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    ギギ@coinupippi

    ココイヌの壁打ち、練習用垢
    小説のつもり

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    ギギ@coinupippi

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    幹部ココイヌ。
    イヌピーに憧憬のような岡惚れしてしまうモブ部下と、それを燃料に戯れ合うココイヌの話。
    勢いだけで書いたからオチも弱ければ意味も解らない話になってしまった…

    #ココイヌ
    cocoInu

    2人しかいない惑星。「乾さん、あのグレーのパーカーの奴です」

    「ああ」

     部下が乾へ数十メートル先に居る人物を顎で指し示すと、乾は目視して頷いた。ターゲットとされる男はグレーのパーカーの黒いキャップ、デニムにスニーカーといった極平凡でどこにでも溶け込めるような出で立ちだった。
     相手側だって見つかれば無事では済まないリスクを覚悟でやっているんだろう。服装や顔つきに特長を持たせず覚え難くするのは当然だ。
     男は最近この界隈に現れた。分類的には薬物の売人になるのだろう。昔のように反社組織のシノギとしての生業という訳でもなく、一般人が簡単に薬物や脱法ハーブなんかを手に入れられる。ちょっとした知識があればブレンドしオリジナルの物だって作れてしまう。それをSNSなんかで隠語を使い売り捌く。
     足がつかないように匿名で色んな場所から配送したりと随分手軽になったものだ。常ならそんな小者放っておくかせいぜい見つけ次第善意を装って通報してやる程度の嫌がらせをするくらいだ。
     それが今回何故、乾の属する組織から目をつけられる事になったのか。男が薬を売った相手が悪かった。組織の経営する高級クラブの一つで働く女だったのだ。人気のある稼ぎ頭であったらしい女は脱法ハーブという気軽さに簡単に手を付け、それを顧客にも流した。
     そんな事をされれば様々なリスクを被る事になる。質の悪い混ぜ物であれば運が悪ければ命を落とす。高級クラブの顧客であればそれなりの地位や立場がある者ばかり。その死因が薬であれば当然出処を警察が調べる事になる。
     厄介な事になる前に出処を突き止め、売人の背後関係を洗い粛清するのが乾の仕事の一つだった。ネットの影に雲隠れされると相手を搾るのも難しくなるが、こちらもそれなりにそういった事に強い人材は揃っている。
     そんな訳でやっと探し当てたターゲットとなる男を直接にこの目で確かめた乾は、男の身柄をこれからどうしていくかを部下に指示を出す。背後関係は特にデカイ組織がある訳でも無い。ちょっと悪知恵の働くガキ達で小銭稼ぎしている程度の何て事は無い連中だ。
     暫く泳がせてから女でも使って呼び出して後はいつもの通り。処分するだけ。それも見せしめになるように一人だけを始末すればいい。

    「乾さん、こっちに来ます!」

     小声で部下が乾へと耳打ちして来た。ターゲットは何か勘付いたのか突然方向転換して、乾達の方へ走って来る。今接触するのは厄介だ。しかし露骨にこちらが後退するのも怪しまれてしまう。どうするか考えている程の時間は無く、男がどんどん近付いて来る。
     雑居ビルが立ち並ぶ夜の繁華街。酔っ払いのフリでも一芝居打とうと部下の衿首を掴んだ。そのまま背中をビルの壁に押し付けると覆いかぶさるように顔を近付けた。
     乾の腕で隠れているが、角度的に傍からはキスでもしているように見えるだろう事を計算した。部下に腕を回すよう小声で言えば察したように乾の背中と腰に手が回る。直後に例の男が背後を通り過ぎて行く。
     「ヤロー同士かよ…」と吐き捨てるような不快感を顕にした声が聞こえて、そのまま男は居なくなった。後は別の部下が尾行する手筈になっている。どうにかやり過ごせた事に乾は安堵した。こんな所で勘付かれてはこの半年が無駄になってしまう所だった。

