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    いちとせ

    @ichitose_dangan

    @ichitose_dangan ししさめを書きます。

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    いちとせ

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    幼少期獅子神。しし虐です。

    #獅子神敬一
    lionGodKeiichi

    どうして? 一人の部屋は暗くて寒い。
    どうしてパパもママも帰ってこないんだろう。どうしてボクは一人なんだろう。
    パパもママも忙しいから。うちが貧乏だから。ボクが悪い子だから。
    いつも理由を探している。


     やってしまった。いつも通り食べ終わった食器を洗おうと流し台に運ぶ途中で手が滑った。あ、と思う間もなく皿は大きな音を立てて床で割れて、破片が飛び散った。その音でビクッと体が縮こまった。周りには誰もいないはずなのに、キョロキョロと見まわして誰も見ていないことにほっとした。
     大丈夫、片づけてしまえばバレない。パパとママは今日も遅いはず。ちゃんと破片を片付けてごみ袋に入れてしまえば、大丈夫。大丈夫だ。
     部屋の隅にあった、まだ余裕のありそうなごみ袋を見繕い、お皿の破片を入れようとした。
     ガン、ガン、ガンと荒々しく階段を上る音が聞こえた。
     パパだ……!なんでこんな時間に?だめだ、間に合わない。ぎゅっと目を閉じた。怖くて扉が開く瞬間が見れなかった。
     何も言わずに近づいてきて、腹を殴られた。息が詰まり、床に倒れこむ。皿の破片が腕に刺さって痛かった。
    「おい、飯は?」
     首を横に振ると、もう一発こぶしが飛んできた。大きくて固いこぶし。
     煙草に火をつけながらパパが言った。
    「酒もってこい」
    「パパにお酒飲ませちゃダメだって、ママが」
    「いいからさっさともってこい、グズ!」
    冷蔵庫から缶を取って、テーブルに置いた。数か月前までママが飲んでいたやつの残り。パパの帰りが遅いと浴びるように飲んで朝まで泣いていた。ある時からママも夜遅くに酔っぱらって帰ってくるようになった。そばに行くこと、話しかけることを許してもらえなくても、ママが早く帰ってきてくれていたときのほうがずっと寂しさはマシだったことに、一人で家にいる時間が長くなってから気づいた。はやくママが帰ってきてくれないかな。パパとママが揃うことは全然なくて、前に揃ったのがいつだったかすら覚えていないくらいだったから。これはチャンスかもしれなかった。パパが帰ってこなくて泣いていたんだから、ママも喜んでくれるかも。

    そう思ってたのに。
    「お前、あの男誰だよ。俺を裏切ったのか?!何様のつもりだ!」
    「あんたが先によそで女作って帰ってこなくなったんじゃないか!」
    そこからは2人が大声で罵り合って、手当たり次第に物を投げあって。ボクはできるだけ部屋の隅っこにぴったり背中をつけて、見つからないように、気づかれないように息を潜めることしかできなかった。こんなはずじゃなかったのに。両手で耳をふさいで、膝に顔をうずめたけど、心に直接入ってくる。怖い言葉、痛い音。ひたすら時が過ぎるのを待った。何度も何度も、何かを床にぶつける音がして、そのあとママの大きな声と足音がして、バタンと倒れる音がして静かになった。

    「ママ?パパ?」
    そうっと部屋からキッチンをのぞくと2人が倒れていた。
    「ママ!」
    揺さぶるけれど反応がなく、ぐったりしている。髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。パパも起こそうとして近づいたら、足の裏がぬるっと変な感触がした。血だまりができていて、パパのおなかには包丁が刺さっていた。体が震えて止まらない。手足が冷たく縮んで、目の前が暗くなった。どうしよう。助けなきゃ。どうやって?怖い。急に起き上がるかも。怖い。また殴られるの?怖い。
    気づいたら外に飛び出していた。どうすればいいのかわからなくて、とにかく走って逃げた。息が苦しく胸が痛くなって、やっと足が止まってくれた。家に戻ったほうがいいと頭ではわかっていたけれど、どうしても足が家のほうに向かず、夜の町をぐるぐるあてもなく歩き回った。歩き疲れて、公園のベンチで横になったら体がどっと重くなって――

     気がついたら朝になっていた。重苦しい曇り空だ。怖いけど、帰らなきゃ。家までの道のりをのろのろと辿る。無茶苦茶に歩き回ったけれど、家がどの方角にあるのかはなんとなくわかる。もう少しで到着というところで、煙のにおいがしてきた。嫌な予感は的中した。
     昨日の夜までそこにあった家は跡形もなかった。焦げた木と燃え残った布、冷えて固まった金属が家だった場所にある。
    「パパ……?ママ……?」
     地面がぐらぐら揺れてるみたいだった。2人を探しに行こうとしたら、大人の大きな手に止められた。警察の人。
    「獅子神敬一くんだね?パパとママはおうちにいたの?」
    質問されたら、昨日の光景を思い出してまた体が震えた。言葉がうまく出てこなくてうなずくことしかできなかった。ほかにもいくつか質問をされたけれど、やっぱりうなずいたり首をふったりしかできなかった。

     その後、ママの妹だという人が来て数日その人の家に泊まった。しばらくの間だけだと言っていたけど、パパとママの親戚の人たちで話し合った結果、ボクはその人と一緒に暮らすことになった。
     一緒に暮らしてわかったこと、ママとはあまり仲良くなかったみたいだ。あまりしゃべらない人だけれど、ボクが料理を作るとちょっと驚いた顔をする。ボクのことはそれほど好きではないけれど、それでも優しくしてくれる。
     料理を作っているときには、パパとママにも作ってあげたかったな、と時々思う。パパとママに訊きたかった「どうして」の行き場はもうどこにもない。だから、自分がしてあげられたはずのことを今でも数えてしまう。
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