Happy Halloween「ハッピーハロウィ――ン!」
高専内、五条悟の執務室を開けた七海建人はしばし固まった。そのまま踵を返したい気持ちになったがかろうじて堪え、パタリと後ろ手にドアを閉めた。
「何て格好をしてるんです」
目の前には五条が、超のつくミニスカートを履いた五条悟が、艶然と?立っていた。
一〇月三十一日、ここ呪術高専東京校では夕食の時間にハロウィンパーティをすることになっていた。といっても、会場である食堂を多少飾り付け、ハロウィンに因んだ料理やスイーツが並ぶというささやかな催しであったのだが。
「せっかくだから仮装しようよ」
五条が言い出し、食堂が開くまでの時間、生徒たちは大人たちの元を回ることになった。
「ちゃんとトリック オア トリーツって言ってね。お菓子くれなきゃ悪戯していいから。伊地知のメガネ取っちゃったり、七海のサングラス取っちゃったり、学長のグラサンも取っちゃっていいから」
「メガネやグラサンに何か恨みでもあんのかよ?」
真希が言うと
「伊地知さんはともかく、七海さんや学長のなんてそんな怖いことできないわよ!」
釘崎も言う。
「大丈夫ですよ皆さん。私たちはちゃんとお菓子を用意しておきますから」
怖くない伊地知が言った。
「それから~」
五条は声を張り上げる。
「仮装は絶対やってね。ベストドレッサー賞にはご褒美が出ま~す。反対に!」
伏黒の方を見る。
「やんない子にはペナルティ出るからね」
チッ、伏黒は舌打ちした。
わあ、俺、何にしよう?? パンダ先輩はどうするの? しゃけしゃけ 何であの人こういうことに情熱的なんだよ 生徒たちはざわめきそれなりに盛り上がっているようだった。そして今日当日。話は冒頭に戻る。
「何て格好してるんですか」
七海は言った。
「え~見てわからな~い?」
五条は短いスカートの上の短いエプロンの端を両手で摘んだ。
「メイドさんだよ」
「馬鹿なんですか」
五条はいつもの目隠しは外していた。色の薄いサングラスをかけ、頭の上には白いフリルの付いたカチューシャ。パフスリーブの黒いワンピースとフリフリの白いエプロンの丈は短く、黒のニーハイソックスとの間に白くむっちりとした太腿が覗いている。
「馬鹿なんですか」
七海はもう一度言った。
「仮装するのは子どもたちでしょう。我々はお菓子をあげる側です」
「え~大人は仮装しちゃいけないなんて、そんな決まり作ってないよ」
五条が動く度に短いスカートがヒラヒラする。七海は目眩がした。
「……下、何を履いているんですか?」
「え?」
「あなたが動く度に見えそうなんですよ」
ぱんつが。
「ヤダ! 七海くんのえっち!」
「あなたがエッチな格好してるんですよ」
わ。七海がえっちって言った…パワーワードに五条が気を取られているうちに七海は五条のスカートをめくった。
「いや~ん」
声とは裏腹に五条が履いていたのはごく普通の何なら丈がやや長めの黒いボクサーパンツだった。
フー…、七海は安堵の息を吐いた。
「やだなぁ七海ったら。ここ学校よ? 変な下着なんか履いてないよ」
見えてもいいパンツだよ~、明るく言う五条に
「それはいいですが、いえ、そういう問題じゃないんですよ」
七海は言った。
「脱いでください」
「ぱんつを?」
「服をです!! あなた教師でしょう? 教師がそんないかがわしい格好をしてていいと思ってるんですか!」
「ヤダヤダ! ヤダヤダ! せっかく買ったのに~高かったのに!」
でしょうね、七海は思った。そんな一九〇超えの大男が着れるメイド服なんて海外モノか特注に違いない。
「ヤダ! 脱がないからね!」
「五条さん」
七海は戦術を変えた。サングラスを外しやや俯いてフー…とため息を漏らした。五条の視線が注がれているのを意識しておもむろに顔を上げその碧い目を覗いた。
「私が嫌なんですよ」
「ななみ?」
「あなたの、その美しい脚を、生徒とはいえ皆に見せるのが……私が嫌なんです」
「ななみ!」
ヒットしたようだった。もう! 七海ったら! しょうがないなあ! 五条は身をくねらせ
「じゃあさ、丈の長いのにする。実はもう一着用意してあるんだよね~」
…クソっ
ここが落とし所か、七海は思った。
◇ ◇ ◇
「は~疲れたあ~~」
呪術高専内にある五条の私室、盛況だったハロウィンパーティも終わり、七海と五条はここに戻ってきた。
「お前も疲れただろ? 時間も遅いし今日はここに泊まれよ」
「そうですね」
七海は上着を脱ぐ。五条はメイド服のまま、ポスンとベッドに腰掛けた。
「それにしてもさ~まさか恵がベストドレッサー賞かっさらうとはね」
五条は思い出して笑った。
「釘崎さんが自分は捨ててメイクや衣装を頑張ったみたいでしたね」
「化粧映えしてたね~恵の顔。やってるうちに夢中になっちゃったんだろうね、野薔薇」
「本人はずっと無の表情をしてましたがね」
「そこがまた憂いが出て良かったんだよ。妖精の女王? 黒の女王? いや、よく似合ってた」
棘のナースも捨て難かったけどね~五条は言う。
「皆んな楽しそうだったなぁ…」
柔らかく笑む五条を見やって、七海はネクタイを外した。襟元を緩めていると
「ななみ」
五条が呼ぶ。
振り返るとベッドの上で、踝まである長いスカートを五条はゆっくりたくしあげていた。艶のある薄い黒のストッキングに包まれた形のいい脚が現れてゆく。
「…そんなものを履いていたんですか」
「この長いメイド服さ、本当はパーティが終わってからここでお前だけに見せようと思ってたんだよ」
ここで着替えてから。サプライズでさ、五条は言う。
「だってお前、こういうのの方が好きだろ? 長くてクラッシックで淑女然としてた方が」
七海は手を伸ばして、ストッキングに包まれた形のいいふくらはぎに触れた。さらさらとした手触りに誘われそのまま太腿にまで手を這わすと五条の体がピクリと震えた。
「五条さん」
七海は身をかがめた。
「Trick or Treat」
低い七海の声を聞きながら、五条は笑み息を吐き
「両方」
そう言った。
「トリーツは僕だろ? 両方」
好きにしてよ、ななみ、
七海はサングラスを外した。ベッドに乗り上げ、長いスカートをゆっくりと捲っていく。艶のあるストッキングの奥に現れた五条の下着は、昼間見たものとは違っていた。