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    ju__mati

    呪の七五置き場。書きかけの長編とか短編とか。
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    POIPOI 19

    ju__mati

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    負傷して流血したけど諸々あってうまく反転術式を回せなかった五が七に見つかって…というお話。
    なこさんの『その後の話』(https://www.pixiv.net/artworks/92989745)という漫画に触発されて書いてしまいました…
    追記:なこさんがこのお話を受けてイラストを描いてくださいました!😭
    https://poipiku.com/2376993/5356322.html

    #七五
    seventy-five

    反転術式に頼りすぎるのは良くないよ、という、現在の主治医で元同級生の言葉を思い出した。ないと思って戦えよ、と。けれどあるものはあるし、これだって五条のスキルのひとつだ。戦闘でスキルをわざわざ封印する方が良くない、と思う。
    要するに、五条は怪我をしていた。油断をしたつもりもないが、領域を使う呪詛師との戦闘後で、一時的に術式が解けていた。ほぼ体術のみで複数の呪霊の跋除を終えた直後に、古典的なしかけにやられた。物陰に仕掛けられたボウガンが、とどめに集中していた五条の脇腹を抉ったのだ。
    掠めた程度だと思っていたが、戦闘を終えて確認した傷は思ったよりも深かった。矢を抜くと吹き出すほどの出血があったが、冷静に手のひらで抑える。毒の有無を見定め、内臓は傷ついていないことを確認する。反転術式を回そうとして、ふと、面倒臭いな、と思う。
    術式を反転させるためには順転の倍以上の呪力がいる。呪力コントロールはお手の物だが、体の内部に及ぶ治療のためには高度の集中が必要になる。掌印を組んで術式を回そうとして、思考がまとまらないことに気づく。頭がぼんやりとして、視界がかすむ。
    思えば、最後に休養したのはいつだっただろう。このところは繁忙期でもないのに忙しかった。あちこち駆けずり回って任務を片付ける端から呪霊が湧き出す。一級術師の空きがなければ五条が出るし、等級不明な場合も五条が出る。最後に糖分を取ったのはいつだろう。まともな食事をしたのは。一時間以上眠ったのは。ベッドに横になったのなんて、もう記憶にないくらい過去だ。
    つまりは疲れていたのだ。そのせいで魔が差した。五条の体には自己補完の範疇で常に反転術式が回っており、おかげで常人よりもはるかに治癒力は高い。大きな怪我は意識して治療をしてきたが、わざわざそんなことをしなくても、多分、死ねない。


