今日も一日お疲れ様 部屋の灯りを消し、何をするでもなく窓に見える夜空をただ眺める。
邸宅は最近になって旅人により大きく模様替えが行われ、新しくあてがわれた部屋から見える景色もまた新鮮で目を楽しませてくれる。
夢見の名を冠す稲妻の木、生い茂るその美しい桃色は月の光と夜の闇によく映え、この景色を肴に温めた一杯の酒を飲むのが日課になりつつあった。
静寂の中、ノックも無しに部屋のドアが開かれる。よく知った気配の持ち主がその特徴的な気配を微塵も消そうともせず部屋に入り、いつも着ている白い装束をソファに放ると無言で寝台に乗り上げる。
廊下を挟んだ向かいの部屋をあてがわれていた筈の彼は、そう言えば模様替え前はこちらの部屋を使っていた。どうやら寝惚けているのか部屋を間違えているようだったが、先に寝台で身を横たえている俺に一瞥もくれることなく布団に潜り込んだ重雲はそのまま寝息を立て始めてしまった。
真面目な彼にしては珍しい失態だが、朝餉の席を共にして以来、今日一日その姿を見かけることも無く、夕餉の席にもいなかった。
鉱石が足りないとぼやいていた旅人の求めに応じ、揺光の浜からドラゴンスパイン南の海岸沿いまで赴き探索する予定だと朝餉の席で話していたのを思い出す。恐らくこの時間になって漸く帰って来たようだ。
海と雪山の風に散々吹かれただろうに、しかしその体質から決して湯を浴びることが無い彼は、それでも直前に一日の汚れは落としてきたのだろう。触れた白い肌は水を吸ってしっとりしていたが、ひんやりと冷え切っていた。
丸くなったまま微動だにしない重雲を起こさぬよう、一度布団を掛け直す。腹から下にだけ布団を被せてやれば熱が篭もることも無いだろう。淡い水色の髪を撫でるとこれもひんやりとしており、柔らかく溶けない霜で出来たかのようなその感触を楽しんでいると、さすがに小さく身動ぎをした為思わず手を止めるが、やはり起きる気配は無い。
体質の所為か、あれだけ冷えていたにも関わらず徐々に熱を取り戻し始めるが、それでもまだ仄かに冷たさを残した肌は寝酒で火照った身に心地良く眠気を誘う。
軽く抱き寄せるように腕を回すとされるままに擦り寄ってくる。安心しきったその寝顔に小さくおやすみ、と声を掛けるが勿論返事は無い。少しだけ乱れた前髪を掻き分けて額に軽く口付けをし、彼が目覚めた時の反応を想像しながら目を閉じた。