    「おい、もう離せ」

     いつまでも乾の腰に触れている手を叩き落とすと、痛っと声を発してから何故か照れたような顔をされた。乾よりいくつか年下の部下はまだ20歳そこらだったか未成年だったかは覚えていないが、今時の若者といった風体だった。
     乾に長年仕えている者が連れてきたのだったか。初対面はやんちゃそうな見た目と勝ち気で生意気そうな目付きだった。それを乾が『躾け』てやってからは随分従順にはなったが、それでもどこかお調子者のきらいはある。このままだといつか痛い目に遭うかもしれないが、そんなもの乾の知った事では無い。仕事さえ熟してればあとは興味も無かった。

    「今日はもう良い。飯でも食って帰るぞ」

    「はい、肉がいいです!」

    「…お前、肝が据わってんのか馬鹿なのかわかんねぇ奴だな」

    「うっす!ありがとうございます!」

     褒めてねぇ、と乾より少し下にある頭を小突きながら牛丼で充分だと返せば牛丼好きです、と元気な声が返ってくる。何を言っても響かないとはこの事か、と半ば諦めた気持ちで乾は溜息を吐いて歩き出す。今日は目立つからカジュアルな私服だし高級店よりチェーン店に入るほうが自然だろうと判断した。 
     そんな乾の背中をまるでよく懐いている飼い犬みたいについて歩く。

    (乾さん、やっぱカッケェ。近くで見ると睫毛長いし良い匂いしたなぁ。でもこの匂いどっかで嗅いだような…)

     先程カモフラージュの為に至近距離になった時に感じた乾からする香水の匂い。それを何処かで嗅いだ気がするがその時は思い出せなかった。


     それから件の部下は、単純にも乾の事を意識するようになってしまったようだった。あの日の事を後々、あのまま本当にキスしても良かったのになぁ等と同僚に宣った。それを聞いた同僚はよくあの強面で迫力のある上司相手に思えるものだと呆れた視線を寄越した。
     それに対しても乾さん怖いけど、良く見ると美人なんだよな…と腑抜けた事まで言い出した。何を言うかと思えばそんな世迷い言。相手は最高幹部の一人である、あの乾青宗なのだ。確かに他の幹部連中に比べたら乾は無口ではあるがまだ話は通じる方ではある。だが決して優しい男では無い。
     仕事を熟し、成果さえ上げていれば何も言いはしない。だがミスをすれば場合に依っては、粛清の対象になり得る。乾はそこに情を挟む男では無い。それを知った上で美人だとか、案外腰が細いだとか寝惚けた事を言っているのであればコイツは頭がおかしい。
     もしかしたら、組織に入った頃に舐めた口を聞いた事で乾に蹴り上げられ壁に打つかったあの時に頭をやってしまったのかもしれない。
     思うだけであれば自由ではあると、同僚達も放置をしていた。それに最高幹部とそう接触する機会も末端の構成員には無いのだ。その内質の悪い夢から覚めてくれるだろう、と。
     だがタイミングが良いのか悪いのか。件の部下はその頃頻繁に乾と顔を合わせる機会に恵まれてしまった。例の売人である男の周辺から情報を得る為に、歳若く見た目もその辺の若者といったチャラついた風体が役立つのだ。
     以前であれば乾が来ると聞けばどうにか顔を合わせないように雑用に逃げたり、隅っこで目立たないようにしていた癖に。今では乾からの連絡に声を弾ませ、直接会えるとなると浮き足立つような態度になる。
     乾を前にすると、恐怖ではない感情から緊張してしまい吃ったりソワソワと落ち着きが無くなる始末だった。
     流石にそんな態度を取られれば乾も訝しんだ。具合でも悪いのか、と顔を覗きこまれただけでうわぁと赤面して飛び退いた。あからさま過ぎだった。
     そんな部下の反応を見て乾も何か思う所があったのか、気怠そうな顔をして面倒くせぇな、と誰にも聞こえ無い程度の声量で呟いた。