    深夜の任務を終えた七海の元に、五条が戻ってこない、と伊地知からの連絡が入った。一級以上と見込まれる呪詛師と、巨大な呪霊が三体。他の現場から自力でトんできた五条は、資料も見ず窓からの報告も聞かずに、「あーはいはい、さっさと行って祓って来るよ」と面倒臭そうに言った。最近の五条には珍しいことだったが、疲れているんだろう、と伊地知は思った。五条のスケジュールは概ね把握している。
    帳を下ろしてしまえば中の様子は分からない。しかし、普段ならどんな任務でも十分とかからず終えてしまう五条が、二十分経っても、三十分経っても戻ってこなかった。伊地知は結界を張って帳の中を簡単に探索したが、五条を発見することはできなかった。そこで、付近で最も等級の高い術師であった七海に白羽の矢が立ったというわけだ。
    連絡を受けて、七海はすぐに現場に赴き、帳の中に侵入した。視覚効果以外に特別な術式は付与されていない基本的な帳だ。中には元は工場だという廃墟が広がっている。数年前に社長が首を吊って倒産し、夏には心霊スポットとして野次馬も多い、典型的な現代の呪霊の吹き溜まりだ。
    呪詛師がアジトにしていた中心部の建物に向かう。低級呪霊の死骸がいくつか転がっているあたりに五条の残穢があった。それを追いかけて階段を登り、これも五条がやったのだろう、倒壊した屋根の瓦礫片をどけて進めば、入り組んだ廊下の奥に覚えのある呪力の気配があった。六眼はなくても知人の気配くらいであれば七海にも分かる。近距離で、相手が気配を殺していない場合に限るが。
    壁を乗り越えて覗き込んだそこで、床に転がる五条の姿を見つけて、七海は駆け寄った。体をくの字に折って倒れている五条に向かって、「五条さん!」と呼びかけるが、反応がない。肩を軽く揺さぶって、念のためにと触れた首筋が驚くほど冷たくて、ぎくりとする。
    アイマスクをずり下ろして晒された五条の顔は、かすかに苦痛に歪められていた。苦悶に喘ぐというほどではないが、穏やかに眠っているという様子ではない。呼吸が細く、顔色は蒼白で、両腕で抱えるように抑えられた腹部からは、濃い血の匂いが漂っている。
    壁を背にした五条の背後に、黒々とした血だまりができていた。前に流れる量が少ないせいで気づかなかった。急いで抱え起すと、背中から血が滴った。出血多量、意識消失、と応急処置を脳内で検索し、動かす前に止血をしなければ、と思い至る。しかし服が広範囲に濡れているせいで出血箇所が判然としない。
    片腕に五条を抱えたまま七海が懐からハンカチを取り出しているあいだに、五条の瞼が震えて、開いた。隙間から見える青色がさまよって、七海を見つける。
    「あれ……? なんで七海がいんの……」
    「五条さん! 気がつきましたか」
    うろうろと視線が動いて周囲を見るが、まだ虚ろだ。うぅ、と唇から小さな呻きが漏れて、しかし苦痛を訴える前に、力尽きたように弛緩する。瞼も、またとろとろと閉じてしまいそうになって、慌てて声を強める。
    「五条さん! しっかりしてください! 何があったんです!」
    「……なに…? なにが、あったって……?」
    五条の意識が戻って、そのまま、逃すまいと話し続ける。
    「酷い出血です、どこを怪我したんですか。止血しますから、傷がどこか教えてください」
    「え……?」
    「痛む場所を教えてください! どこが痛みますか!」
    「別に、どこも……」
    と、眠そうな声が答えて、しかしおそらく無意識に動かしただろう右手が脇腹を抑えて、そこか、と上着の前をくつろげると、インナーがぐっしょりと濡れていた。五条の手をどけさせたそこには、創傷ではなく刺傷があった。傷口は大きくないが出血が止まらず、深部の血管を傷つけた可能性を思い浮かべて、心臓が脈を乱す。それから、ハッと思い出す。
    「五条さん、反転術式はどうしたんですか。使ってください、傷を治してください」
    「え……あぁ……」
    かなりの間があって、のろのろと五条が返事をした。どの単語に反応したのかは分からないが、ぼんやりしていた表情に意思がのった気がした。それから、脇腹に手が当てなおされて、反対側の手が床に投げ出されたまま掌印を結ぶ。七海は、気休めにもならないと理解しながらも、腹の上の手に手のひらを重ね、五条の体をしっかりと抱え直した。ゆっくり、じわじわと、体温が戻ってくる。ただの感覚に過ぎないが、五条の呪力が廻り始めるのが分かる。
    「いっ…て……あー…いってぇ……」
