ホットドッグ「おれの好きなホットドッグはね……」
犬飼先輩はそう言って教えてくれた。
〇〇〇
俺の好物はシュークリームとバターどら焼き。おやつに出てくると嬉しいし、食べたい時には自分で買いに行ったりする。でも、犬飼先輩がホットドッグを好んで食べてる姿はあまり見たことがない。
「ホットドッグ、ありますよ。食べますか? 」
映画館のメニューにホットドッグがあったので、なんとなくそう聞いてみた。
「ありがとう。でもお昼ごはんさっき食べたし、飲み物だけでいいかな」
さらっと流すと犬飼先輩はグレープソーダとポップコーンを注文してしまう。もっとグルメなお店のホットドッグがいいとか? マスタードかけ放題じゃないとイヤだとか?
首をひねる俺を犬飼先輩が呼ぶ。
「辻ちゃーん、ほら行くよー? 」
「あ、すみません」
慌てて後を追いかける。ここの映画館はエントランスから実際に上映するシアターまで、エスカレーターで階をまたがなくてはいけなくて、のんびりしてると遅れるんだった。
〇〇〇
長年の疑問を犬飼先輩が教えてくれたのは一緒に暮らすようになってからだった。
スーパーでちょっとレトロなパッケージのコッペパンを見つけて、
「おれこれ好きなんだよね」
犬飼先輩が買い物カゴに入れたのだ。
「ついでにキャベツとソーセージ買っていこう。ホットドッグ食べたくなってきた」
鼻歌まじりに野菜売り場へ向かう犬飼先輩の背中につい、
「先輩が作ってくれるんですか? 」
と聞いてしまった。明日の食事当番は俺のはずだけど。
「いいよ。作ってあげる。辻ちゃん、ホットドッグに何かこだわりある? 」
俺はフルフルと首を振った。パンの焼き加減にも、マスタードの種類にもこだわりはない。
「じゃあ、犬飼家の特製ホットドッグ作ってあげよう。きっと辻ちゃんも好きだよ」
まるで幼い子にするように目を細めて、犬飼先輩はそう言った。
〇〇〇
翌朝、いつもなら「寒い日は布団を出たくない」とか「天気が悪いと気分が上がらない」とかしょうもないことを言ってベッドに張り付いている先輩が、俺よりも早く起きてブラックデニムのエプロンを巻いていた。
「おはよう、辻ちゃん」
「おはようございます……」
眠い目をこする俺とは対称的に、犬飼先輩は楽しそうにフライパンでホットドッグ用の長いソーセージを焼いている。
先輩は慣れた手つきでパンの切れ込みにバターを塗って、少ししんなりしたキャベツをたっぷりと挟む。焼き目のついたソーセージも挟んで、トースターに二つのホットドッグを並べる。
「このパンすぐ焦げるから、焼き加減が難しいんだ」
先輩がトースターから離れられなさそうなので、コーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注ぎ、テーブルにランチョンマットを敷く。ケチャップとマスタードを冷蔵庫から出した。
チーン、という軽快な音とともにホットドッグが焼きあがる。
「ありがと、辻ちゃん」
「いえ、これくらいは」
「じゃあ、食べよっか」
席につくと俺の前にできたてのホットドッグが届けられる。
二人でいただきます、と手を合わせて熱々のホットドッグを頬張った。
「どう? おいしいでしょ」
得意げな笑顔の先輩に、俺は口をもぐもぐさせながらうなずく。
「んぐ、ぅまいです」
パン自体が普通のコッペパンよりだいぶ甘い上に、キャベツにも何か味付けしてあってほんのり甘酸っぱい。
「うちの母親が昔よく作ってくれたんだよね。今食べるとパンもキャベツもケチャップも甘くて子ども向けだなーって思うけど、たまに食べたくなるよ」
犬飼先輩がマスタードをたっぷりかけられるようになったのはいつ頃からなんだろう。そして、
「こんなにおいしいのに、どうして今まで教えてくれなかったんですか? 」
と思ったままを口にしたら、犬飼先輩の下まぶたが少しだけ上へ持ち上がった。
「ん? パンがあんまり売ってないやつだし、できたてをごちそうできる機会もなかったから」
それも理由のひとつなんだろうけど、きっと核心じゃないなと勘づく。先輩の顔を見つめながら黙々とホットドッグを食べていると、犬飼先輩は観念したようにマグカップを置いた。
「好物が母親特製の甘いホットドッグとか……ちょっと恥ずかしいじゃん……」
赤味の差した首を冷やすように手を当てて、そっぽ向く。
「別に恥ずかしくないと思います。実際、おいしいですし」
唇を尖らせた犬飼先輩が、横目で俺を見る。
「じゃあ、辻ちゃんおれの代わりに言ってみてよ。『好物は母親の作った甘いホットドッグです』って」
「え 嫌です」
「ほらぁ 」
二人でやいやい言い合ってるうちに遅刻しそうになってしまったけど、好きな人の好きな物がわかって良かったと思う。
ただ、自分で言うならやっぱりシュークリームとバターどら焼きかな。
END