     それから数日。件の部下は届け物してこい、と自分より上の人間から指示を受けた。上下関係には厳しい世界だ。どんな理不尽な事だろうと、上から言われたら従うのが当然。わかりました、と返答し1枚の封筒を
    手渡される。

    「それを九井さんの所に届けて来い。麻布の会社に居るから」

     九井、の名前に一瞬息を呑んだ。直属の上司では無いが、九井一は乾と同じ最高幹部の一人。そして乾とは幼い頃からの仲だとは聞いている。
     見た目こそ小綺麗で精錬された雰囲気の男であるが、その目付きからはいつ見ても温度が感じられ無かった。恐らく、組織の中でも稀咲鉄太と並ぶ頭のキレる男でもある。そんな九井に逆らって消えた者や非業の最後を迎えた者達の噂は後を絶たない。見た目で優男だと侮り、死ぬより辛い目に遭わされた者は数知れず。
     そんな九井の事を苦手に思うのも無理は無かった。しかし上の者からの命令とあれば従うより他は無い。ただ頼まれた物を届けるだけの簡単な事でも、九井の機嫌を損ねるような事をしてしまったら最悪明日にはこの身は、存在はこの世から無くなっているかもしれない。
     等と脅える気持ちはあるが、実際の所は噂ばかりで九井の事は殆ど知らなかった。何度か乾を迎えに行った時に見掛けた程度。確かに纏う雰囲気や冷たい目は只者では無いように感じられたが、乾と軽口を叩きあっている所を見ると普通にも見える。
     
    「そういえば、九井さんの所に乾さんも居るらしいから。帰りは乾さんを送ってそのまま帰って良いってよ」

     そう言って車の鍵を手渡される。高級外車のそれを受け取りながら、毎回傷つけやしないかと気を使うから大変なんだよなと思う。だが短い時間でも乾を乗せて居られるのは嬉しい。無口な乾はあまり話が盛り上がるタイプでは無かったが、バックミラー越しにあの顔を覗き見れるのは悪くない。機嫌が良いと稀に食事に連れていって貰える事もある。

    「…お前、乾さんに目掛けてもらってんだから余計な気起こすなよ」

     浮かれた空気を気取られたのか、そんな風に念を押された。それに一応はい、とは頷くも憧れる気持ちを自分でどうにか出来るものか。少しだけムッとしてしまう。

    「九井さんは容赦無いぞ。あの人にだけは目をつけられたら終わりだ」

     そんな忠告までされるも、何故今ここで九井の名がと不思議に思う。確かにあの二人は幼馴染で、黒龍というチームから一緒で今の地位に居るのだから仲は良いのだろう。だがそれがどう関係あるのか、と思う。

    「お前は何を見ても知っても、知らない忘れる事に徹しろ。今のまま黙って乾さんに従ってりゃ悪いようにされないから」

     その忠告が意味する事をこの時、全くわからなかった。
     だが、それはこの後間もなく身を持って知る事になるなどと愚かな男は思いもしなかった。ただ乾に会えると、それだけを楽しみに車に乗り込んだ。