    かさついた唇が苦痛を訴えるのを聞いて、安堵する。感覚が戻ってきたのだろう。そう思えば、先ほどまでは痛覚すら失いかけた、まさしく死の直前にいたのかも知れないと思って、ぞおっとする。
    回復してきた五条の体がカタカタと震え始めたのを見て、七海は自分のジャケットを脱いで、肩にかけるようにして着せた。失血して体温が下がったのだろうと思えば、こちらも血で汚れているがないよりはマシだ。五条の縦幅と七海の厚みで相殺されてサイズはだいたいちょうど良い。
    しばらく苦痛に呻いていた五条が、やっと体を弛緩させる。傷に当てた手のひらがそのままなので治癒は終わっていないようだが、峠は越えたんだろう。少しでも楽な姿勢を、と、片膝を立てて足を開き、その間に五条を横抱きに抱え込んで、体を凭れさせる。
    「……何があったんです」
    と、七海が聞くと、五条は罰が悪そうに視線を逸らした。
    「……言いたくない」
    「なぜです」
    「言ったらオマエ怒るもん」
    「アラサーがもんとか言わないでください。負い目があるならさっさと吐いたほうが楽になりますよ」
    「刑事ドラマかよ。オマエ似合うね、敏腕刑事。現場に煙たがられてるキャリア組に見せかけて、労働はクソ、ってアンパン食ってる役」
    「余裕が出てきたようで何よりです。それで? 何があったんです?」
    五条はむずむずと唇を歪めたあと、「……なって、」と小声で呟いた。
    「は? 聞こえませんね。返答はハッキリと」
    「……くなって……」
    「理由を説明する気がないならこの場に置いて行きますよ」
    五条の唇が、いいもん、と動きかけたが、七海のひと睨みで、ぐっと閉じた。それからまた言いづらそうに開く。
    「……めんどくさくなって。それで、反転術式使わないで寝ちゃった……」
    「…………は?」
    呆然とするよりも驚くよりも、怒りが一瞬で沸点に達した。低級呪霊が泣いて謝りそうな圧を放って、七海が五条を睨む。五条は必死に顔を背けている。
    「だからさ、あー、怪我したなって思って、治そうとしたんだけどめんどくさくなってさ。反転も結構呪力がいるんだよ。それで、どうせ自己補完で最低限は回ってるし放っといても治るんじゃね、って寝ちゃった……」
    「……五条さん?」
    「あ、あと、自己補完でどこまで治癒できるかっていうのを試したかったのもある。あのぐらいの怪我だと無理だってことね! いやー、いい勉強になったわ!」
    「…………五条さん?」
    「………………ハイ、すみませんでした………………」
    怒りでこめかみに血管を浮かせながらも、五条が腕から抜け出そうとするのは阻止した。インナーをめくりあげて、傷の状態を確認する。出血はなんとか止まっている。
    「見んなよ、すけべ」
    「すけべで結構。アナタ相手に説教するのも馬鹿馬鹿しいですが、めんどくさいで死なれたら堪りませんよ。もう少し真剣に、」
    「そこはさすがに大丈夫。僕の意識がなかったとしても死ぬ間際までいったら自己補完が強化されて身体中の傷が治る。今回はまだそこまでじゃなかったってことだね」
    五条の言葉を聞いて、七海は息を飲んだ。それでは、五条は怪我では死なないということか。あんなに蒼白で、体温も失って、それでもまだ死には遠いと。
    そこまで考えて、ふと気がついた。
    「死の間際では自己補完が強化されるんですか」
    「そうだよ、便利だろ」
    「そうですね。で? それはどうやって知ったんです?」
    五条は再び視線を反らせた。その行動が既に回答を語っている。
    「…………えーっと、実験したから……?」
    「ごじょうさん?」
    抱えたまま真上から睨み付けると逃げ場がない。言葉に詰まる五条を見て、七海は、ハーーーと深くため息をついた。
    「……簡単に自分をサンプルにしないでください」
    「いや、普段はこんなことしないよ? 今日はさ、なんかめんどくさくなっちゃってさ。反転もだけど、ここ終わったってまたすぐ任務だろ。……怪我直すのも、メシ食うのも、寝るのも、シャワーも、やること多いよな。効率悪いよ。なんとかして全部自動で、」
    「五条さん体は治りましたか」
    五条が話している最中に七海がわざとらしく声を重ねる。人の話を遮るような行動は滅多にしないが、今はあえてそうした。五条の言葉を聞きたくなかった。
