波形の特徴2 授業終わりのチャイムと共に、奈良坂はスマホに電源を入れた。数週間前から荒船に訓練メニューを組んもらっていて、今日のメニューについて聞きたいのだが『もう少し待ってくれ』というメッセージ以降、連絡がないのだ。
アプリを更新してみても新着メッセージは無し。せっかく手ごたえを感じ始めたところだし、繰り返しでもいいので続けたい。少しでも話せないかと荒船の教室を訪ねることにした。
「失礼します」
三年生の教室を訪ねると上級生達がこちらを遠巻きに見ながらざわつく。
「あの……荒船先輩は……」
「え?荒船くん?」
「おい、荒船どこ行ったー?」
伝言ゲームのようにクラス中に広がるが、誰も行き先を知らないようだった。奈良坂は一礼すると
「失礼しました」
と言って教室を後にした。ため息を吐きながら廊下を歩いていると向こうから歩いてきた犬飼に声をかけられた。
「お疲れー」
ボーダー内での黒スーツ姿のイメージがあるせいか、校内で見ると年相応の高校生で、なんだか違和感がある。
「お疲れ様です。あの、荒船先輩がどこにいるか、知りませんか?」
「荒船?」
「はい。今日、何度かメッセージを送ってみたんですが連絡がつかないので」
「ふぅん。教室にいないってことはサボり?ちょっと探してみよっか」
犬飼に連れて行かれるままついて行く。屋上や体育館に姿はなく、校内を歩き回って使われなくなった空き教室にたどり着いた。
「ほら、居た」
「あ?」
机に向かっていた荒船がこちらに気づいてガシガシと頭をかく。
「ありがとうございます」
「いいよ。見つかってよかったね」
「はい」
じゃあね、と軽く手を振って犬飼は行ってしまった。
「あー……俺、探してたのか」
座れよ、と促されて荒船の前の椅子に腰掛ける。
「はい。あの、訓練メニュー、考えるのが大変でしたら……」
「いや、大変っつーか、悩んでたんだ」
荒船の机には思いつくままに走り書きしたノートが広がっていた。
「効率的にやろうつって手ぇ出したわりに、ゴールを決めてなかっただろ」
眉間にシワを寄せ、腕組みした荒船がノートの文字をにらみつける。
「お前、狙撃手一位になりたいか?」
「……」
今度は奈良坂が苦い顔をする番だった。追い越せない狙撃手一位。当真勇。
「そもそもポジション別ランキングってのは攻撃手以外、ポイントの基準がはっきりしねぇんだ。訓練の順位も加味されるだろうがランク戦や防衛任務の実績の方がおそらく比重はデカい」
なんだか受験対策みたいな話になってきたな、と奈良坂もノートを眺める。
「冬島隊は当真が点取り役だが、三輪隊は三輪や米屋がいるだろ?個人としての点の取りやすさはどうしても差が出る」
「それは……米屋にも言われたことがあります」
ただポイントにこだわって一位になるならやり方はある。しかし、それで本当に当真を追い越せたといえるのだろうか。
「その辺考えてたら煮詰まっちまった。……狙撃手に求められる要素ってなんだと思う?」
シャープペンシルで指されて、奈良坂は少し考え込んだ。
「狙撃手に求められる要素……ですか」
グラウンドから部活の掛け声が響いてくる。野球部のバッティング音が時折聞こえる。
「捕捉、掩蔽、精密射撃、俯瞰、空間認識……仲間との連携、というのもあります」
「そうだな。お前は捕捉掩蔽や精密射撃は文句無しに強いし、仲間との連携も問題ない。
なら次に伸ばすべき要素はどれだと思う?」
「伸ばすべき要素……」
荒船をこれを悩んでいたのだろうか。狙撃手として自分に足りないものとは?
「難しいだろ?だから、角度を変えてみることにした」
ノートをめくって奈良坂の方に向かって逆さまに文字を書く。綺麗とは言い難いが上下逆の文字をよく書けるなと奈良坂は感心した。
『ボーダーで一番信頼されている狙撃手は?』
「一番信頼されている狙撃手……ですか」
「そうだ。戦場で一番頼りにされてるのは?」
「それは……東さんです」
「正解だ。東さんは狙撃手一位じゃねぇが、戦力としての信頼度は半端なくある。その理由は?」
スピーカーから下校を促すアナウンスが流れる。気づけば話し込んでしまっている。
「盤面を読む力、戦術を組み立てる力、指揮官としての指導力、人望……でしょうか」
「経験と人望は一朝一夕には無理だが、他は今からでもできそうだろ」
今までやったことあるか、と聞かれて奈良坂も首を横に振る。
「正直、苦手な分野です」
三輪隊では指揮は三輪がメインで奈良坂は米屋や小寺が色々意見するのを黙ってみているということも多い。
「ならやる価値はあるな。俺も得意じゃねぇから、教えるっつーより一緒に訓練する感じになるけどいいか?」
「はい。あの……ありがとうございます。俺のために」
恐縮する奈良坂の顔を見て、よく考えたらどうしてそこまで口を出しているのかわからなくなり荒船の視線まで泳いでしまう。
「あ、いや……こっちこそ悪ぃな。勝手に色々言って……」
「いえ、嬉しいです」
「なら、いいけどよ……」
ちょっと手を貸せばもっと強くなると思って口を出したはずだったのに、考えれば考えるほどわからなくなる。
下校のアナウンスが再び流れる。最終下校時刻が迫っている。時計を見て荒船が言った。
「今日はもう本部まで行く時間ねぇな。なんか食って帰ろうぜ」
ノートとペンケースを片付け、立ち上がる。
「あ、はい」
「教室に荷物あるからそっち寄ってくぞ。『かげうら』でいいか?」
「俺、初めてです」
「本当か?カゲ居たら面白れぇな」
初めて行くという『かげうら』でどんなメニューと頼もうかと歩く荒船の背中はずいぶん楽しそうだった。
END