     
     九井の経営する会社の一つであるIT会社の入るフロアで受付に名乗れば、美人揃いの受付嬢がにこやかに対応する。内線を繋いで使いの者が来た旨を告げればそのまま社長室へ向かうよう指示される。
     量販店で買った安物の吊るしのスーツはこういう時に簡単に会社に溶け込める。美しく物腰も穏やかな受付嬢に見送られ少し気分が良い。下世話な噂によると、九井の会社の受付嬢や秘書達は彼の愛人達らしい。ベタな話ではあるが、その方が『特別な接待』だのなんだのと都合は良いのだろう。
     乗り込んだエレベーターが目的の階で止まると、そこから真っ直ぐ続く社長室へと足を向けた。社長室の前には秘書にしては少しガタイの良過ぎる男と、これまた美人な女性が出迎えた。用件を告げると部屋へと通される。扉の前でノックを3回すると入れ、と九井の声がした。
     許可を得て室内に入れば、広々とした室内には応接スペースある。その奥、大きな窓の前にマホガニーで出来たの品の良いデスクが見えた。革張りの椅子にスーツに身を包み腰を掛けてる九井の姿がある。その横に立っているのは乾だ。
     九井の座る革張りの椅子の背凭れに腕を置き、何やらパソコンの画面を覗き込んでいる。2人の顔の距離が肩が触れ合う程に近付いていてもまるで自然な様子だった。
     深々と頭を下げお持ちしました、とだけ伝えれば九井が人差し指を曲げて呼び寄せる。あまり顔を見ないように、出来るだけ視線を合わせない様に顔を下げながらデスクの前まで進んだ。それから預かっていた薄い封筒を差し出す。
     受け取ると九井は封を開け逆さまにする。封筒の大きさの割に小さなSDカードがコロンと転がり落ちた。それをスマホに差し込むと何かを確認した様子で頷いた。乾も頷いている。何が入ってるかなんて末端の自分の預かり知らぬ所。
     何をされた訳でも無いのに室内に入った時からどうにも居心地が悪い。その理由は先程から必死に見ないようにとこちらが気を使っても、無遠慮にじろじろと注がれる九井からの視線のせいなのは明白だった。
     いつもなら乾が居る、乾の姿を近くで見れた事に内心で喜んで居るくらいだったのに。今はそれを見る余裕も無い。とにかく早くここから出たかった。

    「ご苦労さん、下がっていいぜ」

     九井からの許可にほっと安堵した気持ちで顔を上げ、チラリ乾の方へ目を向けた。確かこの後は乾を車で送り届ける筈だ。
     九井と何やら仕事の話をしている乾に手で待つように制されて、返事をし部屋の隅まで下がる。盗み見た乾は、相変わらずの無表情だった。だが窓から差し込む陽の光に照らされて、金色の髪もエメラルドみたいな瞳もキラキラと輝いていた。それを目にすると、恐怖心よりもやっぱり綺麗だなと思う。
     あの日あのぽってりとした唇が触れそうになる程に近付いて、その吐息を感じた事や真っ白な肌から匂い立つ香水を思って頬が熱くなってしまう。
     ここの所ずっとこの調子だ。自分でもコントロール出来ない感情を持て余している。でもただ思うだけなのだから。実際に乾とどうこうなりたいなんて大それた事を思うわけじゃない。
     
    「おい、何ぼんやりしてんだ。行くぞ」

     つい乾に見惚れてぼけっとしてしまった。乾から声を掛けられて慌てて背筋を正す。それを呆れた目で見られてやってしまったと思った。せっかく乾を送る役が回って来たのだ。彼を失望させる訳にはいかない。
     この後は乾と少しだが密室に2人きりになる。会話がある訳でも況してや触れられる訳でも無いが、それだけでも浮き足立つ気持ちを押し殺す。
     デスクの向こう側からこちらへ向かって来る乾を見て、彼よりも一足前を歩きドアを開けようとドアノブに手を掛ける
     振り向くと見送る為か、乾の隣には九井も連立って一緒に歩いて来ていた。高級なスーツを着こなし立ち並ぶ2人のスタイルの良さは絵になった。乾は華やかな顔立ちをしているが、九井は品のある顔立ちをしている。自分なんて乾よりも身長は低いし並んだ所で引立て役にすらなれるかどうか。

    「夜は?」

     乾が短い言葉で尋ねる。無論、相手は自分では無く、九井に宛てにであろう。それに今日は早めに切り上げる。食事でも行こう、と九井が答えると乾はわかった、と短く頷く。そういったやり取りから2人が気心の知れた仲なのが伺える。
     乾の夜の予定は決まってしまったらしい。滅多に無い事ではあるが、運が良ければ乾と食事に行けたかもしれないのにその可能性も無くなった。何も普段幹部連中が口にしてるような高級なレストランに行きたい訳じゃない。
     あの日、乾と食べた牛丼屋なんかで十分だった。カジュアルな服装で自分と同じように牛丼を掻き込んでいた。その横顔がいつもより少し幼気に見え、可愛いなんて思ってしまった。口を開けばお世辞にも上品とは言えない言葉を吐く唇はそれに反して綺麗な形をしていて、小さめで…良からぬ事を考えてしまいそうになり振り払うようにドアを押し開く。

