突然だが、アキラには2人の幼馴染がいる。
1人は如月レン。とあることを切欠に喧嘩の絶えない仲となったが、『事件がなくともいずれはこうなっていた気がする』と周りは評する。お互い馬が合わないと思っているというのに、今期は何故か同じセクターに配属された。来期前は絶対異動を希望するとアキラは固く心に誓っている。
もう1人はウィル・スプラウト。彼の性格も相俟って前者と違い喧嘩をすることはない。しかし、1度こうと決めたら梃子でも動かないところがあり、時によってはレンよりも厄介だ。ガストに対する態度も悩みの種となっていたが、『ヒーロー』になってから少しずつ緩和していた。
まあ、なにはともあれ難ありと言えど2人はアキラにとって大切な存在である。――照れくさくて口が裂けても言葉にはできないが。
だからなにかトラブルがあれば力になってやりたいと思うし、できる限り味方になってやりたいと思う。その気持ちは決して揺らぐことはないだろう。――ないのだが。
「なあ……もうあんまり驚かねーけどよ。……今回は何が原因なんだ?」
「喧嘩はしてない」
「嘘吐け!」
即答している時点でアキラにとっては『そうです』と言われているようなものだ。
研修を終え、メンターにもならなかったアキラは現在レッドサウスにあるアパートの一室に住んでいる。実家に住んでもよかったのだが、元より1人暮らしに興味があったのだ。最初は家電を壊してばかりでトラブルが絶えなかったが、同期である友人たちの助けを得てなんとか軌道に乗り始めた。そんな経緯もあってここを尋ねてくる者は少なくないのだが、今回は理由が理由なだけに歓迎できない。
連絡もせずやって来たウィルは、ばつの悪そうな顔をしながら一言『泊めてくれ』と言った。まあ、一言もメッセージを送らずやってくるという彼らしからぬ行為で薄々察してはいたのだが。――平和になった世界で増えたアキラの悩みの種は、幼馴染が『恋人』と痴話喧嘩する度にこの家にやって来ることだった。そういうことは当人同士で解決してくれといつも思うのだが、頑固で意地っ張りな人間が二人前となるとそう簡単に収集がつくようなものではなくなるらしい。
玄関でほぼ無言の押し問答をするのも馬鹿らしくなり、アキラは息を1つ吐いてウィルを中へと迎え入れた。わざわざお邪魔しますと言うところは普段の彼とそう変わらない。
――数分後。アキラの前にはコーラが、ウィルの前にはココアが置かれ話を聞く場が整った。余談だが前者は既製品、後者は彼お手製のココアパウダーが使われている。……違いが何かなど言うまでもない。
コーラを一口飲んで、アキラは重たい空気を肺から吐き出した。
「……で、もう1回聞くけど今回は何があったんだよ? 言っとくけどオレが泊めてやるんだから誤魔化すのはナシだからな!」
「わ、わかってるって…………最初は普通のやり取りだったんだ」
いつも通り、食卓を囲んだ後ウィルと恋人は今日あった出来事を話していたのだと言う。ウィルは現在研修チームのメンターとしてイーストセクターに配属されている。それもあり在宅勤務で働いている恋人とは週に1度ほどしか会えず、彼はその逢瀬を楽しみにしていた。
「それで食事のバランスが偏ってるのが気になったから注意したら……その、売り言葉に買い言葉になって……」
「つまりお前のお節介が原因って訳か」
「うっ……」
ウィルは言葉を詰まらせて俯いてしまった。子どもかよ、というツッコミは腹の中に収めておく。彼もわかっているだろうし、わざわざ指摘するまでもないだろう。
ウィルとて、先程は言い過ぎたとアキラの家に着いた頃には反省していた。正確な年齢は生まれの事情でわからないのだが、彼だって小さな子どもではない。細かなことまであれこれと言われれば気に障るのは当然のことだ。――それでも。
「……心配、だったんだ。このところ仕事が立て込んでるみたいで、ゴミ箱にジャンクフードの袋が一杯あったから……俺が買ってきてあげるって言っても別に良いの一点張りだし」
俺、買うものすら信用されてないのかな。自分で言って悲しくなってきたウィルは肩を落とした。己の味覚が他の人と異なることは理解しているし、最近は人に合わせたものをきちんと選べるようになっているのに。だが、それを聞いたアキラはそういうことじゃねーだろと、呆れた声色で吐き捨てた。
「忙しかったのはウィルだって一緒だったんだろ。ブラッドのヤツ、もうすぐ四半期の報告会があるって言ってたし。アイツがそれを知らない訳ねーしな」
お前に気遣ったんじゃねーの。そう言うと、ウィルは焦げ茶の瞳を丸くして瞬かせた。やはりそんな考えは微塵も頭になかったらしい。たまに鬱陶しくなるほど気を回せるというのに、他人の気遣いに関してこの幼馴染は鈍感なのだ。
「そうなのかな……? でも帰るついでに買うだけなんだから気にしなくていいのに」
「そもそもお前ちゃんとそのメシの内容の話からしたのか? いきなりあれ食べろ〜、これ食べろ〜って言ったんならアイツも怒るに決まってるだろ」
「お、仰る通りです……」
説教の真似事をするのはこれくらいでいいだろう。後は早く迎えが来てくればいいのだが。そんなことを考えていると都合良くインターホンが鳴って、アキラは口角を上げた。モニターを確認せずドアを開けると、思った通りの人物が目の前にいた。
「よう――シャムス」
「……ウィルは居るか?」
「お前、挨拶もちゃんとできねーのかよ?」
「うっせぇ! 居るか居ないかどっちなんだ!」
「はいはい、居るっての。こっちも話し終わったところだし、さっさと回収して――」
「シャムスくん?」
大声を聞いてこっちに来たらしいウィルは迎えにきた『恋人』――シャムスを見て目を見開いた。アキラはさり気なく壁により、ウィルをシャムスの前に押し出す。
「ウィル……」
「しゃ、シャムスくん。あのね――」
「悪かった」
シャムスはそう言ってあっさり頭を下げる。その行動にはウィルだけでなくアキラも目を見開いた。かつて死んでも謝らなさそうだった彼がこうもあっさり頭を下げるとは。幼馴染の言った通り、人は良くも悪くも変われるのかもしれない。
ウィルは2、3度瞬きした後、ゆるゆると首を横に振った。
「ううん、俺の方こそごめん。君の意見もちゃんと聞いて……理由もちゃんと説明すべきだった」
「そんなの……言われなくたってわかってる。変に意地になっちまって悪かった」
一旦クールダウンすれば2人はこうも簡単に仲直りしてしまう。だから大事になるのは少ないのだが、かと言って己の家が頭を冷やす専用場所に使われていると思うと微妙な気分だった。
「待てよ」
張り詰めた空気どころか甘い空気が漂い始め、静かに退散しようとしたところをシャムスに引き留められる。今更何なんだと思いながら振り返れば、紙袋がアキラの前に振ってきた。袋に印字されているロゴはアキラが気に入っているホットドッグ店のものだ。
「迷惑かけたからな。詫びだ」
「お、俺もまた何か持ってくるな!」
シャムスに手を引かれ、ウィルは部屋を去っていった。これもいつものことだ。中を見ると店の中でも値段の高いものが2つ入っていた。
「アイツら、オレにホットドッグ与えときゃなんとかなるって思ってねーだろうな……?」
そんな疑念を抱きつつも、この報酬で納得するくらいにはアキラは懐の深い男だったし、2人は祝福された恋人だった。