……」
「全部見ようとするな。感じるんだ、動きを」
荒船の隣を見れば血の気が引いて真っ白な顔になった奈良坂がうつむいている。
「おい、大丈夫か?」
「はい……」
返事の様子も弱っていたので奥の部屋に連れていきベイルアウトマットの上に寝かせてやった。
「すみません」
「気にすんな。ありゃ大人数で見るもんじゃねぇな。後で速度落として見た方がいい」
「そうですね……」
強くなりたい。なのに自分の才能は限定的で、苦手な分野の方が圧倒的に多い気がする。
一旦ベイルアウトマットを離れた荒船が麦茶のペットボトルを渡してくれる。珍しい物を置いてるなと思いつつありがたく受け取った。
「お前、日曜空いてるか?」
「はい」
「どっか行くから、行きたいところ考えとけよ」
不思議そうな顔をする奈良坂に荒船は首の後ろをかく。
「お前、根詰めすぎる方だろ。たまには息抜きしに行くぞ」
「はぁ」
「何も案出さなかったら一日中俺の見たい映画ハシゴさせるからな」
強引に誘ってしまったか、と内心緊張しながら奈良坂の顔色を見るとはにかんだような笑顔で、
「それは、避けたいですね」
とつぶやく。
笑った顔を見たのは初めてだった。
END