    「じゃあ、あとでな」

     声を掛けた九井に軽く手を上げて応えると、乾が開かれたドアから足を踏み出そうとして立ち止まる。どうかしたのだろうか、とそちらを見ると乾と一瞬だけ視線が交わった。 
     こちらを見つめる視線は長い睫毛が瞬く間に反らされて、それだけなのに思わずドキリとしてしまう。そんなこちらの様子など意にも解さず、乾は背を向けた方向へ振り返った。それから何を思ったのか、突然九井の腕を掴み引いた。
     まさか、殴りかかるのかと驚いたがそれは杞憂だった。乾は引き寄せた九井の頬に手をやると、あろう事か、唇を重ね合わせたのだ。

    「なっ…!」

     思わず声が出てしまいそうになったのをどうにか飲み込んだ。乾の行動に九井は少し目を見開いたが、そのまま目蓋を下ろすと乾からのそれを受け入れた。
     ほんの数秒の事だったのに、とても長く感じるくらい2人は唇を重ね合わせつづけた。時折漏れる吐息や濡れた音すら聞こえた。
     2人が離れた時には、互いの赤く濡れた舌先が見えてあまりの光景に足が震えそうだった。乾はどちらの物とも解らない唾液で艷やかに濡れた九井の唇を指で拭うと、あとでな、ココ。と笑って言った。

    「出来るだけ早く帰る。」

    「期待して待ってるよ」

     笑って返した九井に満足気な顔をして頷いて、今度こそ乾は社長室から出ていった。
     その後の事はあまり覚えていない。エレベーターを降りて、乾の車を運転して乾を自宅まで送り届けた。
     行動はしているのに心が、頭がついていかない。ミラー越しに乾の顔を盗み見る勇気すら無かった。
     マンションの駐車場に車を止めたまま、ハンドルに額をつけるようにして項垂れる。目を閉じれば先程の光景を思い出してしまう。
     二人の重なり合う唇。慣れたような仕種…。二人はただの幼馴染なんかじゃないのだろうか。
     別に乾とどうにかなりたかったわけじゃなかった。だけど、あんなの目の前で見せつけるような事をされるなんて。そんなの、自分なんてその辺の電柱と同じ扱いだと言われたみたいで切なさが込み上げてくる。
     乾が乗っていた車内の残り香すら辛くなる。そう思ってから、ふとそれに気付いてしまった。
    この香水の香りは、社長室に居たときに九井からもしていたのだ。
     同じ香りを纏う2人。つまり、彼等は自分が知らないだけでずっとそうだったのか。だからそれを知っていた上の者は自分に忠告をしたのだ。何も知らなかったのは己ばかり。 
     一人で舞い上がって、馬鹿みたいだと乾いた笑いが零れた。
    後には言いようのない虚しさと、愚かな自分への羞恥心だけが漂う。



     2人の男が広々としたベッドで戯れたあと、乱れたシーツの上で微睡んだ。九井の細く骨っぽい指先が短く切り揃えられた乾の髪を優しく撫でるのに、心地良さげに目を細めた。

    「相変わらずモテるな、イヌピーは」

     揶揄うような声音の九井に面倒な予感がして、あ?と素っ気なく返事をした。それを気にするでもなく、九井は乾の柔らかな髪を撫でて時折耳朶の感触を楽しんでいる。
     
    「今日来たアイツ、チンピラ上がりだっけ?イヌピーは面倒見良いからなぁ」

    「お前がわざわざ呼べって言ったんだろ」

    「疚しい事が無いなら呼んでも良いんじゃないか、って言ったんだ」

    「俺達は疚しい事だらけだろ」

     九井の言わんとしてる事を解りながらも態とそこを外すように冗談で返した乾は、欠伸を漏らす。何をそんなに気にしてるのか知らないが、乾に取っては如何でも良い事なのだ。
     だが九井は些か色んな事に気付き過ぎる。そのせいで色々見えてしまい、考え過ぎるのだと思う。そういう性質も生き難そうだとは思うが今更だ。