    「……あー、うん、傷は治ったよ。あとは硝子に点滴してもらって、ついでに輸血もしてもらおうかな。そのほうが早く、」
    「それは良かった。では帰りましょう」
    「は? オイ、うわっ、」
    七海の腕の中から抜け出そうとした五条を、そのまま横抱きに抱え上げる。五条が驚いて首にしがみついてきて、少しだけ溜飲が下がる。
    「いやいや待ってよおかしいだろ。歩けるから下ろせよ」
    「その要望は聞けませんね。暴れられると落としそうなのでおとなしくしててください」
    言いながら、瓦礫片に足をかける。しっかりした足場を選んでゆっくりと進む。五条は、「僕これでも一九〇センチあるんだけど、それを抱えてひょいひょい歩くとかどんだけゴリラなの……」と怯えつつも少しはしゃいでいる。
    「そういや、僕どのくらい気ィ失ってたの? 次の任務があるんだけど」
    「そんなものとっくに他に振りましたよ。伊地知君は有能です。アナタは明後日の朝までお休みです。身柄は私が預かります」
    「えっ、刑事じゃなくて誘拐犯? 拉致監禁? 実家に身代金要求するなら億はふっかけろよ」
    「身代金はいりませんが監禁はされてください。拉致は今まさにしているところですね」
    「……どーいうことよ」
    軽口がやんで、五条がムッと唇を尖らせる。普段通りころころと変わる表情から傷の治癒が知れるが、顔色は未だに良くないし、体にも力が入っていない。
    「そうですね、まずはシャワーですね。ここは空気が埃っぽい。それから軽い夜食を食べて、眠りましょう。起きたら朝食、通信機器は取り上げますので一日ソファでごろごろしていてください。食事は消化によくて栄養のあるものを作ります」
    淡々と予定を告げると、五条が目を丸くした。ちょうど帳の端について、七海が抜けるのと同時に消える。二人の頭上に夜空が広がる。
    七海は、腕の中の五条を見つめて、言葉を続けた。
    「アナタが無理をしないと回らない呪術界なんてクソです。……まぁ、どうしてもアナタでなければいけない案件もあるんでしょうけれど、最低限の食事と休息は必要です。アナタは驚くほどタフですが、人間です。疲労が溜まれば術式も鈍るし思考もおかしくなる」
    たった今現場を押さえられたばかりだからか、五条からの反論はなかった。
    「更に、アナタに任せておくと何もかもおろそかにしてしまうということが今回分かりましたから、仕方がないので私が管理します。しばらく私の家で暮らしてください」
    「はぁ?! なんでオマエんち?」
    驚きながら、五条が身を捩って降りようとしたが、七海は断固として放さなかった。
    「ちょうど大きなソファを買ったところなので、私はそっちで寝ます。アナタの私物は前から置きっ放しですし、当面不自由はないでしょう」
    「いや、だからって、」
    「××のチョコがありますよ」
    と、最近が気に入っているパティスリーの名をあげると、五条は分かりやすく「うっ!」と黙った。
    「アイスも、この間アナタがおいしいと言っていたものを注文したばかりですし、出張土産でいただいた喜久福もあります。体調が整ってきたらスフレパンケーキを焼きましょう」
    「……生クリームたっぷりのやつ?」
    「フルーツもたっぷりのせます」
    廃墟を出たところで伊地知の車が見えた。傍らに立っていた本人が五条と七海を見つけて、驚いて、駆け寄ってくる。「ご無事だったんですか……!」と半泣きの声が聞こえる。
    五条は、抱えられたまま七海をじっと見つめていたが、やがて、諦めたように体の力を抜いた。
    「分かったよ。しばらくオマエの世話になるから、責任とって接待してね」
    「もちろん。しばらくじゃなくても結構ですよ」
    「え?」
    「は?」
    聞き返したのはもちろん確信犯だ。七海は、五条を抱えたまま伊地知に近づいた。
    「……今なんか言った?」
    「いえ。伊地知君すみません、私の家までお願いできますか。この人をさっさとシャワーに入れないと」
    「オイオイ言い出しておいて無視かよ!」
    ギャンギャンと騒ぎ出した五条の顔色が少し戻って見えて、安堵する。さすがに重くなって来た体を抱え直して、ベッドをふたつ置くならもう少し広いところに引っ越そうかと考えた。


    終わり
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