    「仕込んだら使えそうだったから俺の所に入れただけだ。実際、今回の仕事にも役立った。使えるものは使った、それだけだよ」

     乾の言葉にふぅんと笑みを浮かべているが、その黒い目は全く笑っていない。こうなるとこの幼馴染は本当に色々面倒臭いのだ。
     これが他の人間だったら勝手にしろ、と捨て置く事も出来たが相手が九井とあってはそうも行かない。如何でも良い相手じゃないから、困る。

    「何余計な気回してんのか知らねぇけど」

     言いながら乾はそのまま九井に覆い被さると、唇が触れそうなほど顔を近付けた。上から覗き見る漆黒の瞳は室内の照明を受けて美しく光っている。
     長年見続けてきた見慣れた顔なのに。関係性一つ変わるだけで、拗ねたような表情さえ可愛いく見えるのだから自分の頭も湧いていると思う。

    「俺をどうにかしようなんて物好きは、ココだけだ」

    「…どうだかな」

     まだ納得のいっていない様な表情で、乾の顎を掴むと引き寄せて唇を重ねる。声こそ巫山戯たように装ってはいるが、瞳は不満そうな色が見える。

    「まさか、本気で妬いてんの?」

    「うるせー。イヌピーの思わせぶり野郎」

     普段は知的な会話を好み、頭の悪い奴と話すと疲れると人を小馬鹿にしたように笑う男にしては何とも語彙力の無い悪態だった。可愛い、と思わず口に出して笑うとシーツ越しに足を蹴られた。

    「そんな事で妬いてたら、俺は今頃お前の部屋を女の死体でいっぱいにしてる所だよ」

     それにココの場合は本当に手出してるしな、と付け加えるとバツの悪そうな苦い表情をした。本気で九井の女関係にどうこうなんて思っている訳では無い。
     だが無いなら無いほうがそりゃあ乾だって良いとは思っている。辞めろなんて言う気は更々無いが。

    「それは困るな。俺も遊びは程々にしておくよ」

    「そんな気ない癖に」

     心にも無い事を言うなと、頬を齧るフリして甘噛みする。それに擽ったそうに笑うと、九井も乾の高い鼻先に軽く歯を立ててじゃれ合う。

    「今回は命拾いしたなアイツ。」

    「ベッドで他の男の話はマナー違反だって教わらなかったのかよ」

     まだその話を続ける気なのかと、飽きれた視線を寄越しても九井はやはり何処か面白く無さそうな顔をしている。
     今回の件は、少し部下に構いすぎた自覚はある。しかもそれを九井に勘付かれた事も良くなかった。
     仕事で出向いた乾へ、最近気に入ってる部下が居るんだろ?なんて直接言われた時にもこれは長引いたら怠い事になると思ったのだ。だから何も無いのだと呼び出す事を承諾した。わざわざ適当な用を言い付けて。

    「お前をあんな目で見る方がよっぽど悪いだろ」

    「まだガキなんだよ、勘違いしてるだけだ。ほら吊り橋なんたらとか言うのあっただろ」

     適当な口調で言い返しながら、すっかり取り繕う事をやめた九井の皺の寄った眉間や頬、それからスッと通った鼻にちゅっちゅっと可愛いらしい音を立てながら唇を落とす。

    「吊り橋効果な。まあ良い、次見掛けた時もふざけた態度が変わって無かったら二度と帰って来れない所に飛ばす」

    「なんだ、俺の愛が伝わってないみたいだな」

     未だ機嫌が直らない九井へ胡散臭いセリフと共に肩を竦めてみせた。普段から愛だの、なんだのと甘い言葉を言い合うような仲でも無いのに

    「はは、あれは中々熱烈なキスだったよ。惚れるかと思ったくらい」

     思い出したように笑い出した九井に釣られるように笑ってから、その薄い唇にもう一度浅く口づけた。
     見せつける、というよりはあの時は九井の意識を部下から反らし機嫌を取る方が重要だった。乾に取っては部下の目も、気持ちもどうでも良い事で気になるのは目の前の男の事だけなのだ。
     それを当の本人は解ってるのかいないのか、時折こうして子供じみた事を言うから質が悪いなと思う。

    「なんだ、まだ惚れ足りないのか?」

     乾が軽口で返すと、2人で暫し見つめ合った。その数秒後にはクスクスと笑い合って、身を寄せて抱き合いベッドに転がり落ちていった。
     誰がどう思おうと、乾と九井の間にある物を壊す事なんて出来ない。
     例え愛を囁き合わなくても、そこには誰1人介入する事さえ敵わない。それ程までに2人の世界は閉鎖的に閉ざされている。
     不毛だろうと滑稽だろうと、それが不器用な男達の1つの愛の形なのかもしれない。







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    ギギ@coinupippi

    DONEココイヌだけどココは出て来ない。
    またモブが出張ってる。
    パフェに釣られてイヌピーがJKからココの恋愛相談を受ける話。
    逞しく生きる女の子が好き。
    特大パフェはちょっとだけしょっぱい。乾青宗はその日の夕方、ファミレスで大きなパフェを頬張っていた。地域密着型のローカルチェーンファミレスの限定メニュー。マロンとチョコのモンブランパフェは見た目のゴージャス感と、程良い甘さが若者を中心に人気だった。
     そのパフェの特大サイズは3人前程あり、いつかそれを1人で食べるのが小学生からの夢だった。しかし値段も3倍なので、中々簡単には手が出せない。もし青宗がそれを食べたいと口にすれば、幼馴染はポンと頼んでくれたかもしれない。そうなるのが嫌だったから青宗はそれを幼馴染の前では口にしなかった。
     幼馴染の九井一は、青宗が何気なく口にした些細な事も覚えているしそれを叶えてやろうとする。そうされると何だか青宗は微妙な気持ちになった。嬉しく無いわけでは無いのだが、そんなに与えられても返しきれない。積み重なって関係性が対等じゃなくなってしまう。恐らく九井自身はそんな事まるで気にして無いだろうが、一方的な行為は受け取る側をどんどん傲慢に駄目にしてしまうんじゃ無いかと思うのだ。
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    DONEココイヌちゃんがチェーン系列のフード店でデートするお話です。⑤カラオケ店
    カラオケ店はフード店じゃないというごもっともなつっこみは、心の中でお願いします…
    ココイヌデート⑤カラオケ店「九井さん! 来ました!」

     キッチンに衝撃が走った。
     九井さんは、べつにこのチェーン系列カラオケ店のマネージャーでもエリア長でもなんでもない。一般人である。たぶん一般人ではなく、おそらく関東卍會の、げふんげふん、いや、うん、それは確証がないし、考えないことにして、一般人ということにしておく。
     身なりからして金を持っているであろう彼だが、なぜかときどき当店をご利用される。そしてキッチンのストックを空にしていく。なにしろ九井さんはよく食べる。めちゃくちゃ食べる。マジであの細い体のどこに入っているんだというくらいのブラックホールだ。
     そのうえ九井さんはメニューをいろいろと楽しみたい方で、「トマトの海賊風チキンみぞれ煮バゲット添え」なんていう当店で三カ月に一回も出たことのないメニューも頼む。そのたびにキッチンはレシピはどこだと探す羽目になる。しかも、九井さんはたいてい一時間でご退室される。つまりスピード勝負なのだ。
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